2-5 怪しい二人
おれが演習場の魔導板を貫通させたことは瞬く間に兵士間で噂になっていた。それもそのはず、演習場の魔導板の前にはでかでかと「修復中 使用禁止」の文字が貼られていたためである。その文字に興味を持った兵士が、現場を見ていた兵士らに原因を確認し、あっという間に広まったのである。
魔導板を貫通したその後は結局すぐに集魔炉に行ったし、ワーギャンにその結果を届けると、魔導板が修復するまでは、今まで通り集魔炉に行くように、とのことだった。一気に前の生活に完全元通りである。
しかし、集魔炉に行き続けること10日ほどで大きく変わっていたのは魔力枯渇を知らせる警告がなるタイミングが日に日に早くなっていることである。直近では、10日前に比べて、ほぼ半分くらいの時間で魔力枯渇の警告が出ていた。もしや、魔力が回復していないのか、と思い、ベスとシスにも相談したがそうではないらしい。完全に放出速度が速くなっているのだ。この感じでおれの魔導銃を使ったらどうなるのか、今からちょっと楽しみだ。
幸い強烈な快感にも慣れてきつつあったため、以前のようにワーギャンの世話になることもなくなった。戦争に向けた準備は着々と整ってきている。そんな中、夕食前の時間にワーギャンから招集がかかり、ワーギャンの会議室にきていた。
コンコン、とドアをノックするといつも通りの無愛想な声で「入れ」とだけ聞こえる。
ふと、部屋に入った瞬間、どこかで感じたことのある香りを感じる。
(ん? いつもの部屋の香りが違う……?)
些細な変化だが、いつものワーギャンの部屋と異なる雰囲気に、部屋に入った瞬間違和感があった。しかし、そんな違和感もセリーヌとソーンの一言ですぐに頭の片隅に追いやられる。
「アルトさん、噂で聞きましたがすごいですわ。 あの魔導板を打ち抜くなんて」
「あぁ、あの話には驚いたぜ、ほんとに。 魔導銃もいろいろあるとは聞いていたが、まさかそんなことができるとはな」
おれは二人からの賞賛の声にパタパタと手を振る。
「いえいえ、すごいのは僕ではなくて設計したベスさん、シスさんですよ」
そんなやりとりを黙って聞いていたワーギャンが口を開く。
「バルト帝国国境に向けて出発するのは5日後で決定した。 先方はこちらの要求に応えるつもりはなさそうだから、通告から20日後、今日から9日後には、最終確認後開戦する」
「いよいよですわね」
「あぁ、これまでの努力が試されるぜ」
セリーヌ、ソーンはいよいよ差し迫る開戦に向けて意気揚々としているが、おれはなかなか気乗りがしない。なんて言ったって戦争である。
「やっぱり心配か?」
ソーンはおれのそんな様子を察して声をかけてくれる。おれは頷く。
「大丈夫だ、そのためにおれ達がいるんだぜ!」
「そうよ、私たち二人を甘く見てもらっては困りますわ」
「今日はその件でおまえを呼んだのだ。 騎士団長直轄といっても、所属するのはこの二人と、おまえだけだ。 二人はもちろん戦場にもでるが、基本的にはおまえのサポートに回ってもらう。 おまえの役割は長距離射程・超高出力による敵国兵士の殲滅だ。 これならあまり恐怖を感じることはないだろう」
(恐怖を感じるかどうか、というよりも、どちらかというと人を攻撃することに対して抵抗があるのだけどな……)
と、そうはいっても仕方が無い。なんといっても戦争である。やらなければやられるのである。それに、おれの魔導銃は貫通力が高いから、どちらかというと怪我を負わせて撤退させるのが目的の武器だ。
しばらく考えて改めてワーギャン、そしてセリーヌ、ソーンを見て伝える。
「よろしくお願い致します」
その後、簡単な戦術の確認などをしているが、素人のおれにはさっぱりわからない。どうやら、こちらの戦争は明確なスタートや終わりの合図がないらしく、如何に拠点をとるかという陣取り合戦のようなイメージのようだ。今回は、バルト帝国との事実上の国境となっているセントリア地方にあるバルト帝国の要塞を攻め落とすことがおれたちのミッションのようだ。要塞という以上、一度取ってしまえば簡単には攻め入ることができない。だからこそ、おれのような高火力な人員が必要なのであろう。
ワーギャンとセリーヌ、ソーンが一通り話しを終えると最後に、とワーギャンが口を開く。
「あと4日ほどで出る予定だ。 それまでに準備を進めてくれ」
こうして、おれたちはいよいよ戦争準備に向けた最終局面を迎えていた。
□□
(はぁ、戦争かぁ)
おれはいよいよ目の前に迫りつつある戦争の気配に若干怖じ気づきながら、すっかりと胃の中がからっぽになった感覚とともに食堂に向かう。
(まぁこちらにきた使命が戦争するためだからなぁ、やるしかないか)
おれは諦めなのか決意なのかよくわからない感情を胸に食堂へ入ると、朝はいなかったアーシャが出迎えてくれる。
「お疲れ様です、アルト様」
「アーシャさんもお疲れ様です」
何気ないいつものやりとりだが、ふとアーシャに近づいたときに普段と違う香りに気がつく。香水というほどでもないのだが、ふわりと柔らかく香る香り。そして、この香りをどこかで嗅いだことがあるな、と思い返してみると、さっきまでいたワーギャンの部屋だ。
(もしかしたら直前までアーシャがいたのかもしれないな)
アーシャは従者である。ワーギャンの部屋にいくことくらいあるだろう、と思いながらもどこから胸にしこりが残る。
しかしそんな胸のしこりも、食事を食べ終わった後の帰り際に言われたアーシャからの一言で一瞬にして氷解する。
「あのアルト様、もしよろしければ先日頂いたネックレスのお礼に、今度お食事をご馳走させていただけませんか?」
「いや、お礼だなんて大丈夫ですよ! それに、助けてもらったのは僕の方ですし……」
(おれは今、召喚前の人生を含めて初めて女性から誘いを受けている……)
初体験はいつだってドキドキである。
「そう、ですか…… でも、もうすぐ行かれてしまうのですよね? その前に少しゆっくりとお話できるお時間がほしいなと思っていたのですが……」
「あ、すみません。 全然断っているつもりとかではなくて…… アーシャさんとは是非僕もゆっくりお話したいと思っていました!」
思わず口をついて出た本音におれは赤面してしまう。しかし、アーシャ自身はおれのそんな様子もあまり関係なく、嬉しそうだ。
「本当ですか!? では、是非いきましょう!」
(ここまで喜んでもらえるのであればいっか……)
おれは助けられたという後ろめたさもありながら、そう自分に言い聞かせ、翌日の夜に食事に行くことになった。
□□
時を遡ること半日前。ちょうどアルトが集魔炉にいる間を見計らってアーシャはとある部屋にきていた。
「やつとの関係性は順調か?」
問いの主はそう、なんちゃってミュージシャンこと、ワーギャンだった。アーシャはいつもアルトと話をしている柔らかめな口調と違ってはっきりと答える。
「はい、もちろんです。 上手くコントロールできていると思います」
「そうか、わかった。 おまえはやつをコントロールする上でのもう一つの首輪だ。 感情移入させて、この国のために働いてもらうのだ」
「もちろん理解しております。 そのためにワーギャン様は私を救ってくださり、ここまで様々(・・)な(・)こと(・・)を教育いただいたのですものね」
アーシャは自分の身を捧げるかの如く、ワーギャンに一歩近づき両手を拡げると、そのままワーギャンはアーシャをその手で包み込む。
「誘え。 抱かせろ。 そしてもっとおまえに感情移入させろ」
「わかりました。 戦争に行く前までには必ず……」
「あぁ、頼むぞ。 イシスの二の舞にはさせない……」
ワーギャンの部屋にはアーシャの香りが拡がり、そして満たされた。
様々な思惑がうごめく中、3人の関係はどうなっていくのでしょうか…?




