白魔導師、嵌められる
「何なの……これは」
農園を見ながらユイが驚愕し、そう言葉を漏らす。
今、俺達がいる場所は農園からそこそこ離れている。そのため、ハイウルフに見つかることはないだろう。
少し高くなっている場所から農園を見下ろす。
「確かに、これは異常だな」
数百メートル先に見える農園には、異常と言える数のハイウルフがいた。
その数は、千は下らないだろう。
これなら依頼書に『異常な数』と書かれているのも頷ける。本来なら、緑に染まるはずの農園はハイウルフの群れにより、灰色に染まっていた。
「おかしい……」
「そうね。こんな数のモンスターの群れが……」
「いや、そこじゃない」
「「「えっ?」」」
ユイ達が俺の方を振り返る。
この反応から察するにユイ達は、このモンスターの数に驚いていたのだろう。確かにそこも驚く所の一つではある。千をこえるハイウルフの群れなんて聞いたことがない。
だが、最も驚くべきところはそこではない。
この光景の一番の驚きであり、また謎でもあるのが、これがハイウルフの群れだと言うことだ。
「俺の探知魔法の範囲内で、モンスターの気配があったのはここだけだった……」
「それがどうかしたの?」
「なら、他のモンスターは何処へ行ったと言うんだ?」
俺は遠くから、はじめにこの気配を感じ取った時、森のモンスターがそこに集結しているのだと思っていた。探知魔法じゃ、魔力を持つ生物の気配は感じれても、そのモンスターの判別までは今の俺の力量ではできない。
だから、そう推測していた。
それでも十分信じがたいが、今の状況よりはずっと飲み込める。
だが、ここにはハイウルフしかいない。
「た、確かに……」
それを聞いたユイが頷く。
ハイウルフは特別強いモンスターではない。
この森には、ハイウルフが束になっても勝てないモンスターはたくさんいるはずだ。
だから、ハイウルフがこの森のモンスターを殲滅したとは考えられない。そもそもハイウルフはこんな大規模な群れは作らないし、戦闘が行われたとすれば、多少はその痕が残るはずだ。
しかし、俺達の通ってきた道にそのようなものは一切なかった。
ハイウルフの行動……
他のモンスターの消失……
今この森で、異常な何かが起こっているのは間違いないだろう。
「この農園の持ち主は何処にいるんだ?」
「えっ、マルクスさんのこと? 確かこのせいで怪我をしたとかで、息子の家にいるらしいけど……」
「そうなのか……」
この事態が起こる前に、何らか前兆のようなものがあったかもしれない。
それが分かれば、何かが見えてくるはずだと……俺はそう思った。
だから持ち主に、話だけでも聞いてみたかったのだが、いないと言うなら仕方ない。
自分で見つけるしかなさそうだ。
何か、ヒントになるようなものがないか農園の周囲を見渡す。
「おい、あれは何だ!?」
クロスが遠くを指差しながら言う。
何かを見つけたらしい。それを聞いたユイ達がクロスが指差す方を凝視する。
「あれって……何が?」
「ほら、あれだよあれ! あの黒い不気味な石だよ!」
クロスの指差す場所を、ユイ達が凝視しているが何も見えないらしい。俺もクロスが指差す場所を見ているが何も見えなかった。とは言え、クロスが嘘をついているようには思えない。クロスにははっきりと見えているらしいし、見間違えと言うこともなさそうだ。
単純に視力の問題だろう。
ここから農園までは少し離れているが、肉眼で見るのも不可能ではない距離だ。クロスが常人に比べ視力が高いのなら、俺達には見えないことも頷ける。
「試してみるか……」
俺は収納魔法から杖を取り出し、自身にオリジナルの強化魔法をかける。
今、この瞬間に身体強化をベースに作った、視力を上げるためだけの強化魔法だ。
視力が上昇したのを確認した後、再びクロスの指差す場所を見た。
そして黒い石を見つける。
「あれか?」
あれがクロスの言う不気味な石だろう。
よく見ると黒い靄のようなものが、石から湧き出ている。
「確かにあれは変だな……」
「えっ!? ロイドにも見えるの?」
「あぁ、強化魔法を使った」
「それって私達にもかけれる?」
「あぁ、もちろんだ」
ユイ達に自分にかけたのと同じ強化魔法をかける。
これでユイ達にもあの黒い石が見えるはずだ。
「クロスの言う通り、変な石ね……特にあのモヤモヤしたのが気になるわ。あれはいったい……」
「おそらく、魔力だろうな」
あの黒い石からは魔力が放たれていた。
この感じは、人間の魔力ではない。おそらく獣人の魔力だろう。どうやらあの黒い石には獣人の魔力が込められているらしい。
獣人が魔力を込めた石を農園に置いていったのだろうか。
だが、だとしたら何のために……
そんなこと考えていると、ふと、師匠が言っていたあることを思い出した。
「もしかして……」
「ロイド、どうかしたの?」
ユイたちの視線が集まる。
「あの石から獣人の魔力が感じられてな」
「獣人の魔力? そんなものまでわかるのね」
「あぁ」
人間と獣人には微妙な魔力の質のがある。探知魔法ができる人なら、多分皆できるだろう。
「そ、そう。相変わらず、すごいわね。まぁ、それはいいわ。でもなんで……」
昔、師匠から獣人の中にはモンスターを使役すると言う珍しい魔法を扱う者がいると聞いたことがある。
そしてあの石からは獣人の魔力が感じられた。
最悪のシナリオが頭に浮かぶ。
もしあの黒い石が魔法を付与するものなのなら……モンスターを使役する魔法が本当に存在するのなら……この状況は、誰かが意図的に起こしていると言うことになる。
誰かが魔法を使い、ハイウルフをここに集めている、と。
だとすれば、何のためにそんなことをしているのか。
答えを導きだそうと思考を巡らせる。
その時だ。
あらかじめずっと発動しっぱなしにしておいた探知魔法に、モンスターが引っ掛かる。しかも一匹や二匹ではない。ハイウルフ以上の数のモンスターが群れをなし、こちらに近づいてきている。
それにこの方向は、俺達が通ってきた方向だ。先程まではモンスターの気配などまったく無かったはずだ。
一体、どこに潜んでいたのか。
そんなモンスターの群れが退路を絶たんと、動いている。
これではまるで……誰かがモンスターらを指揮しているようではないか。
「不味いな……」
何故、そんなことをするのか、そんなことができるのか、理由は分からない。
だが、分かることが一つだけある。
どうやら俺達は、何者かによって嵌められたらしい。