2-6 行き着く先は……?
日に日に朝日が昇り始めるのが遅くなり、少し部屋の寒さを感じる中、おれは浮ついていた。
(二回目、か……)
アーシャと外で会うのが、である。これまで何ヶ月間かかなりの頻度で顔を合わせているが、日に日に綺麗になっているように見えるのは、アーシャが変わっているのではなく、おそらくおれの見る目が変わっていくのだろう。心理学的にも、慣れ親しんだ人や物には愛着を感じやすく、よく見えるという話をきいたことがあるからまさにそれを実証しているわけだ。もちろん、外で会うのが二回目だから何かがあるというわけではないが、前回外で会ったのはこちらにきてまもなくだった。それからかなり親睦を深めてきたし、今回はアーシャから誘いがあったのだから、何か(・)を期待しないわけにはいかない。
(何を考えているのだか、おれは……)
浮ついた心に自制をし、朝食をいつも通りに振る舞い別れ際に、それではまた夜に、とだけ声をかけるおれ。余裕をもった、全然意識をしていない風に見せながら、内心はもちろんドキドキである。
そんな心境の中で行く集魔炉は流石にやばかった。いつもより興奮した状態で握った集魔器のグリップは、おれをいつもより強い快感へと誘う。グリップを握ったときの快感の波は、最早一瞬にして意識を飛ばしそうな勢いだった。
そんな中、数時間経過後に聞こえる魔力枯渇を知らせるビープ音と押し寄せ続ける快感の中、おれはなんとかワーギャンの顔を思い浮かべ、ネガティブな印象で頭の中を満たす。そして、そのネガティブな印象の後には、この後アーシャと会えるという楽しみを織り交ぜる。
(ここでくたばってはだめだ…… なんとしてでもアーシャに会うのだ……)
必死の思いで、おれは最早一体化してしまったのではないかと思う集魔器のグリップと自分の手をなんとか引き剥がしにかかり、ようやくなんとか手を離す。おれはグリップを握りたくなる騒動を抑えるため、慌てて集魔器から離れると、そのまま床に寝転ぶ。
(いや、今日は久しぶりにやばかった……)
背中に床を感じながら目を閉じると、なんだか床がぐるぐる回っている気がするが、しばらくすると治まってきた。
(よし、戻るか)
おれは重い腰を上げ出口に向かい、いつも通り受付に集魔器の札を渡すと、最早顔なじみの兵士が少し驚いた顔をしている。
「あれ、珍しく今日はもう終わりなのですね」
「え? あ、そうですね。 魔力切れになりそうだったので」
正直、集魔器に乗っている間は時間の感覚が曖昧なので頼りになるのは腹の知らせか、魔力枯渇のビープ音のため、どれくらいの時間のっているのかよくわからないのである。兵士はおれの札を受け取り、魔力の数値を印字する。
「え…… これ、いつもと同じか、むしろちょっと攻め込んだくらいじゃないですか……」
兵士から印字された紙を渡されると、確かにそこには2万ルーンちょっとの、これまでと遜色ない数字がかかれていた。
「少しずつ終わる時間が早くなってきていたとは言え、今回はいきなり早くなりすぎですね。 何かあったのですか?」
「ん…… どうでしょう? あまり思い当たることはないのですが、ちょっとしばらく様子を見たいと思います」
思い当たることがないなんて大嘘である。ただ、今日は普段より興奮していたからかもしれない、なんて恥ずかしくて言えるわけがない。ただ、原理的に、感情の起伏によって魔力の放出スピードが変化するっていうのはわかるかもしれない。今日の経験は今後とてもためになる経験となったのである。
□□
時は流れ、夕刻。いよいよアーシャとの待ち合わせ時間がやってきた。時間を持て余していたおれは、結局かなり早い時間に前回と同じ中庭の待ち合わせ場所でぼーっとしながらアーシャを待つことにした。
(思い返してみると、あっという間だったな)
前回もアーシャとの待ち合わせのときにベンチに座って星が瞬く空を仰ぎ見ていた気がする。あのときはこちらにきて数日だったが、今はだいぶこちらの世界も慣れてきた。戦争に対する不安がないわけではないが、それでも毎日楽しく生活できているのはある意味アーシャのおかげである。
(感謝してもしきれないな、アーシャには)
物思いにふけていたが、そんなところにおれを呼ぶ声が聞こえる。
「アルト様!」
おれは慌てて体を起こし、声のする方を向くと、そこにはアーシャの姿があった。黒のAラインワンピースに、ベージュのカーディガンという少し秋らしさを感じる服装で、首元と手首についている、おれが渡した黄色い宝石をあしらったネックレスとブレスレットとの色合いも良く合っていた。そしていつもは髪型がアップ、前回城下町に出たときは下ろしていたが、今日はポニーテール。あの揺れる尻尾はずるいのである。
「あ、アーシャさん! まだ時間早いのに!」
「それはこちらの台詞ですよ! 私が先に行って待っていようと思ったのに!」
おれはベンチから立ち上がり、お互い顔を見合わせると自然と微笑みあう。
「さ、いきましょうか」
こうして、おれたちは賑わいを見せる夜の街へ繰り出した。
特にどこにいくというのも決めていたわけではなかったが、自然と食事をすることになった。なんでも、アーシャがたまにいくお店があるらしく、お酒も料理も美味しいのだそうだ。
「では、改めまして」
二人はジョッキに運ばれてきたエールを軽く合わせると、口に運ぶ。
「うん! やっぱり仕事の後のエールは良いですね!」
アーシャがまるでどこかのサラリーマンのようなことを言うから思わず笑ってしまったが「何かおかしかったですか?」と聞いてくるので召喚前のサラリーマン事情を説明する。
「どこの世界でも同じってことですね」
そう言って笑うアーシャは、お酒の力もあってなのか、普段のかしこまった感じより少し砕けた感じで、より親しみを感じていた。ちなみに、おれはアーシャと前回城下町にきた次の日に城下町へお酒を飲みに来ていて、お酒は強くも弱くもないことを事前調査済みである。
食事も一通り楽しみ、ほどよく酔いが回ってきたところで、おれはアーシャにずっと聞きたかったことを聞いてみる。
「そういえばアーシャさん、一つだけ気になっていたことを聞いてもよいですか?」
突然の少し改まったおれの様子に、アーシャも椅子に座り直して姿勢を正す。
「いきなり改まった感じでお話されると緊張しますね。 でも、どうぞ、なんなりと?」
「アーシャさん、僕が倒れた時に助けてくれたじゃないですか。 あれ、どうやってやったのですか?」
アーシャは少し戸惑いながら口を開く。
「え、私の口からそれを言わせますか……?」
アーシャはそういった後、少し冗談っぽく笑う。
「あ、ごめんなさい。 ちょっと質問が悪かったですね……」
おれは直接口に出すのを戸惑ったが、思い切ってその言葉を伝える。
「あの…… その…… 口づけで魔力を流し込んでくれたっていうのはわかるのですが、なんでそんなことができるのかなって疑問に思ったのです」
多分誰もができるわけではなくて、何かしらの訓練をしてないとできないことなのだろうとそんな予測をしていたから、そこがおれの中で少し引っかかっていたのである。しかし、どうやらそうではなかったらしい。アーシャは合点がいったような顔をして、少し照れながら答える。
「そういうことですね… 実は私にも正直よくわかりません…… ただ、ワーギャン様から連絡を受けたときに、『大切な人だと思ってキスをすればアルトは助かる』って言われたので、それで……」
少し間が空き、アーシャは言葉を続ける。
「アルト様は私にとって今やとても大切な方なので……」
恥ずかしさからうつむくアーシャの首元に、ポニーテールの尻尾が触れる。
(ちょっと待って、おれ、これ、どうしたらよいのだ?)
初めての経験とお酒の酔いも混ざり、おれの頭は真っ白になって、でも、このまま何も言わないのはよくないと思い、よくわからないことを口走っていた。
「ぼ、ぼくにとってもアーシャさんはとても大切な人です!」
そう告げたおれには、そのときアーシャの口元が笑みにゆがむ様子に気がつくはずもなかった。
アーシャさんの歪む口元に気がつけないアルト少年、さてさて、どう転がるのでしょうか…?




