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1-9約束

集魔炉に初めて行った翌朝、改めておれは鏡越しに首の痣を見る。昨日の件があってから、どうしても意識がいってしまうし、つい首元を触ってしまう。意図しない状態で首を突然絞められるというのは、おれの中で恐怖として残っているのかもしれない。


そんなことを考えながらおれは昨日と同様に食堂に向かうと、アーシャが出迎えてくれる。


「おはようございます、アルト様」


 今日も相変わらず可愛いなぁ。むしろ、見慣れるほど可愛く見えてくる気がする。


「アーシャさんもおはようございます。 毎朝ありがとうございます」


 今日も相変わらずなメイド服を着たアーシャにご機嫌な挨拶をすると、アーシャは少々お待ちください、と一声かけ、朝食の支度をしに一度その場を離れた。


(そいえば、アーシャに聞きたいことあるのだった)


 昨日は苛立ちの感情が強すぎてアーシャに痣のことをメインに話をしていたが、実はもう一つ聞きたいことがあったのだ。それはこの国のお金の価値について。昨日の収入として得た約200ゼニーで、どんなことができて、それが世間の収入のどの程度なのか、ということを聞きたいのである。いきなり城下町にいってもよかったが、あまりまごまごしていると騙されたり、ぼったくらたりする恐れも懸念されたので多少の知識は事前に聞いておきたい。


 そんなことを考えていると、アーシャが朝食を配膳しにやってくる。今日はサラダとフレンチトーストのようだ。まじまじと、アーシャの顔を眺めていると、どうやら見過ぎたようだ。


「私の顔に何かついていますか?」


「あ、ごめんなさい。 ちょっと聞きたいことがありまして……」


 すると、アーシャは喜んでお聞きください、と微笑む。この笑顔、魔性である。おれは魔性にとりつかれないように意識を冷静に持つことを努力し、なんとか質問する。


「実は、昨日の1日の収入が200ゼニーほどだったのですが、それがどれくらい価値のあるものなのかなーっていうのが気になっていて、教えていただきたいなと思っていたのです」


 アーシャはこくりと頷くと、説明を始める。


「そうですね、例えばですが、この朝食のセット、城下町で食べれば5ゼニーくらいでしょうか。 あと、このアデロン共和国で1ヶ月生活するのに必要な収入が約1000ゼニーほどとよく言われています」


(なるほど。だいたい前の世界と比べて100分の1程度か)


 おれは頭の中でざっくりと転移前の貨幣価値と比べ、イメージしていた。食事の価格と比べて、1ヶ月の生活費が少し安いのは、住居費用や税金の問題かもしれない。おれがふむふむ、と頷いているとアーシャが何かを思いついたようだ。


「あ、もしよかったら、今晩でも城下町、一緒に行ってみますか?」


「え……!?」


 あまりの突然の誘いにすっとんきょうな声が出てしまうが、アーシャを勘違いさせてしまったかもしれない。


「あ、私なんかではご不満でしたか…… すみません……」


 少ししょんぼりしてしまったアーシャを見ておれは慌てて手をパタパタと振って否定する。


「いえ、全然そんなことはないのですよ! ただ、突然のお誘いだったのでびっくりしてしまいまして…… でも、アーシャさんがよければ是非お願いしたいです!」


 おれの言葉にアーシャの顔色がぱっと明るくなる。本当にこの子はコロコロと表情が忙しくて、可愛らしいなぁ。


「では、今晩集魔炉からお戻りになりましたら、こちらまでまたお越しください。 食事も良いお店をご案内させていただくので、城下町でお召し上がってはいかがですか?」


 アーシャの提案におれは頷く。そして、一つあることを思いついたからお願いしよう。


「わかりました。 その際に、一つ、お願いがあるのですがよいですか?」


「私にできることであれば何なりと」


「アーシャさん、せっかくなので、一緒にお食事しませんか? いつも食事をとっている間、お待たせしてしまっているのは申し訳ないなと思っていたのです」


 どうやらこの提案は少し意外だったらしい。アーシャは少し驚き、戸惑いを見せていた。


「そう、ですね…… では、職務の後、という形でもよいですか……?」


「職務の後、ですか……?」


 おれは意味をはかりかねてオウム返しすると、アーシャは不安そうな顔でこちらを上目遣いで見つめる。いちいち仕草が可愛いぞ。


「はい。 私たち、職務中は従者なので、お仕えする人と一緒に食事を取ることができないのです。 ですので、一緒に食事をするには職務後となってしまうのです」


「その、すみません…… アーシャさんが良ければ、僕は職務後でも全く問題ないのですが、何か変わるのですか?」


「あ、もちろん私はアルトさんと職務後にお会いすることは嬉しいです。 ただ、職務後だとこの制服は着ることができないので、そんな私でも一緒にお食事をしてくれるのか、というところが心配で……」


 アーシャは何かを思い切ったかのように、制服を着て外に出歩けないことをおれに伝えるが、おれはあっけにとられてしまう。


「あ、そういうことですか……」


「やっぱり、よくないですよね……」


 どうやらおれのあっけにとられた返事は、がっかりしたと思われたらしい。アーシャは落ち込むが、おれの思いはそうではない。


「何を言っているのですか? 逆ですよ、逆。 アーシャさんがよければ、着ている服なんて関係ないですよ」


 すると、アーシャはおれのこの発現でよっぽど安堵したらしい。アーシャ曰く、このアデロン共和国において、この従者服というのは男女ともに一つの憧れの対象で、ステータスのようだ。女性はこの従者服を着ることができることで、一定以上の学や品を持つ証明となり、男性は、その従者と一緒に歩けるということがステータスになるらしい。たしかに、この国の従者の制服は可愛い。だが、おれにとってそんなことはどうでも良いのである。むしろ、アーシャの私服を見てみたいと思うくらいである。


「というわけで、従者の服を着ていない私とお会いするのは嫌かなと思ったのですが、そう言っていただけるのであれば、喜んでご一緒させてください」


 こうして、おれはアーシャと夜の城下町へ繰り出すことになったのである。


□□


 朝食の後、集魔炉でお昼過ぎまで魔力を抽出したおれは、腹ごしらえのためにお昼頃に一度城に戻り昼食を取る。そして、再び昼食後も同じくらいの時間、魔力を抽出し、結局この日の合計は300ルーン近くの魔力を抽出したことになった。魔力抽出の最中、押し寄せる快感の中で思い浮かぶアーシャの顔は、勝手におれの中で快感とアーシャの顔が関係づけられ、よくない妄想が膨らんだからこの後会ったときにちょっと気まずいのはここだけの話である。


 しかし、幸か不幸かおれのそんな妄想はワーギャンに報告に行くことで簡単に吹き飛ぶ。おれはワーギャンの部屋に印字された魔力抽出の結果を渡しに行くと、ワーギャンは目の前の書類を見ながら、こちらの顔も見ずに、一瞬だけ結果を一目見ると一言。


「こんなものか」


 その一言で、ワーギャンは再びおれに結果を返し、そのまま再び書類に目を戻し、無言の時間がしばし流れる。


(これは、帰って良いと言うことか? むしろ、帰れ、ということか?)


 おれはワーギャンのそばで数秒間立ち尽くしていると、その様子を察知したようである。


「他に何かおれに用はあるか?」


「いえ、特にありません。 それではまた明日」


 おれはそれだけ答えると、早々にワーギャンの部屋を後にした。


 別にねぎらいの言葉が欲しいわけでもないし、褒めて欲しいわけでもない。ただ、何か一言くらいあっても良いと思うのだ。この一日で300ルーンという数字はなかなか稀有な数字らしく、兵士の間でも少し話題になったくらいだ。それなのに、「こんなものか」の一言で終わらされるのはやっぱり寂しかったのだろう。


「あんにゃろめ、いつかぎゃふんと言わせてやらないと気が済まないな」


 おれはどこにぶつけたらよいかわからないふつふつとこみ上げる怒りを言葉と同時に吐き出し、アーシャの元へと向かった。


人は長く一緒にいる時間を好きだと思ってしまうのですよね、良くも悪くも、ですが。

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