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第7話 市場、甘く優しい手土産を

 エンデュミオンの住む魔術学院近くの丘から、グラニカのいる王立孤児院までは、馬車便を乗り継いで4時間程かかる。


 事によれば一晩お世話になるかも知れんと、エンデュミオンは馬車便の時間まで市場で手土産を探していた。


 街の市場は、元職場の魔術学院から川沿いを歩くとすぐに見つけることができる。

 舗装された石畳の上にずらりと並ぶ商店は、魚介や青果、パンに雑貨など、組合の規制が比較的緩いガレオン王国独特の雰囲気を醸し出している。


 ふと野菜を扱っている商店の前を通ると、エンデュミオンに声を掛けてくる人物がいた。


「あれぇ、アンタ、丘の上のエンデュミオンさんでないのがい。魔王ば倒したってぇ大した噂になったっけねえ!いやぁ、新聞で見るよりもずんぶ格好いいんでないの!」


 初対面のおばちゃんに絡まれるエンデュミオンだったが、おばちゃんはどうやら郊外の出身らしく、訛りが強くてたじろいでしまう。


「す、すまないが急いでいるので……」


「あっれぇ、それだら悪りがっだねえ、そんだ、これば持っていぎなさいや」


 おばちゃんから手渡されたのは、袋に入った茹でトウモロコシだった。


「いや、しかし」


「いってば、いってば、みんな、あんたには感謝してんだがらね。したら、エンデュミオンさんまだおいでね」


 何故、急に野菜売りのおばちゃんから施しを受けたのかいまいち腑に落ちなかったが、これ以上絡まれても面倒だと判断し、エンデュミオンは会釈してその場を立ち去る。


 しかし、おばちゃんの言っていた「みんな感謝している」というフレーズだけは、ほんの少しエンデュミオンの心に暖かなものを残したのだった。



 馬車便の定刻まであと三十分、エンデュミオンは急いで目当ての品がある店を探すことにする。


「あまりこの辺を歩かんから、土地勘が薄いな。アレを扱っている商店はどこだったか」


 エンデュミオンの目当ての物は、かつての旅で物静かなグラニカが、珍しく好物だと言っていたことが印象深かったもの。


「む、この香りは……」


 テラス席のあるカフェや、焼き立てのパンの香りが漂うエリアの一画に目当ての店はあった。

 透明なガラスのショーケースに入れられたそれは、独特の艶を放ち、宝石のように綺麗に箱詰めされている。


「おっと、いらっしゃいませ。どのショコラに致しましょう?」


 真っ白なコックコートに赤いスカーフ姿の職人が、エンデュミオンの姿を認めるとすぐに近寄ってきた。


「ほう、思ったより色々と種類があるのだな……どれがグラニカ好みのものであったか……」


 ショーケースには、銀紙で可愛らしく包装された様々なショコラが籠に入れられ、それぞれ小さな紙に名前と値段が書かれているようだ。


「贈り物ですか? でしたら、流行のボンボンなどいかがでしょう」


 悩むエンデュミオンに、ショコラティエが籠からひとつ、丸い形のショコラを差し出す。


「おひとつ味見にどうぞ、こちらはガナッシュを包んだボンボンになります」


(ガナッシュ、知らんな。食ってみればわかるだろうか)


 菓子には疎いエンデュミオンだったが、勧められるままにそれを口に運ぶ。


 包みをほどいた瞬間に独特のカカオの香りが鼻孔に抜け、体温で溶け崩れたショコラの外殻からとろりとした食感が溢れ出す。


(う、甘い……なんだこれは! こんなもの、旨いに決まっているではないか!!)


 普段、食にあまり興味のないエンデュミオンだが、舌が肥えていないだけで、むしろ新しいものや珍しいものには貪欲に反応してしまうたちだ。


「……おい、店主。そこの箱にこれを詰めるだけ詰めろ」


「えっ、あ、ありがとうございます!少々、お待ちください!」


 ショコラティエは驚きの声を上げるが、それは別にエンデュミオンのぶっきらぼうな物言いに驚いたのではない。


 その視線の先、ガナッシュ・ボンボンを飲み下したエンデュミオンは、一番大きな持ち帰り用の箱を指差していた。


 グラニカが気に入るであろう、甘くとろけるようなチョコラを購入できたが、手土産がそれだけでは、パラドンにも劣る気がする。


「孤児院か。孤児院の運営者が喜ぶものとは、一体なんであろうか?」


 別に物で気を引こうなどと浅はかな考えは断じて一切、これっぽっちもなかったが、今日は久し振りの再会。仲間の喜ぶ顔が見たいのは、情動として自然なはずだ。エンデュミオンはそう自分を納得させ、頭を巡らせる。


 しかし、思ったよりもショコラを探すのに手間取ってしまった。

 もう新しく店を探す時間はない為、停留所までの道すがらで思うようなものがなければ諦める他ない。


「うーむ、孤児院で喜ばれるもの、か」


 考えれば考えるほど、思考のるつぼへ嵌まっていく気がする。


 やはり食品のような物がいいかとは思うが、停留所までの間には、それらしい商店はもうそれほど残っていない。


「いや、待てよ。子供か……ならば」


 エンデュミオンは、なぜ気づかなかったのかと苦笑しながら振り返る。しかし、グラニカのことばかり考えていたなど、誰に言い訳できようか。


「おい店主、何度もすまんな。ショコラをあるだけ全て欲しい。包装? いらん、端からすべて袋に入れてくれ」


 ショコラ屋の店主を急ぐだけ急がせ、結局店の在庫をあるだけ買い占めたエンデュミオンは、満足そうに巨大な布袋を背負って、停留所へと小走りで向かう。


「ふうっ、はあっ、久し振りに冷却魔法、重量軽減魔法を使うほどの大荷物がまさか菓子だとは、救世の大魔導師が、聞いて呆れる、な!」


 だが、この土産は間違いなく喜ばれるという確信がある。なぜなら、菓子を嫌いな子供などいるはずがないのだから。


 急いだ甲斐あって、どうやら馬車便に乗り遅れることは避けられたらしい。


 停留所の人影はまばらで、孤児院近くへ向かう便はエンデュミオンの他に二、三人しか乗客はいないらしかった。


 馬車便はほぼ定刻通りに停留所を出発し、エンデュミオンは揺られながらふと景色を眺める。


 春先の空は未だ遠く澄んで、遥か遠くの畑では、農夫達が種蒔きに精を出している様子が見て取れた。


「平和、か」


 そんな言葉が無意識に口をつく。

 ほんの数年前まで、大地は魔王の発する障気で枯れ果て、作物もあまり育たなかったと聞く。

 種蒔きをする農夫達の顔は皆、生き生きとしており、かつての旅の中で見た、悲惨な農村の雰囲気とはあまりに対称的だ。


「くあぁ……下らんな、少し眠るか」


 一度大きく伸びをして、エンデュミオンはフードを目深に被る。

 命芽吹く春の陽射しが、少しだけ眩しかった。



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