1-10夜の城下町散策
ワーギャンの部屋を後にして、アーシャがいる食堂に行くと、アーシャはこちらに気付き、支度してすぐにいくので、城の内庭にある噴水の前で待って欲しいと伝えられる。
「わかりました、それでは後ほど」
食事も取らないのに食堂に長居するのもちょっと申し訳なかったので、おれはアーシャの提案に頷き、その足でそのまま待ち合わせ場所に向かった。
城の正面の内庭は、そこまで豪勢というわけではないけども、管理の行き届いた庭が整えられていた。内庭には噴水を取り囲んでいくつかベンチがいくつか置いてあり、本を読む人、うたた寝する人、おれと同じように誰かを待っている人など、様々な人が目に付く。
(なんか、平和だな)
おれは噴水から流れ落ちる水の音を聞きながら、心地よい夜の風を頬に感じる。ベンチにもたれかかり、空を仰ぎ見るといくつか星も見える。
(住む世界は変わっても、見上げると見える空は変わらないものだな)
前の世界にも、ワーギャンのような嫌な上司がいたり、指示されたことを黙々とやったりと、環境こそ異なるが大きな目で見るともしかしたら何も変わっていないのかもしれない、なんてことを変わらない星空を眺めながら物思いにふけていると、突然声をかけられる。
「アルト様、お待たせしました!」
おれは身を起こし、声をする方をみると、そこにはいつもと違うアーシャの姿があった。いつもは頭の上で纏められている髪は肩の下まで下ろされ、いわゆるメイド服っぽい従者服の代わりには、白い襟が特徴の水色のワンピースに黒のカーディガンで、とても清楚な雰囲気で、アーシャにはぴったりだった。
その綺麗さに、おれは思わず言葉を失い、一瞬固まってしまうがすぐに我を取り戻しその場を立ち上がる。
「とんでもないです、思ったより早かったですね! いきましょうか!」
こうしておれは夜風の中、少し背の低いアーシャと肩を並べて城下町へと歩き始めた。
中庭から城の正門を通り抜けると、いつもの集魔炉への小屋を抜け、さらに水の溜められた堀にかかる橋を渡り、いよいよ城下町へとさしかかる。これまで、集魔炉に行くため正門より外に出たことはあったが、この橋を渡るのは今回が初めてだったので少しワクワクしていた。その橋の向こうには、一本の大通りが続いているのが見える。おそらく、ここがメインストリートなのであろう。多くの人が行き交うその大通りの遙か先には城壁のようなものが見えるから、おそらくそこが城下町のメイン入り口なのであろう。
「すごい人の数ですね」
おれたちは橋を渡り終え、城下町に入ると夜だと言うのに人の多さと、活気に驚く。碁盤目上に、主幹となる道は石畳が続き、綺麗に整備された街並みは趣深さこそないものの、こざっぱりした印象だった。まさに、新しくできた大都市というイメージがぴったりの街並みだった。
「この国の人たちは夕食を外でとることが多いのでこの時間帯は一番人が多い時間帯ですね!」
街の賑わいのため、アーシャは聞こえやすいように必然的に顔同士が近づき、綺麗な女性特有の良い香りがおれの脳内を埋め尽くす。
(これが、女性のフェロモンの力なのか……)
そんなことを少し本気で信じながら城から真っ直ぐ続く太い道を歩く。
「今歩いているところがメインの道で、第一城壁の中はこの道沿いが主に商業区、道から外れるにつれて居住区が増えていきます。 あと、街が大きくなる過程で、第一城壁の外に第二城壁があって、その間にも街があります」
アーシャは身振り手振りを交えながら城下町の説明をしてくれる。第二城壁の外にも街並みは続いており、大物の工業品を取り扱う業者や、宿場街、馬小屋等の他、住居もあるようだ。そんなアーシャの説明の中、おれは行き交う人々からのおれに対して向けられる視線が気になる。いや、もう少し言うと、おれの首元に対する視線、というのが正しいのかもしれない。そう、この首の痣が見られているのだ。
「……といった感じです。 アルト様、どこか行ってみたいところはありますか?」
おれはアーシャの質問に気を持ち直すと、少し考え、そして答える。
「そうですね…… 美味しい食事も楽しみですが、その前にいろんな商店を回ってみたいです。 どんなものが売っていて、大体いくらくらいで買えるのか知りたいのですよね」
「であれば、夜市がちょうどよいかもしれませんね! 商業区と居住区の間の所々にある広場では、毎日この夜の時間になると様々な物を売りに出す夜市っていうのがあるのです」
「そこ、いいですね! 是非そこに行ってみましょう!」
「わかりました。 では、ここからだと…… そうですね、向かって右側の、西側にある夜市が一番近そうです」
そう言って、アーシャは大通りと交差する通りを右に曲がり、しばらく道なりに歩く。
これまで歩いてきた道に面したお店は、少し大規模な酒場や、商店が多いイメージだったが、一本道を入ると、少しサイズ感が小さくなり、雰囲気が少し変わる。そして、そのお店同士の隙間にも路地は続き、そこにはかなりディープな世界が拡がっていそうだ。どちらかというと、おれは大通りにあるお店より、一本入ったところにあるお店の感じが好きだった。
「なんか良いですね、こういったこぢんまりとしたお店の雰囲気」
おれはどことなく懐かしさに似たような感情を持ちながら言うと、アーシャも同意見らしい。
「私もそう感じます。 やはり大通りのお店って、商売っ気を感じてしまうと言うか、お金儲けの雰囲気がどことなくあるのですよね。 だから私もこちらの方が好きです」
そんな話をしながら、大都会に来たお上りさんよろしく、キョロキョロしているとふと、あるお店が目に留まる。
「あ、アーシャさん、あそこのお店、入ってみてもよいですか?」
おれが手でお店を示すとアーシャも頷く。
「いいですね、行ってみましょう」
そこは、服飾屋だった。
ガラス張りのショーウィンドウには男女のマネキンが着飾っていて、どこか洗練された雰囲気が感じたのだ。
ガラス扉を開けると、店主とみられる鼻下に白髭を蓄えた細身のダンディーな男性が正面のカウンターに座っている。
「いらっしゃいませ。 何かございましたら何なりと仰ってください」
おれと目が合った店主は親しみの持てる感じの良い挨拶だけすると、どうぞご自由に、とだけ伝える。
「何かお洋服をお探しなのですか?」
突然おれが服飾屋に入ったためアーシャも少し疑問を持ったようだ。ただ、実は服に興味があるのではなく、おれはショーウィンドウに飾られたマネキンがつけていたあるものを探していた。
「ちょっと欲しいなって思うものをマネキンが着けていて……」
おれは店内を少し探すと、目当てのものを見つける。
「あ、あった。 これです。 これがほしいと思っていたのです」
おれは店内にかけられた何色かのストールを手に取り物色する。
「あ、そういうことですか」
アーシャもおれの目的が理解できたようだ。そう、おれはこの首の痣を隠すのにストールがちょうどよいな、ということをたまたまショーウィンドウのマネキンが着けていて思いついたのである。
おれはいくつかあるストールの中から、深い青色の無色のストールを選ぶ。
「その色、アルト様にお似合いだと思いますよ!」
おれが選んだストールはアーシャからも好評だった。
「うん、ではこれにします」
おれは店主の方を見ると、にっこりと頷き、ありがとうございます、と一礼する。ちなみに気になるお値段は100ギルほど。おいてあるジャケット類は200ギル前後、女性の洋服も100~200ギル前後。おそらく、結構質の高いお店な気がするがまぁそんなものかといった感じだろうか。おれは店主にお金を手渡す。
「着けていかれますか?」
「あ、せっかくなのでお願いします」
おれがお願いするとするするとストールを首元に回して二回りくらいさせると両方の端を胸元の前で軽く結ぶ。
「お好みでいろんな巻き方をお試しくださいね」
おれは鏡の前で自分の姿を確認すると、なかなか様になっていた。やっぱり巻物をするとオシャレに見えるのである。そして、気になっていた首の痣もこれなら見えない。大満足である。
「はい、ありがとうございます!」
「またお越しくださいね」
店主は笑顔で見送ると、おれたちは店を後にした。
「良い感じですね、お似合いです」
アーシャが横を歩きながらこちらを向いている。美人さんにそう言ってもらえるとやはり嬉しいものである。おれはちょっとした優越感を照れ笑いで隠しながらアーシャに礼を言い、夜市のある広場へと足を伸ばした。
夜市を一回りすると近くにあった大衆食堂に行って食事を取った。今日はアーシャのお陰で城下町を堪能することができた。食事の際、アーシャもおれもお酒を飲める年齢のようだったが、アーシャが今日はお酒を飲まない、と言っていたのでおれもアーシャにあわせて飲むのをやめた。でも、この体がお酒に強いのかどうかはどこかで確認しておきたいな。そして元々の目的であった物価については、相対的に何かが特別に高く感じるとか安く感じるとかではなく、多少、価値の凹凸はあるもののまぁそんなものか、といった範疇だった。
食事を堪能したおれたちは待ち合わせをした噴水の前まで戻ってきていた。
「今日は本当にありがとうございました。 いろいろと勉強になりましたし、何より楽しかったです」
おれがアーシャに一礼すると、さぁーっと気持ちの良い夜風が吹き抜ける。アーシャは自分の髪が風でなびくのを抑えながら微笑む。
「いえいえ、私の方こそ、お食事をご馳走になってしまってすみませんでした。 私も普段夜に出歩くことが少ないので楽しかったです!」
「そう言っていただけるとよかったです」
おれはそこまで言って、その先の言葉を言うかどうか迷い、目線が泳ぐ。しかし、ほんの少しの間で、アーシャにその先の言葉を言われてしまった。
「もしよかったら、また一緒に行きましょうね!」
おれはハッとアーシャの方をむき直すと、アーシャは嬉しそうに笑っていた。噴水の水しぶきを月の光がキラキラと照らし、アーシャの笑顔が幻想的にすら見えてくる。おれはアーシャの言葉に頷く。
「それでは、今日は本当にありがとうございました。 また明日からもお願いします」
アーシャに伝えると頷き、少し名残惜しそうにしながら、それぞれ別の部屋に戻った。
気になるところはやっぱり隠したくなるものですよね。
そして今宵は何も無かったみたいでなんかすみません(笑)




