白魔導師、武器も強化する
「どうかしたのか?」
俺の真っ青な表情を見て、そして言葉を聞いてダッガスが不安そうに尋ねる。
ダッガス達はモンスターの群れに気がついていないのだろう。こちらに向かってくるモンスターの群れとの距離は十キロほどある。探知魔法やそれの類いのものを使わない限り、気がつくことは出来ない距離だ。
「……どうやら俺達ははめられたらしい」
「はめられた!? 俺達がか?」
「あぁ……俺達が来た方向から、モンスターの群れが近づいてきている。まるで、退路を絶つかのように」
「おいおい……マジかよ」
前にはハイウルフの群れ、そして後ろには別のモンスターの群れが迫ってきている。
「くそ……次は何の群れだよ……ってか、何処に潜んでやがったんだ?」
「すまない。それは俺にも分からないが……」
流石に距離が離れすぎているため、モンスターの種類までは特定することは出来ない。だが、モンスターの進行速度や動きなどの微妙な違いから、一種類だけではないことが分かる。
少なくとも十数種類はいるな……。まぁ、この際、種類の多さは重要じゃない。
これだけの異なる種類のモンスターが協力しているということが問題だ。
何らかの、外的要因がない限り、こうはなるまい。
誰かが意図的に行っているのは明確だ。
違う種類のモンスターの群れをこちらに向かわせていると言うとは、俺達をは嵌め奴はもう、殺意を隠すつもりがないのだろう。
「後ろから来てるのは、いろんな種類のモンスターが混じった群れだ。数は、数千は軽く越えるな」
「えっ……嘘でしょ」
ユイの顔が真っ青になる。
俺の推測が正しければ、その何者かは俺達を消すために、もしくはイシュタルから遠ざけるために、ここにハイウルフを集めたのだろう。
そして依頼を出させ、Sランク冒険者をここへと誘き寄せた。それもあえて難易度がSにならないように調節した上でのことだろう。
難易度をAにすることで油断させることも狙いだったかもしれない。だから、依頼主が依頼した時点では、ここまでハイウルフの数は多くはなかったのかもしれない。
イシュタルに行けば、あの街の冒険者の情報なんて簡単に手にはいる。難易度Aの依頼をユイ達以外の冒険者が受けれないことなんて、ちょっと調べればすぐに分かることだ。
だが、いったい何のためにこんなことをしているのかが分からない。
「とりあえず撤退した方がいいんじゃない? ロイドの探知魔法があれば上手く避けるだって出来るだろうし……」
「いや、ダメだ」
「えっ、どうして……」
ユイの逃げると言う提案だが、これは一度俺も考えてみた。急いでイシュタルに戻り、このことを報告すべきだろうし、それが可能ならそうするのがベストだろう。
だがその場合、俺達がモンスターの群れを連れて帰ってしまう可能性が出てくる。街の近くでの戦闘ともなれば、一般の街の人に危害の及ぶことだってありうる。
「探知魔法を使っても、上手く逃げ切れるか分からない。それに明確に俺たちを標的として捉えている以上、ここを通り抜けても、イシュタルに連れて帰ることになる。街にまで被害が出るかもしれない」
「確かにそうね……」
モンスターの群れを街へと連れて帰ること。
それだけは何としても避けなければならない。
となれば、やることは一つ。
「ユイ、戦うぞ」
「えぇ、そうね。仕方ないわ。戦いましょ……って、えぇぇぇ!? 戦うの!?」
「あぁ、それ以外にここを切り抜ける手段はないだろ」
「うーん……でも、倒すったって流石にこの数は……」
やはりSランク冒険者とは言え、この数を相手取るのはキツいだろう。
特に攻撃系の魔法職が一人しかいないユイ達のパーティーからすれば、この二つの群れとまともに戦って全員を倒すことなど不可能だ。勝ち目などないに等しい。
だがそれは、モンスターの群れを全て相手取ろうとした時の話だ。
この場合、二つの群れを一気に相手取る必要などない。
「クロス、あの石を狙えるか?」
「あの黒い石か?」
「そうだ」
俺の言葉を聞いたクロスが考える素振りを見せる。
「うーん……たぶん、狙えないことはないんだが……一応当てられるとは思うぞ」
「そうか……当てることは出来るんだな?」
「あぁ、それなら可能だ。だが、壊せるかどうかは微妙だな……」
確かに、いくら弓使いの腕がよくても普通の矢であの石を破壊することは無理だろう。それが勇者パーティーのルルだとしてもだ。
遠ければ威力が下がるのは当たり前のこと。ならば、それを俺が支援職としてサポートしてあげればいいだけのことだ。
「ちょっと矢と弓を貸してくれないか?」
「えっ、まぁいいけど……」
クロスから弓と矢を一本受け取る。それを俺は、強化魔法をかけていく。生物にかけるのとは、少し違う強化魔法だ。
「よし、出来た」
強化魔法をかけ終えた弓と矢をクロスに返す。
これなら、ある程度威力が落ちてもあの黒い石を破壊することが出来るはずだ。
「クロス、あの石を狙ってくれ」
「あ、あぁ……分かった」
クロスがゆっくりと弓を引き、矢を放つ。
放たれた矢は風の抵抗を受けながらも、物凄い速度で黒い石へと飛んでいく。そして矢が黒い石に当たった瞬間、その黒い石は砕け散った。
「よっしゃ!」
クロスがガッツポーズをする。
この距離を一発で当てるとは……流石はSランク冒険者だ。もしかするとルルと同じか、それ以上の実力があるのではないだろうか。
「なぁ、ロイド。俺の弓と矢に何をしたんだ? なんかいつもより、凄かったんだけど……」
クロスが弓を見ながら尋ねる。
「弓と矢、そしてクロスに強化魔法をかけただけだが……」
「マジか……武器と人を同時に強化出来るのかよ」
「それくらいは当たり前だろ? 俺は白魔導師として、当然のことをしたまでだ。別に大したことはしてない」
それより、この距離を当てるクロスの方がずっと凄い。
「いや、そんなことはないと思うけど……」
「ねぇ、クロス! あれ見て!」
ユイが農園の方を指差す。
そこでは、ハイウルフが互いに噛みつきあったり、引っ掻いたりしていた。灰色の獣たちが、互い噛みつき合い、鮮血で辺りを染め上げてゆく。
悲鳴か、あるいは雄叫びか、ハイウルフが吠える音が至る所から上がっていた。
黒い石が破壊されたことにより、付与されていた魔法が消えたのだろう。
「やっぱり、あれが魔法の源だったか」
元来、少数でしか群れをなさないハイウルフを、無理やりコントロールしていた魔法が消えたらどうなるのか。
当然、戦い始める。違う群れの所属であれば、同種でも平気で争うモンスターだからな。
これでハイウルフの数はかなり減るだろう。
「ロイドはこれが分かってて……」
「まぁな……全滅はないだろうが、かなり数が減るはずだし、こっちに気が向くこともないだろう。これで集中してもう一つの群れと戦える」
「凄い……そこまで考えてたなんて」
ここまでは予想通りだ。
だが、次はそうはいかないかもしれない。
今回は同じ種類のモンスターで、尚且つ同種でも争うモンスターだった。
それに魔法が付与されていると思われる黒い石も置き去りにされていた。
だからその石を壊すだけで何とかすることが出来たのだ。
しかし、背後から迫る群れはそのどれにも当てはまらない。
誰かが直接コントロールしている可能性だって考えられる。
「さて……どうしたものか」