1-8首の痣の謎
集魔炉の外に出ると、すっかりあたりは真っ暗だった。それでも、集魔炉には人が出入りしているから、みんなご苦労なことである。部屋に戻る途中、ワーギャンが別れ際に一言残す。
「今のおまえの放出速度であればしばらく魔力切れになることはないだろう。 とりあえず、おれが声をかけるまで毎日通い続けろ。 おれには印字した紙を渡すだけでいい」
「わかりました」
まぁ待っているだけなんて暇だからな。しかも、しばらくは役割がなさそうだし。そもそも、あなたの顔なんて見たくないからちょうど良いです、と思ったとしても、もちろん顔には出していないつもりである。実際はどうか知らんけど。
そんなことを思いながらワーギャンを見送ると、おれは一目散に食堂に向かう。いかんせん、とにかくお腹が減ったのである。
食堂に入ると、すぐにアーシャがこちらに気がつく。
「遅くまでお疲れ様でした。 お食事、食べられますよね?」
あぁ、さっきまでのワーギャンとのギャップ。一瞬にして幸せを取り戻した気がする。
「あ、ありがとうございます! お願いします!」
おれが意気揚々とお願いすると、アーシャにとってもその反応は嬉しかったようだ。喜んで!と言ってすぐに厨房へと戻っていった。
少しして、運ばれてきた料理に手をつけながら、傍らに立つアーシャが話し相手をしてくれていた。何気ない「今日はいかがでしたか?」と少し心配そうな顔で聞いてきてくれたのである。よっぽど疲れた顔をしていたのかもしれない。
おれは集魔炉の階層の話から、ワーギャンに首を絞められた話、ぶっ通しで魔力抽出を続けて今に至っている話を、ワーギャンへの愚痴にならないよう気をつけながら、ざっと説明した。そして、おれはあることを思いつく。
「そういえばアーシャさんはさっきの首を絞められた話の原因について、何か心当たりはありますか? おそらく、首の痣が関係していると思うのですが……」
アーシャは可愛らしく顎に手を当て少し考えるが、何かをひらめいたようでポンと手を打つ。
「私自身は何のお力にもなれないのですが、ベス様、シス様にお話を聞かれてはいかがでしょう? あのお二人であれば、何かしら理由を知っているかもしれません」
たしかに、言われてみればそうだな。召喚したのはあの二人で間違いないと思うし、意図的な仕掛けがあるのであれば、召還時に何かしている可能性が非常に高い。
「そうかもしれませんね! といっても、さすがに今から聞きに行くのはちょっと迷惑か……」
「あ、それならきっと大丈夫だと思います。 いつも食事にいらっしゃる時間が遅めで、そろそろいらっしゃる時間帯かと…… と思っていた矢先に来ましたよ、お二人が!」
アーシャが食堂の入り口へ目線を送ると、そこには年齢の割に元気に歩くベス、シスの二人が入ってきた。なんと良いタイミングなのだろう。きっとこれも日頃の行いである。ま、こちらの世界に来て2日目だけども。
「ちょっと失礼しますね」
そう言ってアーシャはベス、シスのところに向かおうとした他のメイドに一声かけ、アーシャ自身がシス、ベスに声をかける。すると、すぐに少しシス、ベスを連れてこちらにやってくると、アーシャ自身は席を外した。
「おぉ、久しいのう、 元気にして追ったか、アルタよ?」
「何を言っておるのじゃ、ベス? 召喚したのは昨日じゃ。 それに、アルタではなくアルトじゃ」
ベスさん、アルタは東京だろ、と思わず突っ込みそうになったがそんな話を言ったところでわかるわけがない。
「あぁ、そうじゃったな、失礼した。 して、首の痣の話と聞いたが?」
ベスはふと、真剣な顔つきになる。
「はい、実は今日集魔炉に言っていたのですが、その際にこんなことがありまして……」
おれは集魔炉でワーギャンに首を絞められるまでのいきさつを説明する。
「なるほど、そういうことじゃな」
シスは状況を理解したようで、少しため息をついた気がする。
「簡単に説明すると、その首の痣はお主を服従させるための鎖のような物じゃ。 ワーギャンからの指示で、召喚の魔方陣に組み込んだのじゃ」
「その鎖の発動は一部の制限された人間しかできないが、その命令は絶対じゃ。 まさかそんな些細なことで発動させるとは……お主をそんな目に遭わせて申し訳ない」
ベス、シスは本当に申し訳なさそうな顔をしている。たしかに、リスクを考えれば何かしら召喚者を管理する必要がある事情はわかる。ただ、あまりにもその発動が短絡的過ぎるのであり、その点がこの二人の心を痛めていたし、状況を理解したおれも頭にきていた。ただ、そういう物があるということがわかれば、普段から気をつけ、極力ワーギャンとは接しないようにすればよいだけだ。
「そんな、申し訳ないだなんて、謝らないでください…… 状況は理解しました。 できるだけ、この首の痣を発動させないように僕自身が気をつけるしかないですね」
この二人は上からの指示に従っただけだし、最悪のケースを想定すればその指示自体も間違っていない。ただ、運用に問題があるのである。もちろん、あの場で快楽に溺れてステンの言うことをすぐに聞けなかったおれにも非がないわけではないが、そうはいっても他にも手段はいくらでもあったのである。
(それにしても、やっぱりこの首の痣は気持ち良いものではないな……)
そんなことを考えていると、一瞬三者に沈黙が訪れる。すると、少し重くなった雰囲気を変えようと、シスが話題を変える。
「そういえば、今日の集魔炉の成果はどうったのじゃ? お主の魔力量があれば、おそらく全く問題ないとは思うのじゃが……」
おれは言われてはっと気がつく。この件もちょっと聞きたかったのだ。今日もらった印字された紙をシスに見せるとベスが横からその紙を覗き込む。すると、ベスが口を開く。
「これ、どのくらいの長さ抽出していたのじゃ?」
「正確な時間はわかりませんが、ほぼ半日弱はやっていたと思います」
「それで、疲れたからやめた、といったところか」
おれが頷くと、シスはおれに紙を返し、改めておれの方を向く。
「まぁ、わかりきっていたことじゃが、今の抽出速度であれば1日あってもお主の魔力が空になることはないのじゃ」
「ちなみに、どれくらい魔力量に余裕があるのですか?」
「正直、正確なことはわからん。 ただ、速度が変わらない前提であれば、10日間連続で抽出を行っても全く問題ないのじゃ」
シスの説明にふと疑問が湧く。
(前回の検査で、たしか魔力量って測定しているはずだったのでは……?)
すると、その疑問を察知したのか、ベスがシスの説明に補足する。
「実はな、お主を検査した装置では、お主の魔力量が測りきれなかったのじゃ。 だから正確なことはわからんということじゃ。 それに、魔力放出速度は、個人差はあるが、魔力を抽出、あるいは放出している限り、常に速くなり続けるから、その要員もあって正確なことがなかなか伝えづらいのじゃ」
シスが説明を続ける。
「事実、今回の集魔炉の抽出によって、お主を計測した昨日時点より、若干であるが、放出速度が速くなっているのじゃ」
こんな数時間で変わるものなのだな、と人体の神秘を感じる。でも、成長が手に取ってわかるというのはよいことである。
「油断は禁物だけど、集魔炉ですぐに魔力量が枯渇することはなさそうってことですね、ありがとうございます」
シスとベスが頷く。
「定期的に、検査を受けに来るとよいじゃろう。 そうすれば、どこまでリスクがあるか予想ができるじゃろう」
「ま、いつでも遊びにくるとよいのじゃ」
シスとベスが交互に声をかけてくれる。きっと二人にとっておれは孫みたいなものなのかもしれないな、と少し心が暖かくなった気がしたし、周りは良い人ばかりなこの世界は結構好きになれそうな気がしてきた。ただ一人を除けば……
まだまだ余力はありそうな感じですね!
さて、どこまで余裕があるのやら…