2-9 開戦
演習場から戻り、おれはワーギャンのところに行って今日の集魔炉の記録を渡す流れで、アーシャを同行させてほしいことを伝えると、「おまえの好きにしろ」と、まぁワーギャンらしい答えが返ってきた。
(聞く前に戸惑ったおれの気持ちを返してくれ)
あっさり答えるワーギャンに向かってそう思ったりもしたが、うだうだ言われるよりかはずっとましか、と自分を納得させる。それよりも気になったのはワーギャンの部屋の香り。この日もやはりアーシャの香りがするからきっとワーギャンのところにいたのだろう。別にアーシャが自分の物だ!なんて風には思ってないと思うし、思いたくもない。ワーギャンとは主従関係があるから呼ばれればアーシャはいくだろう。これまでもそんなことは日常茶飯事だったに違いない。ただ頭でわかっていながら、自分の中で渦巻くこのモヤモヤを人は嫉妬と呼ぶのであろう。
(あぁ、ちっちゃいなぁ)
そんな思いを胸におれは食堂に向かい、そしてアーシャと顔を合わせればそんな思いはどこ吹く風で昨日の夜を思い出し、思わずにんまりしてしまう。そして驚いたのは帰り際のアーシャからの一言だった。
「お仕事が終わったら、アルト様のお部屋にお伺いしてもよいですか?」
おれにはもちろん断る理由もなく、むしろアーシャの家にいこうかと思っていたくらいだったから二つ返事でアーシャの言葉を受け入れた。
この日の夜、アーシャの同行をワーギャンに認めてもらったことを伝えると、それは嬉しそうにしてくれた。そして、その甲斐あってか、アーシャはとても積極的だった。それはまるで自分の中の何かを取り戻すように、自分の存在を確かめるかのようだった。
「いよいよ、ですね……」
おれの胸元にいるアーシャは少し心配そうにこちらを見上げる。少し乱れた髪からなぜかおれは妖艶さすら感じる。
「そうですね…… でも着々と準備も整ってきているので、僕には少し楽しみになってきました」
おれの言葉にアーシャは少しハッとした様子を見せるが、すぐに笑顔を見せる。
「えぇ、これまで懸命に努力されてきたのですもの、きっと神様も味方をしてくれます。 このアデロン共和国を、アルト様の手で勝利に導いてください」
そう言ってアーシャはおれの背中を強く抱き、その顔を胸に埋める。おれはこれまで思っていたが口に出さなかった思いをアーシャに伝える。
「実は、自分でもよくわからないのですよね、この戦争をなんとかするという使命を自分が受け入れているかどうか。 正直まだアデロン共和国を心から守りたいとは思えないし、自分が戦争に参加するなんて嫌なのですよね、本当は。 でも自分の力を試してみたい、そしてアーシャさんに喜んでもらいたいって気持ちはある。 この戦争の中で、そんな思いに対する答えを少しずつ見つけられたらよいなと思っているのです」
おれは召喚前の仕事のことを思い出していた。理不尽にプロジェクトのリーダーを交代させられ、そして新たなテーマをやらなければいけない。ある意味、この召喚はその続きなのかもしれないなと思う部分があった。誰かの指示で、自分の本心と異なることをやらなければいけない。これが自分の中でどう処理できるのか。この戦争ではそんなことを確認する機会になるのかな、と漠然と感じながら、気がつくと眠りに落ちていた。
□□
そしてついにやってきた出発の当日。
(改めて見ると、本当にすごい人数だな……)
おれは初めて城下町の外にある城壁に並ぶ兵士を見て思わず絶句する。隣にいるアーシャも同じような感想だった。
「これだけいたら、どんなことでもできそうですね」
正直、どれだけの数がいるのか検討もつかない。とにかく人、人、人である。城壁の外から続く街道には、既に先にでている兵士達が細長く永遠と続いている。しかも、大勢が一度に動くと移動するだけで疲れてしまうので、この人数でも三分の一にわけて、1日ずつ出発するタイミングをずらしているそうだ。先発部隊をソーンが、後発部隊をセリーヌが、そしておれたちがいる中間部隊はワーギャンが取り仕切る形で目的地へと向かうらしい。部隊は大きく歩兵隊、騎馬隊、物資などを馬車で運ぶ後援部隊に分かれていて、おれたちは騎馬隊の中間位置で位置取っていた。
当然おれは馬なんて乗ったことがなく、且つ最重要戦力として位置づけられているため、ワーギャン、アーシャ、おれの3人で馬車に乗って移動する。
「みんな自分たちで移動しているのになんだか申し訳ないですね」
おれの言葉にアーシャは賛同してくれたが、ワーギャンは相変わらずだった。
「その分現地で仕事をしたらいい」
(まぁそりゃそうなのだけど身も蓋もないな……)
そんなワーギャンの心ない言葉をよそに、おれはこれまで見たことがなかった馬車の外の世界に目を向ける。城や城下町でも日中は少し肌寒くなってきていたが、外に出ると通り抜ける風でさらに寒さを感じる。そして遠くに見える山の中央から上はうっすらと雪化粧をしていた。また、街道とはいうものの、所々道が舗装されていないところもあるためその間は舌をかまないよう静かにだまっていることしかできなかった。
また、道中魔物も現れた。いや、むしろ正確に言うと魔物が普段生活しているところに人間が足を踏み入れた、というのが正確かもしれない。青色のぶにょぶにょしたスライムやら、大きな蟻さん、人を襲う犬など、まぁどこの異世界でもいそうな魔物が道中に現れる。一対一の実力であればどうかわからないが、これだけの数の前には無力である。袋叩きにあって討伐されていた。どうやらこの世界の魔物は倒されると魔力と同じ、青白い光になって魔石を残して無くなるようだ。きっと魔力というのは、いろんな物や生命に宿って世界を循環しているのだろうか。
「アーシャさんから話だけは聞いていましたが、魔物が本当にいるのですね」
アーシャに問いかけると頷く。
「はい、基本的に大気中に含まれる魔素が集まると魔物が生まれます。ある程度人が住み着いていたり、人の行き来があれば魔素が飛散し魔物が生まれることもないのですが、このあたりだとそうはいかないみたいですね」
それでも、街道で人の通りがある程度あるからか、魔物との遭遇はそれほど高い頻度ではなく、一日に数回遭遇するだけだったから、森の中などの魔素が本当に濃い部分と比べるとまだましなのであろう。何にしても、馬車に揺られて戦地まで行けるとは、本当に良い身分であるが、それだけ期待されているということの現れだろう。
移動を初めて1日目の夜、目標としていた野営場所にたどり着き、一同はテントを張って、交代で見張りをしながら休みを取る。特にこの日は何かをしたりすることは無かったが、3日目の夜の、全員が揃ったタイミングで開戦前の宴をするそうだ。他の兵士は狭いテントで雑魚寝をさせられているのに、おれもワーギャンも個別のテントが与えられている。アーシャはもちろん、他の女性兵士と同じテントで休んでいる。
おれは野営地のテントの外を出て、適当なところを見つけると空を見上げる。
(こちらにきて数ヶ月、か……)
召喚のお陰で良い体で生まれ、そして今や貴重な戦力として良い待遇で生活させてもらえている。アーシャという大切な人もできた。召喚前の世界で言えば、若手で部長職になって、綺麗な女の子と付き合えているような感じだろうか。ある意味、おれが理想としていた姿かもしれない。もちろん、今の環境はとても良い環境だし、満足していないわけではない。だが一方で、本当にこのままでよいのか、という迷いがないというわけではない。戦争に対する自分の意思がないのである。周囲からのおれの存在意義は戦争に対する戦力なのに、自分の中ではそれが腑に落ちていない。そんなところにおれは漠然とした不安を感じているのかもしれない。
(まぁ、考えていても仕方がないか…… まずは今の自分にできることをやろう)
おれは瞬く星空の下で、そう自分に言い聞かせるのであった。
□□
それから道中をひたすら進むこと3日目の夜。ようやく目的としていた最終野営地に辿り着く。少し小高い丘の上からは、これから攻め落とそうとしているバルト帝国の要塞都市セントリアの城壁が見える。既に先発部隊が野営地をあらかた準備していてくれたため、かなり楽をさせてもらっている。そして翌日にはいよいよ最後の部隊が到着し、戦争の人員が全て揃った。その日の夜、予定していた決起集会は行われた。
ワーギャンは千人近くいる前で、少し小高くなった丘の上に登り、群衆に大きな声を張り上げる。
「遠いところ、良く集まってくれた! ここまでの道のりは長かった。 そう、前回の敗戦から12年だ」
ワーギャンは集まっている兵士達を見渡し一呼吸置く。
「おれたちは、これまでバルト帝国の横柄さに耐え続けてきた。 不平等な交易条件や人の往来の制限、そして金銭の支払いに他国の人をなんとも思わない法律。こんな国に我らは虐げられるために独立したのではないのだ! 今こそ我らの正義を示し、自由を勝ち取ろうではないか!」
そう言ってワーギャンは右手に持った剣を高々と上げると、兵士達がそれに共鳴し、右手を天高く掲げる。
「ウォォォォォォォ」
その雄叫びは、地面を揺るがし、天を突き刺す勢いだった。きっとセントリアまで聞こえているだろう。
「バルト帝国からの回答期限は明日の正午だ。 それまではゆっくり休んでほしい。 正午になっても返答がなければ、そのときはこちらから号令をかける」
(なんだかドキドキしてきたな……)
おれは慣れない戦場の雰囲気に高揚感と、自分のことに落とし込めない感じが混ざったよくわからない感情で、一夜を明かした。
そして翌日正午。多くの兵士が固唾を飲んで静まりかえる中、ワーギャンが魔導具を使った無線で連絡を取っている。おそらく、首都とであろう。そして、無線を切り終わるとワーギャンは大きく息を吐き出す。そして、これまで聞いたことのない大声で、ワーギャンは叫ぶ。
「正午の時点でバルト帝国から回答はない! よって、宣言通りこれよりセントリアの攻撃に移る!」
ワーギャンの声を聞いた兵士達は昨夜に勝る雄叫びをあげ、そして、バルト帝国との戦いの火蓋は切って落とされた。
様々な感情が入り混じる中でいよいよバルト帝国との戦闘が始まります!
第2章クライマックスに向けて進みます!




