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第3話 鬱々、盟友の訪問と嫉妬

 魔術学院の名誉客員教授としての職を追われて、早二ヶ月。


 エンデュミオンは、自宅からほとんど出ることもなく怠惰な日々を送っていた。


「なあ、ケルヒ……いっそ、お前が私を食い殺してくれないか……?」


 愛猫のケルヒにそう語りかけるが、帰ってくる答えは『なーん』という鳴き声だけ。


 功績に対する数々の報奨や、教授時代の給金のおかげで食い詰める心配は皆無だが、生きる気力はとっくに枯れ果てていた。


 食事も最近は喉を通らず、寝ようとしても寝付けない。


「はは、あはははは……惨めさなどとうに嘗め尽くしたと思っていたがな……」


 カーテンを締め切った部屋で、エンデュミオンはただテーブルに突っ伏す。

エルフの寿命は長く、人間の数倍はある。それは混血であるエンデュミオンも同じこと。


「……このまま無様に生き永らえるよりかは、やはり世界を敵に回し、討たれる方が格好もつくと言うものだろうか。なあ、ケルヒ?」


「何馬鹿なこと言ってんだインテリ野郎、しゃきっとしろコラ」


 一瞬、ケルヒが人語を介して怠惰極まる飼い主を罵倒したのかと錯覚したが、その声は玄関から聞こえてきた。


「邪魔するぜ。ったく、風の噂で魔術学院を追い出されたと聞いて来てみれば、ひでぇ有り様だな。エンデュミオン」


 丸太のような武骨な手足に、隆々と盛り上がった筋肉。ドスの効いたその声は、聞き覚えがあるものだった。


「………何をしに来た? 救国の大戦士、ガレオン国軍第二騎士団長のパラドン=エーデンハイル様が」


 抑揚のない声ですらすらとそう言ったエンデュミオンに呆れたような目を向けながら、パラドンは背負っていた荷物をテーブルに置く。


「役職付きフルネームで盟友を呼ぶんじゃねえよ。卑屈っぽいのは直ってねえなあ、無職の大魔導師様よ」


 皮肉はお互い様、勇者一行の仲間であった戦士パラドンがそこにいた。


「はっ、貴様も私を嘲笑いに来たのか。良い趣味だ、さぞ面白かろうな」


顔を上げることもなく、エンデュミオンは毒づく。


「貴様もって、誰かに馬鹿にされたってのか? お得意の被害妄想と卑屈じゃなくてかよ?」


 確かに、そう言われると職を追われてから特段誰かに何か言われた覚えはない。しかし、夢か現か、皆が後ろ指を指しているような感覚があるのは事実だった。


「お前、近所の人の話じゃカーテンも締め切って、外にも出てねえらしいじゃねえか。いい加減元気出せよ。おら、家の嫁が作ったシチューだ。食うだろ?」


「…………いらん、食欲がない」


「うるせえ、食え」


 この男は、人の意見を聞かん奴だったとエンデュミオンは昔を思い出す。

 パラドンは、そっちに行くなと言えば突っ込んで行くし、逃げるぞと言えば『ぶっ倒す方が早い』と斬り込んでいく。まさに猪のような男だった。


「皿は、そっちの棚だ……スプーン、スプーンはどこだったか……ああ、そっちの籠に入っている…」


 どうも、久し振りに他人と話したせいか、エンデュミオンは自分の頭が回っていないのを自覚していた。大魔導師がこれでは、元より学院で教鞭を取る資格などないなと、静かに自嘲する。


「お前よお、医者に行った方がいいんじゃねえか? なんつうか、度を越して調子悪そうだぜ」


「…………余計な、お世話だ。そういえば、貴様確か三人目の子供が産まれたらしいな、新聞で読んだぞ。祝いをくれてやろうと思って失念していた。すまなかったな」


 出産祝いにいくらか包んで送ろうと思っていたのを、まさか本人の顔を見て思い出すとは思っても見なかった。ただ、自分にそんな余裕がなかったのも事実だが。


「産まれたのは三ヶ月前だが、ありがとよ。妙にマメなとこも変わってねえなあ、お前は」


「俺からすれば、貴様らは随分と変わったように見える。お前は妻を娶って子をもうけ、今では国軍の騎士団長。セフィロは聖女と結婚し、グラニカは孤児院を設立して聖母と詠われ、妖軍将だった女は魔界の代表にまでなった。一方、俺はうだつの上がらん無職だ」


「お、おう、卑屈もそこまで行くとすげぇな。全員の近況を調べ上げてんのかよ」


 調べたくなくとも、調べずにはいられなかった。

 肩を並べて血を流し、同じ釜の飯を食った仲間たち。彼らの成功は嫉妬の対象でもあったが、反面、自分のことのように嬉しかったからだ。


「全員、ではない。あの男のことは、さすがに調べようがなかったからな」


「ああ、リュノスケか。あいつ、今頃もとの世界でちゃんとやってんのかねえ」


 魔王討伐の旅でパラドンも、リュノスケとは様々なことを話したし、幾度も助け合った仲だ。


「あの男は元々、商人ギルドのような場所で働いていたと言っていた。故郷に戻って、同じようなことをやっているだろうさ」


 他の話題とは違い、エンデュミオンは吐き捨てるようにそう言う。


「ま、もう逢えねえと思ってた方がいいだろうしな。達者でやってんのを願うしかねえさ。ところでお前、これは知らねえだろう。グラニカの縁談話」


「っ!? グラニカに、え、縁談だと!? ど、どこのボンクラだ、今すぐ灰にしてくれる!! いや、いっそ、そいつの郷里ごと私の魔法で地図から消して_________」


 エンデュミオンの豹変、それには、彼とグラニカの間にあるただならぬ事情が関係していた。


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