1-11成長の実感
アーシャと城下町を散策してから10日が経っていた。連日、夜市で購入した藍色のストールを着用しながら、食堂でアーシャが準備してくれた朝食を取り、魔力抽出を行い、城下町で簡単に昼食を取った後に再び魔力抽出を行い、夜ご飯を食堂でアーシャに準備してもらう、というのが完全にルーチン化していた。あ、いけない。ワーギャンに結果を渡すのも大切なルーチンの一つだった。
魔力の抽出量も格段に増えてきている。今では800ルーン近くを1日あたりで抽出できるようになっており、魔力抽出速度は指数関数的に速くなっている。そして、この日も集魔炉での午後の魔力抽出が終わり、席札を兵士の詰め所に持って行くと、最初に手続きをしてくれたステンさんが久しぶりにいた。ステンさんに席札を渡すと、結果を見て驚く。
「ちょっと待ってください。これ、どういうことですか?」
「え、どういうことと言われましても……、午前と午後がんばりました」
「えっと……1日で900ルーンって……? しかも、ついこないだまで200ルーンとかだったのに、どういうことですか?」
「いえ、毎日少しずつ増えていたのであまり気にしていなかったのですが…… 何かおかしいのですか?」
ステンさんは周りの兵士に印刷された用紙を持って話を聞いて回っていたが、少しするとふぅっと一息つくと説明を始める。あ、兵士さん、怒られているかも。
「ちょっと取り乱してしまって失礼しました。 とりあえず、まだ魔力に余裕ありますよね?ちょっと抽出速度のチェックさせてもらってもよいですか?」
おれはこくりと頷くと、先ほどまで使っていた席札を持って再び集魔器へと戻る。
「はい、では始めてください」
おれは指示に従い、グリップ部をいつも通り握り少し経つとステンからの声が聞こえる。
「離してください」
だいぶこの快感に対する抑制ができるようになって、今回はちゃんと離すことができた。人間、日々成長である。
「やっぱり……」
ステンが少し呆れた声を出していた。
「アルトさん、降りてもらって大丈夫です。ありがとうございます」
おれは集魔器から降りると、ステンは歩きながら話をする。
「アルトさん、次からはC層へ行ってください、おめでとうございます」
「へ?」
おれはステンからの突然の言葉に思わず間の抜けた声がでてしまう。
「いや、『へ?』ではなくて。 むしろ、この調子なら多分すぐにB層にも上がってもらうかもしれません」
「ほ?」
「もう、『へ?』でも、『ほ?』でもなくてですね…… このスピードで層を上がっていく人って僕はみたことないですよ。 しかも、まだ魔力の底が見えないのですものね。 とんでもないですよ、ほんとに……」
ステンはおれを少し人外かのような扱いでちょっと恐れている様子さえ伺える物言いだった。
「そんなに凄いのですか?」
どうすごいのか全くわからないから素直に聞くと、どうやら成長速度が異様に早いらしい。普通は、魔力量がある程度あっても、D層からC層にあがるまで半年近くであがることができればかなり早いほうだし、そもそも上がれない人もいるのだそうだ。過去、アデロン共和国で記録に残っている中で、最も早く上がった人でも半月以上の日数がかかったらしいから、10日というのは異例中の異例だそうだ。しかし、それも諸刃の剣らしい。
「ただ、ちょっと気をつけてください。 本来であれば、長い時間をかけて抽出の快感に慣れて、依存が小さくなっていきますが、アルトさんの場合はその期間が短いので、ここから先が心配です」
「心配って、どういうことですか?」
「実は各層の集魔炉には抽出速度のリミッターがかかっていて、得られる快感もそのリミッターの影響を受けて、下層ほど小さいです。 ですので、層があがるほどリミッターが外れていくので、快感が強くなっていって、危険が増えるのですよね」
「なるほど、しかも慣れてないから、いきなり層が上がったときの快感に耐えられなくなる可能性がある、ということですね」
ステンはおれの理解に頷く。
「アルトさんの場合はまだまだ魔力に余裕がありそうなので、次のC層では多分魔力欠乏になる前にお腹が減って大丈夫だと思いますが、常に上層にあがるときは注意するようにしてください」
「わかりました、ありがとうございます」
おれはステンから受付で今日の印字された結果と報酬を受け取ると、一言お礼を伝えて集魔炉を後にした。
(順調に成長しているな)
おれは今日の印字された結果をまじまじと見ながら城への道で実感する。それと同時に、それは本当の召喚の目的である戦争へ投入される日が一歩ずつ近づいてきていることも示していた。街中の様子は戦争とはまるで無縁であるが、いつかはその日がやってくるのであろう。そんな思いを胸に、ワーギャンのところへたどり着く。ワーギャンの部屋をノックすると、相変わらずの無愛想な声が聞こえる。
「入れ」
おれは、失礼します、と一声かけて扉に入ると相変わらずの書類に埋もれたデスク前という定位置にワーギャンの姿が見える。
「本日の結果です」
おれは印字された紙を渡すと、一瞬だけ手に取り、目線を映すと、すぐに突き返すようにおれに差し出す。
「あと、明日からC層で抽出することになりました」
その言葉で初めて、ワーギャンの眉がぴくりと動く。
「そうか。 わかった。 またB層まで上がったら教えてくれ」
(それだけかい……!?)
おれは心の中でツッコむが、今更ワーギャンに普通なリアクションを期待しても仕方が無い。
「はい、承知しました」
こうしておれは、ワーギャンの部屋を出て食堂へ向かい、この心の傷をアーシャさんの顔を見ることで癒やしてもらうのであった。
□□
それからさらに30日ほど経過すると、おれはB層からA層に上がっていた。そして、ついにこの日がやってくる。
「アルトさん、S層に上がってください……」
どうやら、前回のD層からC層へあげるタイミングを見逃した失敗が、兵士内で共有されたようで、おれの結果はステンに必ず報告するようになったようだ。今回の13000ルーンという数字を見たステンは、同じ人間とは思えません、とかよくわからないことを言いながら集魔器におれを乗せると計測し、終わった後のコメントが先ほどの通りである。
ちなみに、B層に上がったときも、A層に上がったときも毎日の印字結果とともにワーギャンには伝えたが、結局いつも通り、あぁ、そうか、の一言で終わりそこで何かが変わると言うことはなかった。
一方で、ステンが当初懸念していたとおり快感に対する耐性は不足気味のようで、たしかにB層にあがった最初やA層に上がった最初は、グリップを離したくないという衝動に駆られ、そのまま握り続けていたが、結局お腹が減りすぎて、性欲より食欲が勝り事なきを得ていた。
そして、いよいよここまで来るとワーギャンも動かざるを得ないようだ。おれがこれまで同様、S層にあがったことを伝えると、明日はおれも夕方頃に行く、と珍しいお言葉を頂戴した。
□□
おれがS層に上がったことを伝えたその日の夜、ワーギャンはイーガルの部屋で話をしていた。
「アルトが順調な成長を見せ、集魔炉でS層まであがったそうです」
ワーギャンはデスクに座るイーガルに伝える。
「そうか、そこまでか。 今回は上手くいきそうだな」
ワーギャンの報告に、イーガルは少し嬉しそうな顔をする
「12年前から召喚術式など、いろいろ苦労して改良しましたから」
「では、そろそろか。 そちらの方の計画も抜かりはないな?」
「はい、順調に進めています。 今のところ、バルト帝国に気がつかれている様子もないかと」
「セリーヌとソーンを副騎士団長に、そしてワーギャンを騎士団長として、3人で兵士団を編成し、20日後の宣戦布告を目処に、開戦の準備を進めるのだ」
「御意」
こうして、アデロン共和国・バルト帝国との戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。




