白魔導師、無視される
翌朝。
俺は宿の前でユイ達と集合した。
「おはよー」
ユイが眠そうにあくびをする。
依頼主のマルクスと言う人の農園までは、歩いて数日はかかるらしく、朝早くに出発しなければならないそうだ。
昨日は夜遅かったこともあり、まだ眠いのだろう。俺は例の師匠のせいで、こういう事態には慣れているため特に眠くはないが、ダッガス達もユイと同様に眠そうな顔をしている。
「それじゃこれ、お願いね」
ユイが荷物の入った大きなリュックを俺へと渡す。それを俺は収納魔法でしまう。
他のメンバーの荷物も収納魔法を使い、次々としまっていく。
「本当に便利な魔法よね。ロイドを追放した勇者達は何を考えているのかしら」
俺が収納魔法で荷物を収納していくのを眺めながら、ユイが呟く。
「別に珍しいものじゃないんだが……」
収納魔法はコツさえ掴めば、職業がなんだろうと関係なしに、誰だって習得することが出来る魔法だ。
少し練習すれば、ユイ達だってすぐに覚えられるだろう。
「なんなら今度教えようか?」
「えっ、私達にも出来るの!?」
「あぁ、特にクロスなんかは、収納魔法が使えるとかなり便利だと思うぞ。まぁ、収納出来る容量を増やすのには時間がかかるかもしれないが……習得するだけなら、一時間で出来るんじゃないか?」
「へぇ……確かにそれがありゃ、矢を大量に持ち運べるしな……」
クロスが興味深そうに、俺が収納魔法を使う姿を眺めている。
この魔法は俺の知る魔法の中でも、かなり便利な魔法だ。
覚えておいて損はないはず……
今度ユイ達に教えるとしよう。勿論、彼女らが望めば、だが。
その後、全員分の荷物を収納し終えた俺はユイ達と、マルクスの農園へ向かった。
◇
俺達がイシュタルを出発して数日が経った。
周囲を警戒しながら、森の中の道なき道を進んで行く。
辺りは生い茂る緑ばかり。
「……この森、なんかおかしいわね」
辺りを見ながらユイがぽつりと呟く。
「あぁ、確かにそうだな……」
俺達が森に入ってから数日は経過していると言うのに、モンスターの姿がまったく見えないのだ。ここに来るまでも、モンスターとは一度も遭遇しなかった。
確かに冒険者ギルドに勧められた比較的安全な、少し舗装されている道は通っているのだが……そうは言ってもここは森の中。
モンスターが一切出てこないというのはあり得ない。普通、モンスターはもっと森の中で自然と生活しているものなのだから。
最初の方は危険なモンスターとの遭遇がなかったことを、素直に嬉しいと思い、喜べていたものの、ここまで来ると逆に不安になってくる。
「ねぇ、ロイド。あんたが何かしているの?」
ユイが疑いの目を向けながら俺に尋ねる。
何故、疑われているのだろう。
「いや、別に何もしていないが……」
「本当に?」
「あぁ、本当だ」
時々、近くを探知魔法で確認しているが、それはモンスターが出てこないこととは絶対に関係ない。探知魔法は周囲の生物や魔力を探知するだけの魔法だ。
モンスターを追い払ったり、寄せ付けないなどという効果は備わっていない。
「そ、そうなんだ……それじゃ、この状況はいったい……」
再度、探知魔法を発動してみるがやはり、モンスターがいる気配はない。
もう少し範囲を広げてみるか……
そう思った俺は、探知魔法の範囲を五キロから十キロへと広げてみる。するとちょうど十キロ離れた辺りにモンスターの気配があるのが分かった。
「これは……」
「ロイド、どうかしたの?」
「……この先で、大量のモンスターが一ヶ所に集まっているぞ」
それも一匹や二匹じゃない。
もっと多くの数のモンスターが群れをなしている。
「えっ……私達には見えないんだけど」
ユイが先にいるモンスターを見ようと頑張って背伸びをしている。だが、そんなので見えるはずがない。肉眼で確認出来るような距離ではないのだから。
「ロイド……本当にこの先にモンスターがいるの?」
「あぁ。探知魔法を使ったところ、ここから十キロ先のところに大量のモンスターの気配が確認できた」
「えっ……」
ユイがポカンと口を開ける。
「この方角にこの距離……ちょうど俺達が目指している辺りじゃないか?」
「ちょ、ちょっと待って!」
平然と会話を進めようとする俺の言葉を遮り、ユイがいきなり大声で叫ぶ。
理由は分からないがユイにそう言われため、俺は足を止めた。
「どうかしたのか?」
「いや、どうかしたのかじゃなくて……今、十キロ先って言ったよね?」
「あぁ、言ったな」
俺は確かにそう言ったし、それは事実だ。流石にこれ以上は魔力の消費が激しくなるので今はやらないが、魔力の消費を気にしなくてもいいのならもっと拡大することだって可能だ。
「もしかして……ロイドはその距離を探知出来るって言うの?」
ユイが恐る恐る尋ねてくる。
また、その横にいるダッガス達も真剣な表情で、そして信じららないものでも見たかのような目で、俺のことを見つめていた。
「そうだが……何か不味いことを言ったか?」
ユイの問いの意味が理解出来ず、俺は首をかしげた。
何故、ユイ達はあそこまで真剣な表情で見つめてくるのか……そしてちょっぴり引いているのか。思い返すが、心当たりはない。これといって変わったこともしていないはずだ。
「なぁ、ユイ。俺は何か」
「うん、そうだよね……だってロイドだもんね」
ユイが謎の笑みを浮かべながら、俺の言葉を遮る。
「あぁ、そうだな。ロイドだからな」
「ロイドなら当然だ」
「ロイドさんなら当然ですね」
ダッガス達までもが口を揃えて言う。
いったいどうしてしまったのだろう。皆、謎の笑みを浮かべている。ただ、俺に分かるのは、あれは……あの笑顔は、面白いとか嬉しいとか、とにかくそう言う類いのものではないということだけだ。
「ちょっ……お前ら、急にどうし」
「さぁ、農園はすぐそこよ!」
「おい、俺の話を……」
「そうだな。モンスターが集まっているなら、尚急いだ方がいいだろうな」
「なっ、ダッガスまで」
その後、俺の話はユイやダッガスだけでなく、クロスやシリカにまで遮られた。
誰も俺の話を聞こうとしない。
途中、何度も悲しくなった。
俺がいったい何をしたと言うのだろう。一体、俺の何が彼女らを失望させたのだろう。
結局、農園に着くまでの間、俺はユイ達に無視され続けた。




