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1-7初鍛錬

 “絞まれ”という言葉と同時に、おれの首が絞まるのを見て冷徹に見下すワーギャンは、中身が実は人間ではないのではないか、という疑問がおれの中に沸き起こる。一言文句を言わないと気が済まないと、キッとワーギャンを睨み付けるが、おれが文句を言う前にワーギャンが口を開く。


「あまり手間をかけさせるな。 おまえを殺そうと思えばいつでも殺せる。 それを肝に銘じておけ」


 突然の出来事に、ステンは目を白黒させている。おれ自身も、怒り、恐れ、困惑など、様々な感情が胸を埋め尽くしていた。これらの感情が混ざり合い、わなわなと口を震わす。しかし、そんなことはお構いない様子で、ワーギャンは淡々と続ける。


「続きを進めてくれ」


 言われたステンはワーギャンと、おれを交互に見ながら一瞬食い下がることも考えたようであるが、ワーギャンの冷たい目線の前にあえなく服従する。


「失礼しました。 さぁ、もう一度座っていただけますか?」


 おれはステンの方を向き、立ち上がりながらワーギャンのことを再度睨み付ける。しかし、ワーギャンはそれ以上のことをおれに言うつもりはないらしく、ただただ黙って腕組みをしているだけだった。ワーギャンの思うままにされるのは気にくわないが、ここで抗ったところでさきほどの二の舞になるのが目に見えていたので、おれは大人しく集魔器に再度座り直す。


「それでは、説明を続けさせていただきますね。 先ほど感じていただいた通り、このグリップを握ることで魔力の放出ができます。 そして、その放出速度に応じて、集魔炉の設計上、最も魔力放出の速度が遅い人をこの第一層のD層に、そして最も速い人を第五層のS層に配置する必要があるため、先ほどは一度中断していただきました」


 その中断のせいでさっきみたいなひどい目にあったのか、と怒りの矛先がステンに向かいそうになるが、ふと冷静に我に返り、この兵士を恨んだところでお門違いであることに気がつく。すぐに怒りは収まらないかもしれないが、とりあえず今日はちゃんと我慢しよう。それよりも、今はまず魔力の放出速度の方が気になる。


「それで、どうだったのでしょうか?」


 おれの問いにステンはコクリと頷く。


「はい、おそらくは、しばらくこのD層のままで問題ありません」


 シスとベスも、速度については何も言及していなかったからな。良くもなく、悪くもないといったところなのだろう。


「あと、実際に魔力抽出に入る前にもう一つ付け加えさせてください。 既にご存じかもしれませんが、魔力が無くなれば命を落とします。 ただ、魔力が枯渇する前というのは、魔力の放出量が徐々に減少してくるので、その変化を集魔器自身が感じ取ってアラーム音を出します。 このアラーム音が聞こえたら、直ちにグリップから手を外してください」


 なるほどな。先ほどのおれのように、その快楽に身を任せ、アラーム音を無視するとそのまま死に至るのか。まさに、死ぬほど気持ちいい、というやつなのだろう。ある意味、快感を得られながら死ぬことができるのでれば本望かもしれない。だが、おれの場合はそこに至るのは難しいだろう。


「その点は心配するな。 おれがこいつを常に監視しておく」


 ワーギャンがステンに説明すると、おれはようやく昨晩のイーガルさんの心配と、それに対するワーギャンの自信が理解できた。如何におれが快感に身を委ねても、最後の最後にはワーギャンの手によって首を絞められ、現実に戻されるのである。どんなSMプレイだよ、全く。


 ステンはワーギャンの説明に納得して良いのか悪いのかよくわからないような複雑な顔をしているが、言葉を続ける。


「以上で基本的な説明は終わりです。 最後になりますが、開始前後には受け付けを済ませてください。 受付時にこの札をお渡しするので、その札をお返しいただければ、抽出した魔力量と、その階層に応じて報酬をお支払いさせていただきます。 もちろん、上位階層になるほど報酬は増加します」


 ステンは集魔器の横ポケットに入れてあるちょうどスマホくらいの大きさのプレートに、大きく「D-23」と書かれた札を見せる。


(この報酬はおれのポケットマネーになるのだろうか)


 おれはそんな疑問を抱いていたが、ワーギャンとは口も聞きたくない心境だったのでどうしようかと悩んでいると、ちゃんと説明してくれる。


「この報酬はおまえの賃金だ。 好きにすれば良い」


 その言葉を聞いて少し安心した。この先何がどうなるのかさっぱりわからないが、お金はあって困る物ではないだろう。お金だけで価値があるわけではないが、お金があるからこそできることもあるはずだ。何より、自分の労働がお金になるっていうのは、世に認められている感覚がして好きだ。


「何か質問はありますか?」


 ステンがおれのほうを向いて質問するが、特に思いつかないので首を横に振る。


「では、以上で説明は終わります。 それでは、早速始めてください」


 少しトラブルがあったものの、いよいよ集魔炉による鍛錬を開始した。


□□


(ふぅ、もうダメだ……)


 おれは気力を振り絞りなんとかここまで耐えてきたが、そろそろ限界だった。


(お腹が空いた……)


あまりもの空腹にグリップからついに手を離す。だが、空腹のお陰でワーギャンのお世話になることはなかったのだから、ある意味よかったのかもしれない。食欲は性欲に勝るのである。


おれは集魔器からゆっくりと立ち上がると、少し立ちくらみのような、めまいがする。座りっぱなしも逆に疲れるのだよね。気分は5時間近くぶっ通しで打合せをした後のような気分である。疲弊感も半端ない。でも、きっとこいつはそんなことお構いなしなのだろうな、とどこからか椅子を借りてきて座っているワーギャンに目をやる。すると案の定の反応を見せる。


「終わったか。 では、戻るぞ」


(せめてさ、ねぎらいの言葉の一つでもかけられないのかね、本当に)


 ほとほとワーギャンの対応に嫌気が指してきたが、それより、性欲にも勝った空腹が、ワーギャンの対応についてどうでもよいものにさせていた。おれはワーギャンの言葉に無言で頷くと、その場を後にし、説明を受けたプレートを持って受付にいる兵士に渡す。


「はい、ありがとうございます」


 プレートを受け取った兵士は、手元にある機械に読み込ませると、何やら驚いた顔をしている。


「えっと……これ、今日一日の分ですよね?」


「はい、そうですが?」


 おれは兵士の言っている意味がよく意味がわからず、なんとも気の抜けた返事をする。すると、兵士は控え室のようなところに入っていったと思えば、少しすると先ほどのステンと一緒に出てきた。


「まさか、今までずっと魔力抽出していたのですか!?」


「はい、あまりにもお腹が空いたので今日は途中で辞めてしまいましたが…… 何か問題でもありましたか?」


 ステンと兵士は顔を見合わせ、大きく首を横に振る。


「問題なんて、とんでもありません。 あまりにも一日の魔力抽出量としては多すぎるので驚いていたのです」


 ステンの言葉に受付した兵士も頷く。


「しかも、まだD層程度の放出速度で、魔力は残っている…… 現時点ではそこが見えませんね」


 しかしこのやりとりに、ワーギャンはさも当然だ、と言わんばかりに、二人に伝える。


「手続きを進めてもらってもいいか?」


 突然のワーギャンの言葉に、兵士二人はすみません、と平謝りし、ステンは印字された紙と手のひらに収まる程度の麻袋をおれの前に置き、説明を始める。


「こちらに記載しているのが今回抽出した魔力量と、階層、そして報酬金額です」


 そこには魔力量、階層、報酬金額の順に212ルーン、D、212ゼニーと書かれていた。なるほど、D層では魔力量の数値であるルーン数がそのまま報酬の金額になるということだな。この金額が多いか少ないかはなんとも言えないが、またアーシャに聞いてみよう。おれは印字された紙と麻袋を受け取ると、その重みが疲れた体にずしりと響く。


「これからしばらくは、ほぼ毎日来るつもりでいるからそのつもりでよろしく頼む」


 ワーギャンの言葉に、兵士二人は相変わらず、承知しました、お待ちしています、とか言っているが、本当はだいぶ迷惑なのだろうな。位が上の偉そうな人がきて嬉しい現場なんて、あまりないのはどこの世界に言っても同じなのだなと感じる。


「また明日も、よろしくお願いします」


 おれは兵士二人に頭を下げると、二人もこれからもよろしくお願いします、と感じのよい返事が返ってくる。この国は、ただ一人を除いて良い人が多そうだ、と内心思いながら、初鍛錬は無事終わりを迎えることができた。


良いことばかりは続かない。

まぁ人生そんなもんですよねってお話です。

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