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先日、Eランクへとランクアップした俺は、いくつかソロでの依頼を終えていた。そろそろ野営が必要な依頼を受けてみようと思っているんだが、なかなか良さそうな依頼が見つからない。野営が必要な依頼は、パーティを前提としているものが大半で、ソロでも可能なものは極端に少ない。……悲しい現実だ。そろそろ本格的にパーティメンバーを探さないとまずいな……。
「ん……? これは……香草の採取依頼だ。」
諦めかけたその時、ボードの端っこの方に貼られていた依頼書が目に入った。普段俺が薬草採取をしている場所よりも少し森の奥に入った、中層と呼ばれる場所に自生している香草の採取依頼だ。たしか、虫よけの香草もその付近に自生していて、常設依頼にも貼ってあったはず……。ついでに採取してみようかな。
「ミズキ様。その依頼の場所ですと、中層というよりは深層に近すぎではございませんか? 確かにEランクの採取依頼ではございますが、獣魔の森は奥に行くほど強力な魔獣が跋扈する土地でございます。最近なにやら生息域以外で魔獣を見かけるとの話もちらほらと伺っておりますので……。」
「う~ん……それはそうなんだけど……ね。この依頼のほかはもうパーティじゃないと無理なものばっかりでさ……。前に中層に足を踏み入れた時もタクトと2人で何とかなったし、今回も大丈夫だよ。頼りにしてるからね!」
タクトの心配もわからなくはないけど、香草の自生地は中層の丁度中ほどの地域だ。そこなら何度か足を踏み入れているし、何なら狩りもしている。少し気になる噂もあるにはあるが、その場所はこことは別の場所だし、しっかりと警戒していればそんなに危険なことにはならないだろう。
依頼を処理してもらい、ギルドを後にする。森の中層に行くなら早めに出発するに越したことはないからな。まだタクトと2人で野営する自身はないから、夜までには帰ってこないとね。タクトの忠告を心に留めつつ、森へと出発した。
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街道から逸れて森へと入る。タクトに周囲の警戒をお願いし、自分も周囲に気を配りながら進んでいく。偶に鑑定のスキルを発動させて、目的の香草がないかを探っていくが中々見つからない。徐々に周囲が薄暗くなっていく中、タクトが何度か魔獣を発見していたが無駄な戦闘は避けて進んでいく。
しばらく何の成果もなく進んでいくと、木々が開けてそこだけぽっかりと空いた場所へと出た。中心部分には小さな泉があり、イズミの周囲には草が茂っている。そこへと鑑定をかけると……ビンゴ! 目的の香草の群生地だった。
「ふぅ~……。やっと見つけたよ。これなら今日中に必要分を回収できそうだね。視界も開けているし、大型の魔獣が来てもすぐに気が付けるね。」
ポーチから採取用のナイフを取り出し、採取を始める。丁度いいことに、ちらほらと虫よけの香草も混じって生えている。この分だと常設依頼の方も集め終わりそうだな。2つの香草が混ざらないように別々の袋へと分けて採取を進めていく。依頼に必要な本数が集まって、ほっと一息ついていた時だった。
ゾクリ。
どこからか”視られている”といった感覚に肌が粟立つ。すぐに視線は外されたようで肌が粟立つような感覚はすっと消えていった。慌てて周囲に視線を走らせるが、目に見える範囲にソレらしき影は見えず、タクトに不思議そうな顔をされてしまった。
気のせいか? とも思ったが、ギルドで囁かれていた不穏な噂を思い出した。香草をポーチへと収納し、何が来ても大丈夫なようにショートソードを構える。早くこの場所を去ろうとしたとき……。
「ミズキ様! 12時の方向! 灰狼です!」
タクトの声とほぼ同時に森から影が飛び出してきた。くすんだ灰色の毛並み鋭い牙と爪……。中々に凶暴そうな見た目だ。
ショートソードを向けて迎撃の姿勢をとるが、すぐに襲い掛かってこようとはせずに身体を低くして唸りながらこちらの様子を窺っている。その姿勢にわずかな疑問を感じたが、先手をとれるのなら好都合だ。といったん疑問は置いておく。
「グルルルル……。」
「ツインブレイク!」
灰狼へと駆け寄って剣術のアーツを使用する。一撃目は避けられてしまったが、間髪を入れずに放たれる二撃目が直撃する。致命傷には至らなかったが、かなりの深手は与えられたようだ。悲鳴を上げて後退する灰狼にさらなる追撃を加えるべく踏み込んだところで、再度タクトから声がかかった。
「ミズキ様! さらに2体、追加でやってきています! お下がりくださいませ! このままでは挟まれてしまいますっ!」
寸でのところで踏みとどまり、後ろへと飛び退く。危ないところだった。怪我をしている灰狼をかばうように新たにやってきた2体が陣取る。3対1か……。やってやれないこともないけれど、3体で連携されるとこちらが圧倒的に不利になってしまう。
じりじりと後ずさりして相手の間合いの外へと移動する。まずは……確実に1体を仕留めて余裕を作るっ!
「ツイン=ウィンドアロー!」
新手の2体の動向に注意を向けつつ、深手を負った1体を仕留めるべく下位風術を唱える。避けられることも想定して2本、軌道をずらして風の矢を打ち込んでみた。そのうち1本は別の灰狼に払われてしまったが、2本目は深手を負っていた灰狼に深々と突き刺さり地面へと沈む。よし、残りは2体……。
「タクト! 俺は右のを相手にする。その間は周囲の警戒をしつつ左のやつを足止めしてくれ! なるべく早く駆け付けるから!」
「承知いたしました!」
タクトへと指示を出し、右の1体へと切りかかる。連携されてしまうと厄介なので、分断させてもらった。もう1体の方をちらっと見ると、タクトが上手く翻弄してくれているみたいだ。俺の従者はまじ有能! でも早く助けに行かなくちゃな。
初撃は避けられ、反撃とばかりに首筋を狙って噛みついてきた。かなりのスピードだったが、なんとか反応して身体の軸をずらすことで躱すことができた。ちっ……読まれてたのか……。
続けて数回斬り込んだが、どれも有効打とは言い難い。再び距離をあけたところで今度は下位の水術を唱える。
「フォース=アクアショット!」
拳大の水球を4つ創り出し、時間差で放って逃げ道を塞ぎつつ再度斬りかかる。水球に気を取られていたためか、今度は避けられることなく後ろ足を切り裂いた。
灰狼も反撃してきたが先ほどのようなスピードや鋭さはなくなっている。機動力を落とせたのはよかったが、深手を負ったためかこちらに対する攻撃が激しさを増してきた。なんとか躱しつつ、噛みつきに合わせるようにして振った剣が首筋をとらえて切り裂いた。瞳から光が消えているのを確認し、タクトが相手にしているもう1体のほうへと駆け寄る。
「ほぅら……こちらですよ……!」
ひらり、ひらりと灰狼の攻撃を躱しながら、隙をみて礫を飛ばして気を引いている。ダメージとしては僅かだが、鬱陶しいだろうなあれは。さらに、灰狼の攻撃はまともに当たる気配すらなく、非常にもどかしそうだ。
「ごめん、待たせた! ありがとう、助かったよ。」
そう声をかけて灰狼と対峙する。2対1となり不利を悟ったのか攻撃をやめてじりじりと後ずさっていく。そのまま逃がして仲間でも呼ばれたら大変だ。
「ピアシング=ウィンドアロー!」
手持ちの魔術では一番の威力が出る下位風術を唱える。同時にタクトからも礫が飛んだ。石の礫に気を取られた灰狼は、俺の風術には反応できずにそのまま眉間を撃ち抜かれて地面へと倒れた。
「……ふぅ……。なんとか倒せたぁ~。同時に3体とか何かの冗談かと思ったよ。きつかったなぁ~。」
「お疲れ様でございました。お怪我などはございませんか?」
「大丈夫、大丈夫。先に灰狼を片付けちゃうね。解体するにしてももう少し深層から離れてからやらないと。灰狼との連戦とか無理だもんね……。」
戦闘が終了し、少し気を緩める。返り血でベトベトな装備に対して『洗浄』を唱えて身綺麗にしてから灰狼3体の足をロープでくくり、大きな麻袋へと入れてポーチに収納する。流石にここで解体をするような愚は犯さない。町へ戻る前に森の入り口辺りで安全を確保してから解体することにしよう。
香草の採取も終わっているし、余計な獲物が増えてしまったけれどまぁ、臨時収入ってことかな。そんなことを考えながら帰路に就こうとした時だった。
ゾクリッ。
再び何かに”視られている”と言う感覚が襲っってきて肌が粟立つ。さっきの視線と全く同じだ! 灰狼が原因だと思っていたが違うのか!? 周囲を見回すが何の異常も見られない。先ほどとは異なり、随分と長い間”視られている”。
「っ!? こっ……この気配は……! まさかそんな……血濡狼!? 深淵の魔獣がなぜこんな場所に!?」