性根の腐った悪役令嬢と政略結婚しなければならない王太子様。余りにも不憫なので良き相談相手になってあげていたら、気づけば私が惚れられていました。
「父上! だから、僕はあんな人と結婚する気なんか全くないんだ! 勝手なことは止めてください!」
「黙らんかい! 親に逆らう気か!」
「僕には僕の人生がある! 親に決められる筋合いなんかない!」
「ならばよい。貴様の考えが変わるまでもうお前に食事はやらん。うちの料理人にもそう言っとく。分かったな」
「どうぞ。僕は僕の好きなようにするだけなので」
「ふん。いつ根負けするか楽しみじゃい」
そういって、リグネロス皇帝陛下は唾を吐きながら、彼の息子――そして私の主人でもあるレオ様の前を通って、自室へと戻った。
レオ様は、くっと悔しそうに下唇を嚙んでいる。
私は心の中で呟いた。
(あー、またやっている。あの二人)
私の名はリリアーネ。王室に仕える使用人だ。
私の親が王室に仕える使用人であった為、それを継ぐように私も王室の使用人となった。そして、私の担当は次期皇帝陛下になる予定のレオ様。歳も近いため、互いにストレスなくせるため、私を彼の使用人にしたのだと使用人長の私の母親は言うのだが、私に言わせれば、
「いや、絶対同性の方がストレス無いと思うんですけど……」
となる。だが、以前そのことを母親に言ったら「いいじゃない、年頃のお二人同士仲良くしなさい」と答えになっていない答えが返ってきただけで、それ以降は特に気にすることもなかったが、やはりおかしな気がするのは否めない。
まあ、普通にレオ様はいい人だし別に特段問題があるわけじゃないんだけど。
でも、最近ちょっとレオ様の様子が変わった。
少しぴりぴりしているというか。怒っているというか。
これもいずれは使用人のプロになるための試練! と思い、秘密裏に調査(ただののぞき見など)をした結果、レオ様が無理やり結婚させられそうになっていることが分かった。
なんでも政略結婚というやつらしい。
そして、その相手が大のつく大大大大問題。顔はまあまあ可愛いんだけど、性格がちょっとヤバい系の人だということで、レオ様は相当嫌がっている。そのせいで、レオ様は実の父親であるリグネロス皇帝陛下と今現在絶賛大喧嘩中。
今日も言い合いになって最終的にレオ様は食事抜きになってしまった模様。婚約を了承するまでご飯は貰えないそうだ。
となると、流石にね? 別に私も鬼じゃないし、ちょっとくらいは慰めてあげようと思ったのよ。一応、彼の使用人だし。一応、歳がこの館で唯一近い人だし。
というわけで、私はいま、二人分の紅茶とお菓子を持って彼の自室の前にきていた。
こんこんと扉を叩く。
「誰だ?」
彼の声が扉の奥から聞こえてきた。
「私です。リリアーネです」
私がそういうと、さっきより少し和らいだ声が返ってきた。
「ああ、リリアーネか。入ってくれ」
「失礼します」
私は扉を開けた。そこに広がっていたのはいつも目にしている彼の部屋だった。男性にしては綺麗めだけど、やっぱり少し散らかっている部屋。
彼は部屋の奥にある小さめの二人掛けのテーブルを指差したので、私は紅茶とお菓子を乗せているおぼんはテーブルの上に置き、片方の椅子に腰かけた。彼も私の反対側の椅子に相対すように座る。彼は口を開いた。
「それで、リリアーネ。今日はどうしたんだい? こんな夜遅くに」
私は黙ってお菓子を指差した。
彼は最初こそきょとんとしていたが、すぐに苦笑いを浮かべた。
「バレていたのか」
「……はい」
「全く……、情けない所見せちゃったね」
彼は「困ったな」というように、薄く笑った。
私は告げる。
「いえ、レオ様はレオ様の思う通りに行動してください。私はその意見を支持しますので。だから――レオ様は自分を信じてください」
「……ったく、本当に君は出来た女性だ。アイツとは大違いだ」
「…………アイツとは?」
「君も知っているだろ。僕の婚約者になりそうな人だよ」
「会ったことがあったんですね」
「ああ」
彼は苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべた。
「まあ、詳しい内容は避けるが本当に酷い奴だったよ」
「だから、珍しくあんなお怒りになっていたんですか」
「ああ。何としてでも彼女との結婚は阻止してみせるつもりだ」
「……そのせいで、結果的に食事抜きになってしまったと」
「…………そうだ」
私はくすりと微笑み、彼に尋ねる。
「お腹、空いていないんですか?」
「まあ、ノーといえば嘘になるが……」
「食べていいですよ」
私はそういってテーブルの上に置かれたお菓子(正確にはクッキー)を指差した。だが、彼は慌てたように手を横に振る。
「そんなとんでもない。これは君のだろ?」
「でも、レオ様の方がいまは必要でしょう」
「そうかもしれないが……やっぱり駄目だよ。これは君のものなのだから」
私は小さくため息をついた。
やれやれ、変なところで拘る王子様なことだ、と。
私は作戦を実行に移した。
「でも、レオ様……。私、本当にこれ要らないんですよ」
「どうしてだい?」
「それを聞くのは紳士として如何なものかと」
私がそうわざとらしく頬を膨らませていうと、彼は少し頭を悩ませた後、手を打った。
「もしかして……食事制限中とか?」
「そうですよ! ダイエット中なんです! 最近少しお腹周りが太くなったんですよ! 口に出すなんて紳士失格です!」
私がそう少し責め立てるようにいうと、
「そうか。それなら頂くことにしようかな」
彼はそう笑いながら、菓子を口に運んだ。
私は尋ねる。
「お味の方は?」
「ああ、とても美味しいよ」
「それは、良かったです」
私がそういうと、彼は小さな声で呟いた。
「全く……不器用な子だな」
「うん? なんか言いました?」
「いや、何も」
彼は首を横に振る。
いま、なんか聞こえた気がしたんだけど……まあいいか。
「そうですか。それでは、レオ様。そろそろ私は失礼させていただきます」
「ああ、今日はありがとうな」
「どういたしまして。それでは」
私はそう告げ、彼の部屋から退出した。
そして小さくガッツポーズ。
「よし、レオ様に差し入れ成功っと」
♢
翌日。
目覚めると、いつもと違って館の下の方からざわざわとした人の声が聞こえてきた。それも音量的にかなりの大人数のお客様。
今日、誰か来るお客様いたっけ? と首を傾げつつ、急いで着替えと軽くメイクを済ませて下に行くと、
「早く! 出してちょうだい! 私の未来の旦那を出しなさい!」
そう叫ぶ女性と以下数十名の大所帯のお客様が館の中にいた。
そして叫び続ける女性の前で土下座をしている一人の人……って、
「お母様!?」
私が慌てて階段を駆け下りると、先程まで叫んでいた女性と目が合った。すると、彼女はよく響く金切り声で尋ねてきた。
「ああ、丁度よかった。そこの蛞蝓ちゃん。ひとつ質問なんだけど」
え? な、蛞蝓ちゃん!?
私は混乱する。
「な、蛞蝓ちゃん……とは」
「決まっているじゃない。アンタのことよ。ジメジメしている所とか、似合っているわよ」
「そ、そうなんですね……」
「ええ、光栄に思いなさい。この私に名前を付けて貰ったのですから」
「……はあ」
私は、この一風変わったお客様にとてもじゃないが動揺を隠せなかった。だが、それでも生まれてこの十八年。王室使用人のスペシャルエディションを受けてきたこの私だ。
何故、母親が土下座をさせられているのか分からない中、激しくなる動悸を抑えつけて、なるべくいつもと変わらない態度を意識しながら彼女に尋ねた。
「お客様。一体、今日はどういったご用事で……」
「決まっているじゃない! 私の未来の婿様に会うためよ!」
「未来の婿様……とは?」
「レオっていうやつよ」
その瞬間、私の頭の中で点と点が一本の線で結ばれた。
ああ、この女が彼の言っていた最悪の婚約者なんだと。
「レオ様……ですか」
「なに? 貴方知っているの?」
「まあ…………はい」
「じゃ、少し呼んできてくれないかしら? 本当はこのクソ女に頼もうと思ったんだけど、まだ朝早いからもう少し後でとか意味わからないこと言ってきて土下座させなきゃいけなくなったから」
「それで、お母様を……」
「お母様……ってこのクソ女の子供なの、アンタ?」
「……はい」
私がそういうと、彼女は「なんなのよ、この館。ホントクソ」と言いながら、私を睨む。
「じゃ、アンタも連帯責任。はい。アンタも私に土下座しなさい、跪きなさい」
「え? ど、どうして……」
「なに? 反抗する気?」
「い、いえ。そういうわけじゃないですけれど……」
「それじゃあ、早く跪きなさい」
彼女はそういいながら、にやりと口角をもちあげた。
分かっている。私も分かっているのだ。
彼女が無茶苦茶なことをいっていることなど。
私がここで土下座をする意味なんかまったくもってないことなど。
だが――
彼女の後ろに控える強面の屈強な男達が怖かった。
彼らは私たちの行動を一寸持って見逃さないようにじーっと見てきていたのだ。
もし、私がここで反抗すれば……考えるだけでも恐ろしい。
私は膝を地面につけた。
「そうよ。そのまま頭を下げなさい」
私はふと彼女を見上げた。
そこに映っていたのは高らかに笑う彼女の姿。
だが、私の視界はぼやけていた。
そこで気づいた。
私は、いま、泣いているのだと。
「なにしてるの、アンタ? 早く頭を下げるのよ」
心なしか後ろからの男達の視線が鋭くなった気がする。
このまま、頭を下げるしか私に残された手段はない。
屈辱。苛立ち。羞恥。
色々なぐちゃぐちゃとした感情が私の心を渦巻いたが、それでもこの頭を下げるほか私に残された手段はなかった。
「た、すけて……」
そして、そのまま頭が地面に触れかけたその時。
「そこまでだ」
ふとこの館に一人の男の声がこだました。
私はぱっと顔を上げた。
すると、そこにいたのは私のよく知っている人の姿だった。
そう。私の主人であるレオ様だ。
「あ、レオ! 久しぶりね」
「アイシャ」
彼はそう言いながら、コツコツという靴音を立てながら彼女――アイシャという女のもとに近づいて行った。彼の言葉は冷たい。
「なぜ、彼女達を土下座させているんだ?」
「決まっているじゃない。私に失礼な態度をとったから――」
「ふざけるな!」
彼はぱちんとアイシャの頬をひっぱたいた。
アイシャは何が起きたのか分からない、といった様子でぼーっと自分の頬を抑えていたがすぐに我を取り戻し、叫び声をあげた。
「はぁ!? なによ、アンタ! いま、一体何をしたか分かっているの!?」
「ああ、分かっているさ。君は僕の婚約者と、僕の婚約者のお母様を土下座させていたんだ。それくらいの罰は受けて然るべきだろ」
「僕の婚約者って……どういうことよ! アンタの婚約者は私でしょうが!」
「いや、違うさ。僕の婚約者はここにいるリリアーネだ」
「え?」
その事態に驚いたのはこの上ない私である。
え? どゆこと?
私がレオ様の婚約者?
すると、彼は私に目で合図を送ってきた。
私はそれを見て察する。
ああ、はいはい。あれですね。偽の恋人を演じましょうってヤツですか。
いつもの私だったら絶対この彼の作戦になんか乗らなかっただろう。
私と彼にはれっきとした身分差がある。こんな失礼極まりないことできないからだ。
だが。
今日は別だ。
今日の私は怒っている。
(いいわよ。やってやろうじゃない。後で怒られたって知らないんだから)
私は勢いよく口を開いた。
「もしかしてアイシャさん? 私の婚約者を奪いにきたんですか?」
「ど、どういうことよ! レオは私の婚約者でしょ!?」
「何を言っているのかよく分かりませんけど」
私はそういってレオ様の腕をぐいっと引き寄せて抱き締めた。
そして告げる。
「彼の婚約者はこの私、リリアーネです」
私は自信に満ちた目で彼女を見続けた。
何秒彼女と視線を交らわせただろうか。
三十秒。いや、もしかしたら十秒ほどだったのかもしれない。
アイシャは目に一杯に涙を溜めたかと思うと、
「……ッ! 今日の所は許してやるわ! だけど、絶対にレオは私の婚約者だから! この私を舐めないことね! アンタなんか完璧に調べ上げて、絶対に絶対にこてんぱんにしてやるんだから! 皆、引き揚げるわよ!」
といって、去ってしまったのだった。
残ったのは私とレオ様。そして私のお母様。
今でも先程起こったことが信じられなくて、暫くこのまま動かないでいると、私のお母様はボソッといった。
「いつまで私に貴方達のラブラブっぷりを見せつけてくるのかしら」
それを聞いて、私は気づいた。
ずっと彼の腕を抱き締めていたことに。
私はぱっと手を離した。
「も、申し訳ございません。レオ様……」
「いや、僕の方こそすまなかった……」
私たちがそうして、お互いに顔を赤くしながら謝っていると、そんな私たちを傍らに、にやりとした笑みを浮かべながらいったのである。
「ふふ~ん、私の作戦もぼちぼち成功かなぁ?」
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