白魔導師、困惑する
◇
「……ん?」
意識がゆっくりと覚醒していく。
同時に、うっすらとこれまでの記憶が蘇ってくる。
俺はクレハと協力し、モンスターらをイシュタルから退けた。そして意識が朦朧とする中、クレハを背負いながらイシュタルへと向かった。
そこまでは覚えている。
だが、そこからの記憶がない。
寝てしまったのだろうか?
俺は目を擦りながら、重い瞼を開いた。
上半身を起こし、辺りを見渡す。
「ここは何処だ?」
魔族に捕まった……と言うことは無さそうだな。
少なくとも、監禁されている感じではない。
部屋に鍵やトラップが仕掛けられているわけでもなさそうだ。
それじゃここはいったい……
ベッドに座ったまま、窓の外を見る。
窓の外には見覚えのある景色が広がっていた。
「ここは、イシュタルか?」
どうやら俺はベッドの上でぐっすりと眠っていたらしい。
お陰で、倦怠感は消え去っている。傷や火傷も治癒されていた。
なるほど。よく思い出せないが、おそらく俺は魔力を使い果たし、何処かで倒れた。その後誰かがここまで運んで、手当をしてくれたのだろう。
「そうだ、クレハは……」
辺りを見渡すがクレハが見当たらない。
俺はクレハの無事を確認するため、ベッドから出ようとした。
その時だ。
部屋の扉が開かれ、部屋の中にユイが入ってくる。
「あっ、ロイド! 起きたんだ」
「あぁ……ついさっきな」
「よかった……それで、身体の方は大丈夫なの?」
ユイが心配そうな目で見てくる。
試しに、ベッドから出て手足を軽く動かしてみた。
「大丈夫だ……違和感もない。後遺症の類もないだろう」
「そう、それはよかったわ。もう……ロイドが目の前で倒れたときは、本当にびっくりしたんだから!」
ユイがほっと胸を撫で下ろす。
どうやら、ユイらがここまで運んで来てくれたらしい。
「すまない。色々と迷惑をかけたみたいだな」
「そんなことないわ。皆、ロイドに感謝しているよ」
皆とはダッガスらのことだろう。
俺は、少しでもクルムの代わりを果たせたのだろうか。そんな不安が胸を支配する。
そうだといいんだが……
いいや、それはないか。
結果的に俺は、ユイたちには迷惑をかけてしまったみたいだしな。
感謝するのは俺の方だ。
「ユイ、ありが……」
「あっ、ロイド、ちょっと待っててね……そうそう、探知魔法は使っちゃだめだからね!」
「あ、あぁ……」
ユイは「絶対だからね!」と強く念を押すと、随分と急足で部屋を後にした。
いったい、なんなんだろうか?
何故、探知魔法を使ってはいけないか分からないが、とりあえずユイに言われた通り、探知魔法は発動しないでおく。
そして、特にやることもなく、呆然とただ窓の外を眺め待つこと数分後。
驚くほど息を切らせながらユイが、出て行った時同様、急足で戻ってくる。
「はぁ、はぁ……お、お待たせ」
「お、おう。どうかしたのか?」
「ううん、ちょっと用事を思い出してね」
「そうか……」
物凄くハァハァと、息を切らしているが……
そこまで急ぐほどの用事とはいったい、なんなのだろうか。
「って、そんなことはどうでもいいの! ロイド、私についてきて!」
ユイが俺の腕を力強く引っ張る。なんだか、こんなことが前にもあったような、と呑気に考えている間に、体がぐいっと引っ張られる。
「おいっ、急にどうしたんだ?」
「いいからいいから!」
ユイに強引に腕を引かれ、長いこと眠っていたであろう部屋を出る。
どうやら、ここは冒険者ギルドのようだ。一度しか来たことはないが、建物の雰囲気からなんとなく分かる。
俺は冒険者ギルドの二階にある部屋で寝ていたらしい。
冒険者ギルドで寝ていたという事実に違和感を覚えながらも、引っ張られるがままに階段を下り、一階へと降りる。
「……ん?」
そこで俺はふと、あることに気がついた。
前回来たときは、ここは冒険者で賑わっていたはずだ。
しかし、今は全く人の姿が全く見えない。人のいない冒険者ギルドは寂しげで、不気味に映る。
受け付けのカウンターに置かれている手続き途中の依頼書や、放り投げられている荷物の入った鞄など、つい先程まで人がいたような形跡はあるのだが……。
「っ……」
それにしても……なんて怪力だ。
俺が多少、抵抗してみてもびくともしない。
職業的なものもあるだろうが、それにしても強すぎる。
かなり鍛えているのだろう。そうでなくとも、普段から剣を握っていれば、勝手に握力も高まるか。
「な、なぁ、ユイ。どこに行くんだ?」
「すぐに分かるわ。いいからついてきなさい!」
そう話すユイは、満面の笑みを必死にこらえているような、そんな表情をしていた。しかし、その喜びは隠しきれておらず、表情の節々から漏れ出ている。
ユイはどうしてあんなに嬉しそうなんだろうか?
ふむ。今回の依頼は、それほどまでに報酬がよかったのだろうか……
抵抗しても意味がなさそうなので、とりあえずユイについていく。
下手に抵抗すると腕、痛いしな。
「さぁ、ついたわよ」
ユイの足が扉の前でぴたりと止まる。
そして掴んでいた俺の腕を離した。
「ロイド、開けてみて」
「えっ……俺がか?」
「他に誰がいるのよ?」
周囲を見渡す。
確かに俺しかいないな。いや、目の前にユイがいるではないか、とそんな無粋な考えを見抜いてか、ユイがむすっとした顔でこちらを見る。
「うーん……」
ユイに限って、悪意のある罠……と言うことはないだろう。
探知魔法を発動するか?
いや、だが使うなと言われているしな。
仕方ない。
俺は諦め、恐る恐る扉を開けた。
「…………」
扉を開けると、目の前には大勢の冒険者や王国騎士、また街に住んでいる人など……本当に様々な人がいた。
そして全員が笑みを浮かべながら俺の方を見ている。
これはいったい、どういうことなのだろう……
何故こうなったのか、俺を取り巻く現状を理解することが出来なかった。




