白魔導師、と動き出す計画
「ふぅ……終わったわ」
モンスターを討伐し終えたユイ達が戻ってくる。
見たところ、大きな怪我をしている様子はない。
ほとんど無傷である。
流石はSランク冒険者だ。
前回とは遠く及ばないものの、回復し始めた魔力を消費し、探知魔法を発動する。そうして周囲の気配を確認するが、探知可能な範囲内にモンスターの気配はない。
本当に、あの数を全て片付けた、のか。
やはり、凄いな。Sランク冒険者は。
誰一人欠けることなくモンスターの群れを倒せたことに安堵し、俺はほっとため息をついた。
だが、安心するのはまだ早い。
俺は杖を片手に重い腰をゆっくりと上げ、横で座り込むシリカへと視線を向けた。
「シリカ、大丈夫か?」
「はい……だいぶん休んだので」
シリカがゆっくりと身体を起こす。
シリカの顔色が先程に比べ、良くなっている。
魔力が回復したからだろう。
これならもう、動いても大丈夫そうだな。
「さて……」
腰を上げだ俺は自然と、イシュタルのある方向へと視線を向けていた。
どうも嫌な予感が、胸騒ぎがするのだ。
「ユイ、急いで街に戻るぞ」
「別にいいけど……ロイドは、もう少し休憩しなくていいの?」
ユイが心配そうな目で俺を見つめる。
俺の身体を気遣ってくれているのだろう。
正直に言えば、休憩はしたい。魔力はまだ全快してないし、倦怠感も残っている。
だが、そう言うわけにもいかなさそうだ。
俺の推測が正しければ……
「おそらく、これを引き起こした奴の狙いはイシュタルだろう」
「えっ!?」
それを聞いたユイ達の表情が驚愕へと変わる。
当然の反応だ。
いきなりイシュタルが狙われているなんて言われても、信じがたいだろう。
俺だってそうであってほしくはない。
だが、幾つかのシナリオを考えた結果、この考えが一番しっくりときたのだ。
俺は自身の推測をユイたちへと説明する。
「そもそも、依頼そのものが罠だったんだ。Sランク冒険者を依頼で利用し、違和感なくイシュタルから遠ざけ、始末するためのな……」
確証はない。
だが、あの群れのモンスター達が、操られているモンスターの全てだとは思えなかった。ここに来るまでの間、それなりに広い範囲を探知し続けてきたが、モンスターの気配はなかった。つまり、かなりの広範囲の森のモンスターが何者かの支配下にあると予想できる。
であるならばだ、あれでは数が少なすぎる。
「そ、そんな……でも、何のためにそんなことを」
「それが……分からないんだ」
イシュタルは、確かに栄えた街ではあるが、似たような街ならば王国にもいくつかある。
狙うに値する価値が、何か特別なものはあるかと言われれば、ぱっとは思い当たらない。
王国騎士も何人か駐在しているし、警備だって甘くはない。
それに大陸に四人しかいない勇者だっているんだ。
王国の経済にダメージを与えたいのならば、もっと手薄な街を狙いうはず……
「なら、いったい何故……」
俺達を襲った奴の狙いが分からない。
「なぁ、ロイド。あの街には王国騎士だけじゃなく、勇者までいるんだぜ? そう簡単に落ちるような街じゃないだろ?」
クロスの言う通りだ。
イシュタルは、そう簡単に落とせるような街ではない。
「確かにそうだが……」
あの街にはアレン達がいる。
いくら大量のモンスターが襲って来たとしても、そう簡単には負けないだろう。
だが、そんなアレン達とて完璧ではない。安心はしていられない。
勇者とて、ミスをすることだってある。
負けることだってあるかもしれない。
「念のため、急いで戻ろう」
「えぇ、そうね……」
俺はある程度原形を保っている死体を幾つか回収し、出発の準備を整え、イシュタルへと向かい走った。
◆
イシュタルの街外れにある木造の小屋。
その地下に広がる大きな部屋でフードを被った七人の者達が円卓を囲み、話し合いをしていた。
「計画は順調に進んでいる」
「あぁ、Sランク冒険者とは言えども、あの数に対抗できまい」
そう言うとフードを被った男はニヤリと笑った。
余裕の溢れる嫌な笑み。
「まぁ、それにしてもな……あの街の勇者は、パーティーも含め、皆がかなりの手練れと聞いていたのだが……」
「まさか、少し強化しただけのゴーレムにも敵わんとは……他の勇者に比べ、弱すぎはしないか?」
「そうだな。盾使いの女なんて、ちょっとウルフを操っただけで腕を失っていたしな」
ゴーレムもウルフも能力と知能を少しばかし強化していたが、ここにいる彼らとて、ここまで弱いとは想像もしていなかった。
何せ、噂ではもっと強いと評価されていた。
しかし、蓋を開けてみれば、何と酷い集団なことか。
「ははは、あれは滑稽だったな」
男の汚い笑い声が部屋に響く。他の面々もつられるように、笑いをこぼす。
心底愉快そうに、彼らは笑う。
「聖女のどんな傷でも癒すと言う噂、あれも全くの嘘だったしな。あの雑魚勇者にパーティーメンバー……計画は成功間違いなしだろう」
そう言うとフードを被った者達は、部屋の隅に視線を向けた。
そこには、鎖に繋がれた一人の女がいた。
着ている服はボロボロで、身体のあちこちにアザや傷がある。綺麗だったと思われる長い白髪は汚れ、ぐったりと俯いている。獣人特有の、獣のような耳もぺたりと力なく倒れている。
「にしても、便利な魔法だ。この獣人には今後も我々の力になって貰おうじないか」
「そうだな。死ぬまでコキ使ってやらないとな」
「あぁ……これさえあれば、モンスターを自由自在に操れる」
フードの男は、先端に黒い石がつけられた杖を見ながら不気味な笑みを浮かべた。
「ごほん!……さて、私語はその辺にして」
次の瞬間、フードを被った者達が一斉に立ち上がる。
「この計画は、絶対に成功させるぞ……全ては、魔王様のために!」
一人がそう宣誓すると他の面々も姿勢を正し、口を開く。
そして誓いの言葉を叫ぶ。
「「魔王様のために!」」