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白魔導師、動き出す

報告もなしに、活動を休止して申し訳ありませんでした。

一言で言うと、ストレスによる体調不良と卒業関連です。そのあたりは活動報告にも載せていますので、気になる方はそちらを確認していただければ幸いです。


 その晩、俺は貸し与えられた部屋に備え付けられていた椅子に腰かけ、ぼんやりと夜空を眺めながら、考え事に耽っていた。

 今後について、悩んでいた。


「資金面での不安はあるが、シリカがいれば、森は抜けられなくはない」


 探知魔法と隠蔽魔法もあるし、シリカなら大抵のモンスターは倒すことができる。ダンジョンの底で特殊なブレスレッドを手にし、新たな力を得た今、シリカは戦力としては頼りになりすぎる。

 一方で、不安も増えた。

 今回、俺が冷静に留まったことで、シリカと合流できたように。この都市から離れるべきじゃないのではないかという不安が生まれてしまった。ユイは少々不安だが、ダッガスやクロスであれば、五大都市の存在を知れば、似たようなことを考えていてもおかしくはない。


 そうして、ここに辿りくつ可能性は大いにある。


「なんとかして、俺がここにいた痕跡を残せれば、そして次の行き先も残しておければいいんだが」


 それを魔王軍にバレずに行う術が、ぱっとは思いつかなかった。下手に目を引けば、それは魔王軍の耳にも届くわけだし。


「明日、シリカに相談してみるか」


 あれやこれやと考えていると、念の為に発動していた探知魔法に魔族の気配が引っかかる。それは街中から、この孤児院へと移動しているのだが、その速度が気がかりだ。歩くというには、速すぎる。早歩き……って、感じもないな。

 警戒し、仮面を被り窓の外を眺めると、ランニングしているであろうハイドの姿が映る。こんな時間に……って、まぁ、言うほどおかしな時間でもないのか。

 深夜というにはまだ少し早い。


 薄着に、汗をしみこませながら、呼吸を早める。

 

 それからハイドは、日中は子供らが遊んでいた広場で筋トレを始めた。器具には頼らない自重と、激しい動きを生かした筋トレ。

 恐らく、器具を買うのも勿体ないくらい、この孤児院に余裕がないから、という理由もあるだろう。単に、自重に拘りがあるだけかもしれないが。

 真剣な面持ちで、自分を追い込むその瞳には、強い意志が宿っていた。

 

「あんまり見るのも失礼、か」


 そう思い、俺はカーテンを閉じ、床に着いた。

 今、この瞬間も、ユイたちは危険の中にいるかも知れない。それも、たった一人で。瞼を閉じると、不安がグッと込み上げてくる。

 真っ暗な世界に映るのは、危機に瀕するユイ、ダッガス、クロスの姿。三人がそんなに弱くはないことは知っている。

 それでも、


 不安は拭えない。

 いくら三人が強いとて、俺のように、転移の際に大けがを負った可能性はあるし、街のど真ん中に転移した可能性だって否めない。

 今は信じるしかないのに、それなのに、不安だ。


「はぁ……」


 結局、寝付く頃には、とっくにハイドの筋トレは終わっていた。

 


 ◇


「うう……まさか、無防備な寝顔を見られるなんて」


 シリカは顔を真っ赤にし、背を向けてしまっていた。


「別に、依頼の時に何度か外で寝泊まりする経験はあったろ? その、今更、恥ずかしがることなのか?」


 確かに、積み重なる疲労の成果、随分と気の抜けた寝顔を晒していたけど。

 一度も見たことがないくらい、ぐったりとしていたけれど。

 なにやら、寝言も言っていたけれど。

 その程度、これほど長く冒険者として生きていれば、一度や二度経験済みだろう。


「ほら。うちの師匠なんて、服を着ずに部屋中うろついていたりするし。酔っぱらって、凄い格好で寝てることもあるし。それに比べれば……」


「比べないでください!」


 シリカが声を大にし、異を唱える。


「それは、確かに。すまない」


 そうだ。励ましの言葉として、師匠を対比に出し、比較するのはいくら何でも失礼が過ぎる。ダメ人間の頂上に位置する師匠と、他の面々に比べても真っ当なシリカを比較にすること自体、間違っているのかもしれない。

 俺とシリカが、リエの部屋でそんな脱線した会話を繰り広げる様を、部屋の主は、どこか遠い目で眺めていた。


「なぁ、そろそろいいか?」


 つい先ほど一仕事終え、戻ってきたリエが少し強めの口調で割って入る。


「この先の動きを考えなきゃ、だろ? どうするつもりだ? 話を聞く限り、悠長にしている間はなさそうだが」


 シリカは羞恥心を理性で抑え込み、こちらを向き直り、床に腰を下ろした。

 ごほんと小さく咳払いしたのち、シリカは本題について言及する。


「リエさんの言う通り、余裕はありません。しかしながら、こちらに打つ手がないのも事実です。ロイドさんと合流した今、森を抜け、移動することは出来るでしょう。でも、お金がない。稼ぐ術もない」


「稼ぐ術がないまま、次の街に行くのは不安がある。そもそも、次の街に向かったとて、出会える確証はなにもない」


 シリカにも、俺にも、焦りはある。一応は攻撃と支援がそろった今、行動を起こすべきかもしれない。しかし同時に、今回のように再開できるのではないかという成功体験が、動きにストップをかけてしまう。


「一応、私も情報収集はしている。ロイドの仲間云々に限らず、いつ戦争が起こってもおかしくない現状……情報は大事だからな。私も、妙な噂のせいで魔王軍に目をつけられているし」


 魔王軍から見て、リエは危険分子であり、有能な人材でもある。魔王軍にも、リエを凌ぐ回復魔法の使い手は居ないらしいし、この街で一目置かれる影響力も加味すれば、目を付けられるのも無理はない。

 勿論、リエに魔王軍に加勢するつもりはない。心変わりすることない。

 しかし、戦争が激化すれば、強引な手を……例えば、子供たちを人質にとるような手を使ってこないことは限らない。

 だから、その人脈を生かし、常に最新の情報を仕入れてい居るわけだが。


「今のところ、魔導国で人間が発見されたという話はない。勿論、この街に情報が直ぐに届くわけじゃないから、今も安心とは言い難いが」


 この先、どう動くか……三人でひざを突き合わせ、頭を悩ませていると、勢いよく扉が叩かれた。鍵のかかった扉が、何度も力強く叩かれる。来客だろうが、相当焦っていると見える。扉の叩き方が、事態の深刻さを物語っている。

 流石に、扉を開けないわけにはいかないだろう。

 そんなわけで、慌てて変装しようとする俺とシリカを、リエは手で制しながら、扉を開いた。

 扉の先にいたのは、額から汗を流し、肩で息をするメルだった。


「普通、急ぎなら声くらいだすだろ?」


 リエの言葉で、何故、扉の向こうにいるのがメルだと分かったのか合点がいった。


「どうした?」


 優しく問いかけるリエに、メルはその手に持つ一枚の手紙を押し付けるように差し出した。その形相から、相当焦っていることが、一目で見て取れる。

 リエはメルから手紙を受け取るとすぐさま中身を取り出し、黙読を始めた。全くその内容に見当がつかず、果たして首を突っ込んで良いものどうか分からない俺とシリカは、そんなリエの姿をただ黙って眺める。


 字を追うたびに、どんどん顔色は悪く、眉間に皺が寄っていく。そのたびに、部屋の中に緊張感が満ち満ちていく。

 そして読み終わる頃には、その手紙をくしゃりと握りしめた。


「っ!? あの馬鹿!!」


 リエの表情には怒りと焦りがあった。


「その手紙は……」


 恐る恐る尋ねると、リエは一拍おいて言葉を返した。


「ハイドからだ。正確には置手紙ってやつだな」


「その、なんて書いてあったんですか?」


 冷静な頭でシリカの問に答えるため、リエは数度、深く呼吸を繰り返し、怒りを収めた後でゆっくりと言葉を探した。


「何から話せばいいか……」


 リエは視線で、メルに部屋を出るよう促す。メルにはどうしても話を聞かせたくないらしく、反論の余地がないくらい、怖い顔でメルへ外に出るよう訴えかけていた。圧をかけていた。


「…………」


 メルもリエの意を汲み取り、しぶしぶコクリと頷いた後に、不安げな表情で部屋を出て行った。最後に、何かを訴えるように俺へと向けた視線が、記憶にこびりつく。

 あの顔……。

 メルにとって、この孤児院にとって、ハイドは大切な仲間であると、それが、一瞬で理解出来てしまった。


 リエはメルが出ていくと、再び扉に鍵をかけ、小声で話をはじめた。


「叛逆軍って言うのが、今、魔導国各地で活動している。その目的は、その名の通り……現魔王と、彼らが作ってきた制度への叛逆。この、行き過ぎた実力至上主義の社会を、ぶっ潰すために」


「そんな勢力があるんですか!?」


「あぁ、でも、多分あんたらが想像したような組織じゃない。数だけはそれなりにいるっちゃいるみたいだが……戦力で言えば、吹けば飛ぶような弱小団体さ。ま、考えてみれば当然だがな」


 自分の力に自信がある魔族からすれば、その実力が十分に認められるこの社会に不満は少ない。中には魔導国の在り方に疑問を抱く魔族もいるかもしれないが、魔王という圧倒的暴力の化身が君臨するこの大国で、そして、反魔族を掲げる大国がはびこるこの大陸で、現状に抗うことは子供でも分かる愚行だ。己が才能を持って流れに逆らうより、流れに乗っかるほうが楽で、安全だ。つまるところ、強い魔族ほど抗わない。湧き出る不満を、得られる利益で包んで飲み込んでしまう。

 一方で、そうじゃない、弱き立場にいる魔族ほど、不満が大きい。不満を抑え込むのは、それ相応のメリットではなく、圧倒的な暴力による恐怖のみ。

 だから、当然かもしれないが、残念なことに、叛逆軍に集まるのは後者ばかり。

 

「ハイドは、そこのNo.2でね。まぁ、正義感が強い上に、そこそこ腕が立つ。力があることが、余計にその正義感……いや、使命感を強くしちまっている。この孤児院っていう環境も、そんな思いを加速させてるのかもしれない。自分が救わなきゃ、現状を変えなきゃって」


 良くも、悪くも、この孤児院は魔導国の現状を物語っている。俺は、この孤児院を通し、魔導国の抱える深刻な問題を垣間見た。診療所を介し、蔑ろにされる弱き魔族の現状を知った。

 ここは魔導国の認識を改める、学びの場となった。

 しかし、それはつまり、魔導国の問題を凝縮したような場ということでもあり、こんなところで幾度も悲劇に遭遇してしまえば、正義感が培われてしまうことは想像に難くない。

 ふと、昨晩の筋トレの風景が脳裏をよぎった。

 あの瞳に宿るその強い意志の、根源が分かった気がした。


「叛逆軍……私も何度か誘わて、その際にアレコレ話を聞いてはいるが、奴らの本気度は確かだ。大半は、本気で国を変える理想を掲げている。明らかに、実力には見合ってないがな」


「そして、今は三大国との戦争が間近となり、魔王軍の兵力は外に向いている……二度とないチャンスと、彼らはそう考えているわけですね」


 シリカの冷静な分析に、リエは頷く。


「他にもまぁ、色々と考えているみたいだが……シリカの言う通り、そういう状況が叛逆軍に焦りを抱かせているんだろう。今動かなければ、次はない。仮に魔王軍が三大国に負けても、その時魔族が何もしなければ、属国になる可能性が高い」


 三大国が外から攻め、叛逆軍が内から今の魔導国を崩す。そして、新たな魔導国を築くのが、彼らの最終的な目標に当たる。内から崩した功績をもって、三大国の属国になることを防ぐ。

 正直、三大国を知る身としては、とても成り立つような戦略には思えないが、言っていることは分からなくはなかった。


「なるほどな……それで? ハイドは?」


 ハイドが叛逆軍であることは分かった。その中では、強さも立場もある魔族であることも。

 しかし、俺の知る限り、戦争はまだ始まっていない。

 勿論、水面下ではあれこれと進んでいるのだろうが……。


「ずっと、魔王軍の目を忍び、活動してきたようだが。そんな叛逆軍の存在は、とっくに魔王軍にバレていたんだ。多分、今の今までは、相手にする価値もないから、放置されていたんだろう。でも、事情が変わった」


「三大国相手に戦争を仕掛けようとする今、反逆軍とて無視できない存在となった。だから、魔王軍が動き出した」


 外に戦力を向けようとする今、内に不安分子を残すわけにもいかない。


「そこで、手始めに隣町の支部が摘発され、数名が捕まった……恐らく、叛逆軍の全貌を掴むため、拷問でもするつもりなのだろう。ハイドは彼らを助けに行くつもりらしい」

 

「でも、そのハイドさんは叛逆軍のNo.2ですし……各町に分散する魔王軍くらいなら、なんとかなったりはしませんかね?」


 魔王軍を相手どろうとする組織。魔王軍ほどではないとはいえ、そんな組織のNo.2なら、それなりの実力を期待してしまうが……。

 リエはシリカの言葉を受け、首を横に振った。


「所詮は、弱小組織の二番手だ。魔王軍には、あの程度ざらにいる」


 それこそ、ハイドの実力は幹部クラスでなくとも、相手取れるレベルだそう。その、例の隣町に在中する魔王軍の隊長でさえ、勝てるかどうか怪しい程度の実力。

 ハイドの敗色は濃厚。

 それならば、


「……ハイドが捕まれば、孤児院にも迷惑がかかるんじゃないか?」


 俺の問はなにか不味かったらしく、リエの顔色は一層、険しくなった。


「本来なら、な。だからこの手紙だ。あいつ、ご丁寧に、孤児院には迷惑が掛からないよう、小賢しい仕込みまでしやがって」


「仕込み?」


 しかし、リエはそれ以上は何も答えてはくれなかった。

 リエは俺とシリカの疑問を解消すべく、冷静に現状の説明をしてくれたものの、内心はマグマの如く煮えたぎる怒りと、焦りで満ち満ちている。


 リエは手紙を握りしめたまま、怖い表情で舌打ちをする。


「…………」


 リエはきっと、動かないだろう。何せ、打つ手がない。先日目にした、あの、ある意味びっくりなフィジカルじゃ、とても追いつけるとは思えない。それ以前に、仮になんらかの、予想外の手段を使って追いつけたとしても、ハイドを止められやしない。

 ならば、人に頼るか。それもないだろう。

 仮に今、ハイドを救いに行くことを条件に、リエが反逆軍に加入することを約束したとて、受ける見返りは殆どない。孤児院の子供のことも考えると、デメリットばかりの悪手と言える。


 魔王軍さえ一目置く最高の回復魔法の使い手は、しかし、一人ではあまりにも無力だった。ただ、

 回復職であるリエの悔しさは、俺にも理解出来た。

 回復・支援魔法の腕を磨こうと、仲間がいなければ戦えない。その真価を発揮出来ない。それが俺たちの宿命だ。

 だから、


 俺が動くより先に、シリカが立ち上がった。


「どうする気だ?」


「今朝はまだハイドは孤児院にいました。そして、この手紙が見つかったのはついさっき。ならば、まだ追いつく余地はあるはずです」


「ハイドは、恐らく馬を使った。走って追いつくのは無理だし……その、うちに馬はいないぞ。そもそも、馬の操縦は分からん」


 それは俺もシリカもである。職業柄、遠征の際に馬にお世話になることはあるものの、操縦の経験も、乗馬の経験もない。師匠も『馬に乗るより、馬より早く動ける魔法を覚えればいい。荷物? それこそ、収納魔法があるだろ』と言い、何かを教えることはなかった。

 しかし、


「そこはまぁ……」


 シリカが俺の顔を見て、にっこりと笑う。


「きっと、問題ないと思います」

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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