変身ヒロインの拷問に関する、怪人Oの激情
悪の秘密結社グレート・グーの幹部達は、秘密の方法で捕らえた変身戦隊クレンザーの女性ヒロイン・ピンクを、彼らの秘密基地の秘密部屋に監禁して、秘密のマジックミラー越しに彼女を見ながら、秘密の会議を開いていた。
時刻は秘密。もちろん、会議の内容も秘密である。
……いや、“秘密である”と言うよりも、なんとなく、幹部達の誰もが発言するのを憚られていただけなのだが。
秘密部屋に捕縛されたピンクの身体は、出る所は出て引っ込む所は引っ込んでおり、戦闘の為に鍛えているだろうに、確りと非常に女性らしい凸凹をなまめかしいラインで描いているのがスーツ越しでもよく分かった。
――自分達は悪の秘密結社である。そして、美しく可愛い女性ヒロインを捕らえているのだ。ならばやる事は一つ。
皆がそのような事を思っているのは何も言わずとも互いに窺い知れていた。
だが、そのセンシティブ・ワードを口にする勇気は誰も持っていなかった。恥ずかしかったし、万が一、自分一人だけがそのような妄想を抱いていたのだとしたら、下手すればこれからの人間関係の立ち位置が微妙になる。
“早く、誰か言え!”
そんな言霊が漏れ出そうな秘密の会議室内。不意にミラー越しのピンクが口を開いた。
「――ねぇ、これから拷問するの?」
幹部の怪人Aがそれに応える。
「そうだな。色々と聞き出さねばならんからな。戦力とか資金源とかな」
一呼吸の間の後にピンクは尋ねて来る。
「……エッチな拷問?」
その発言に、幹部達は全員、心の中でガッツポーズを取った。誰もが言えなかったセンシティブ・ワードをピンクが自ら言ってくれたからだ。
再びAが応える。
「う……、うむ。まぁ、選択肢の一つではあるか、な。有効な手段の一つだからな。飽くまで、有効な手段だからだがな」
これで、この場にいる全員が抱いていただろう妄想を実行できる。そう幹部達は思っていた。
が、なんと、それからピンクはこんな驚くべき発言をしたのだった。
「――なら、相手は怪人Oが良い」
まさかの指名である。ピンクは頬を少し赤く染めていた。
そのピンクの発言を受けると、幹部達は怪人Oに視線を集中させた。怪人Oは顔を真っ赤にした。
身体をバタバタと動かし意味不明なジェスチャーを交えながら、「いや、どうしてだか、身に覚えが……」と、その視線に返す。
「なんで、Oなんだ?」
怪人Bが尋ねると、ピンクは言った。
「ずっと前から、なんか良いなって思ってて…… 戦っているのに、わたしが体勢を崩した時とかも見逃してくれたりして」
それを聞いて怪人GとFが「貴様、職務怠慢だぞ!」と小声でOを責める。
「だって、女の子は殴れないよ~」とそれにO。
「さっきも縛る時に、痛くないようにしてくれたし」
と、ピンクは続ける。
それには怪人CとEがOに「せこいポイント稼ぎしやがって!」と文句を言った。Oは情けない声で「でも、痛くすると可哀想だし」などと返す。
そんな彼らの様子を尻目にAがピンクに向けて疑問を口にした。
「しかしお前、レッドあたりと付き合っているのじゃないのか?」
ピンクはそれに「レッド~?」と馬鹿にした感じで返す。
「ダメダメ。よく勘違いされるのだけどさ、あいつ、サイテーよ。ファンの女、食ってるし」
幹部達はその言葉にピクリと反応する。
「それは確かにサイテーだな」
全員、同時に頷いた。
怪人Zが何かを期待するように「じゃ、ブルーは?」と訊くと、ピンクは「もっとサイテーね」と返す。
「あいつはファンどころか、手当たり次第に女に手を出して転がしまくってるわよ。ああいうタイプとは絶対に付き合いたくないわ、はっきり言って」
幹部達はそれを聞いて「くっ……」と悔しがりながらも、ピンクの口から出るヒーロー達の悪口にどこか嬉しそうだった。グリーンとイエローの名前が出ないのが少し可哀想。
「――で、どうするんだ? その……、彼女の拷問担当は?」
そこで不意にOがそう尋ねた。
「そんなもん、お前以外の皆だよ」と、それにB。Cが続ける。
「拷問する相手が望む奴を担当にしたら、拷問にならないだろーが」
「まぁ、そうだな」、「妥当な判断だ」と他の皆も口々に言う。
怪人Oはその皆の言葉に「まぁ、そうか。そうだよな。分かるよ」と返す。その口調からはショックが隠しきれていなかった。
幹部達はそんなOの様子に心がチクリと少しだけ痛んだ。ただ、誰も何も言わず、ピンクのいる秘密部屋に入っていこうとする。悲しそうにそれを見つめるO。が、Aがドアノブに手をかけたところでOは言った。
「ちょっと待ってくれ!」
その言葉で皆は動きを止める。
「皆の言う理屈は理解できる。だがしかし……、だがしかし、何か釈然としない!」
「“釈然としない”って、何がだよ?」
「だって、彼女は俺を指名したのに!」
「だから、それがダメだって言うんだよ」
「分かるけど!」
そう言うと、Oは泣き崩れるように「分かるけど……」と呟いて顔を下に向けた。本当に泣いているのかもしれなかった。
Eがそんな彼を慰める。
「まぁ、あれだ。そもそもお前を指名したのだって嘘かもしれないじゃないか。彼女、本当はお前を嫌っていてさ、お前だけは避ける為に言ったのかもしれないぜ」
ところがそれを聞くと、Oは突然に顔を明るくしてこう言うのだった。
「なら、むしろ、俺が一人で担当するべきなんじゃないのか?」
Cがそれに「いや、それは飽くまで仮定の話でさ」とちょっと呆れて返す。が、諦めようとしないOの目を見て言葉を止めた。
「そもそも、お前さ、拷問なんかできないだろう? さっきのピンクの話を聞いた限りじゃさ」
そう言ったのはAだった。
だが、それにOはこう返すのだった。ぽつり、と。
「酷い事する」
「酷い事って何だよ?」
「酷い事は酷い事だよ」
悲しそうな、すねた表情。それから力強く口を結び直すとOは語り始めた。
「仮に彼女が俺を好きなのだとすれば、俺から酷い事をされれば強いショックを受けるだろう。反対に、俺が嫌いで、俺から拷問を受けたくないのだとしても、やっぱり効果があるんだよ。
だから、ここは絶対に俺が担当するべきなんだ!」
必死の形相だった。
……しばらくの間。
その訴えに、Bが「そうだな」と頷く。
「お前が一番適任かもな」
その言葉を合図に幹部達は顔を見合わせた。目で何かしらの合図を送り合う。
彼の気持ちは痛いほど皆に伝わっていたのだ。
女性から好意を寄せられるなど、自分達には一生に一度あるかないかの奇跡である。そして、だからこそ皆は分かってもいた……
「分かってくれたか!」
Oは涙を浮かべてそう喜んだ。
「ああ、行ってこい」とそれにA。「覗くなんて野暮な真似はしないよ」とDが続ける。「ああ、」とZ。
「みんな、ありがとう!」
それからOはピンクを捕まえてある秘密部屋に一人、入っていった。
部屋の中にいたピンクは、Oが一人で入って来たのを見て嬉しそうに笑う。頬が軽く赤くなっている。
「よろしくね」
そして、彼女はそう言った。
Oの表情は一気に明るくなる。「はい!」と答える。
……そして、だからこそ皆は分かってもいた。
そんな彼に、彼女に酷い事など、できようはずもない事を。
……まぁ、この拷問は、ほぼ確実に失敗に終わるだろう。