1-4新興国「アデロン共和国」
召喚された部屋から場所を移動し、連れられてきた部屋の扉を開けると、日の光が降り注ぐ窓から爽やかな風が吹き込み、カーテンを揺らす。
「では、しばし待たれよ」
シスとベスはそういって部屋を後にする。おれは軽く会釈をして二人を見送ると、改めて部屋に視線を戻す。
(ここがおれの部屋か)
部屋の広さは6畳くらいだろうか?ここも、全面が石造りになっていて、西洋のお城の一室のようなイメージだ。部屋には簡単な机と椅子、全身鏡、そしてベッドが置いてある。部屋の中心はここに来るまでに何度か目にした真っ赤な丸い絨毯が敷かれており、足を乗せるとフカフカで気持ちよかった。全体的にこざっぱりしているが品が有り、控えめに言っても十分すぎる部屋だった。綺麗に整えられているから、もしかしたら客人用の部屋としてこれまでは使っていたのかもしれない。
ふと、おれは目に入った鏡を見て今の自分の様子が全くわかっていないことに気がつく。服装は、綿のような生地でできた、下が黒の長ズボン、上が白の長袖のシャツ風とオーソドックスな格好であることはわかっていたが、顔や髪型が全くわからない。お世辞にも召喚前は格好良い部類に入る顔ではなかったから、あわよくば顔も良くなっていて欲しい、と思いながら恐る恐る鏡を覗くと……
(お、なかなかの男前……?)
この世界の美的センスが全くわからないからなんとも言えないが、鏡を覗き込むおれの姿は、少なくとも召喚前の世界では格好良い部類にいれてよいと思うような出で立ちだった。耳元、襟元に少しかかる黒髪で、目鼻立ちはしっかりしている。少し幼さが残る顔立ちで高校生くらいの年齢だろうか?身長は多分170センチ程度はあるだろう。
自身の見慣れない姿を見るとふと、首元にうっすらと首輪のような筋が見えることに気がつく。
(あれ、なんだこれ?)
おれはもう一歩鏡に近づき、その首元の褐色の筋をよく見ると、入れ墨のように肌の色に定着しているようで、どれだけこすってもにじむことも消えることもなかった。
(なんかちょっと気持ち悪いな…… 後でシスかベスに聞いてみよう)
現状であれこれ考えても仕方が無い。そう思い、おれはベッドに腰掛けると一気に眠気が襲い、そのまま眠りについてしまった。
□□
コンコン
この部屋の扉を叩く、乾いた音に気がつき、あわてておれは体を飛び起こす。
「はい、今行きます」
そう声をかけて慌てて扉に駆け寄り、扉を開けるとそこにはメイド服のような服をきた女性が立っていた。
「お待たせいたしました」
深々とお辞儀をするメイドさんを見たときに、是非おれはその後ろに「ご主人様」という言葉をつけて欲しいと思ったのはここだけの話である。そして、顔を上げたメイドさんを改めて見ると、なかなかの美人であることに気がつく。少し小柄な細身の体型に、アップで纏められた焦げ茶色の髪、はっきりした顔立ちではないが、大きめな目はいわゆる清楚系の顔立ちだろう。学生の頃にクラスに一人くらいはいそうな、大人しめな雰囲気である。年齢は今のおれよりかは少し上な気がする。
「アルト様のお手伝い役としてお世話になります、アーシャと申します。 何かございましたら、何なりとお申し付けください」
なんなりと?ということはあんなことやこんなことまで、とあらぬことまで想像してしまったが、そんなわけはないだろう。それよりも、気になるのはアルト様って名前である。
「え、ちょっと待ってください。 アルト様って、僕のことであっていますか?」
アーシャはにっこりと微笑み頷く。この笑顔、よく教育が行き届いているなー、受付嬢にはぴったりだ、と不必要な妄想が再び膨らむ。
「はい、もちろんでございます。 シス様、ベス様からお話を伺っております。 本日召喚されて、なんと言葉も理解されるアルト=ノーン様とは、あなたのことです」
(名前、アルトっていうのだ……)
おれは改めて自分の名前がアルトに変わったことを認識すると、元の「コウ」という人間はこの世界ではいないのか、と少し残念な気持ちになる。ただ、せっかく来てくれた美人メイドさんを入り口に立たせっぱなしにしておくのはよくないな。
「そうなのですね、わかりました。 ではアーシャさん、よろしくお願いします」
「はい、アルト様。 では早速ですが、このお城を回りながら、簡単にこの世界のことをご説明させてください」
アーシャはそう言うと、こちらへ、と手を拡げ廊下へとおれを導く。こういった細かい所作もちゃんと学んでいるのだろうな、とおれは改めてアーシャの様々な所作のレベルの高さに感心する。それと同時に、自分が良い待遇で迎えられていそうだな、と改めて実感する。
アーシャは城の中を散策しながら様々なことを説明してくれた。この城のどこに何があるのか、この城には兵士や学者など様々な人がいて1000人近くが城内にいること、食事や入浴などの生活ルールに関すること、この世界には魔物がいることに始まり、アデロン共和国が存在する大陸内にはアデロン共和国以外はバルト帝国だけであるが、海を渡ると別の大陸に国があること、それらの多国に比べるとアデロン共和国は珍しい共和国制度を取っていること、30年ほど前の革命でバルト帝国から独立し共和国になったことなど、一度には覚えきれないほどの量を伝えられ、せっかくの美女との散歩も台無しである。
ただ、一つわかったのがこの国自体が多国から比べると異色な国で、他の国からすると目障りなのだろうな、ということだった。だからこそ、おれが召喚されたのだろうな、と。そして、何より心に残ったのは、アーシャが夕日の降り注ぐ自室に送り届けてくれた別れ際に言った一言だった。
「私の両親は病気で他界してしまっているのに、こういった形でお仕事をさせてもらえるこのアデロン共和国が、私は大好きです」
これを聞いて、少なくともアーシャはこの国を大切にしたいと思っているし、そういった人がこの国には多いのだろうな、と思うと結構よい国に召喚されたのかもしれないな、と感じた。
そして、部屋にたどり着くと部屋の外でアーシャはおれにぺこりとお辞儀をして伝える。
「この後は、首相との面会があると思いますので、少しお部屋でお休みください。 また後ほどお呼びに参ります。」
「アーシャさん、今日はいろいろとありがとうございました。 とても勉強になりました」
そうおれが伝えると、少し照れくさそうに、再びお辞儀をして、アーシャは戻っていった。
おれは先ほどと同じ過ちは繰り返すまいと、今度はベッドではなく椅子に腰掛ける。
(戦争、か……)
正直、まだ全く実感が湧いていないが、話を聞く限り、戦争は行われているし、おれはその戦争に加担することになるのだろう。それが果たして良いことなのか、悪いことなのかさっぱり検討がつかない。ただ、最後に聞いたアーシャのあの言葉は、やはりおれの心に深く刺さっていた。
(誰かが好きな国を守る。 そんなちっぽけな使命感だけど、まぁとりあえずはできることをやるしかないよな)
そんなことを思いながら、おれは再びアーシャが呼びに来る小一時間を物思いにふけっていた。
謎の痣と突如現れた美人メイドさん。
少しずつですが、物語の本筋に近づいていきます。