白魔導師、追放される
「ロイド。お前にはパーティーを抜けてもらう」
パーティーのリーダーであるアレンが、唐突に放ったその言葉を俺は理解することが出来なかった。
いったい、何を言っているのだろうか?
いや、言葉の意味自体は理解出来るのだが……。
「その理由を教えてくれないか?」
納得のいく答えを求め、そう問いかける。
「じゃぁさ、逆にお前がこの勇者パーティーにいる理由を教えてくれない?」
アレンは俺を見ながら、嘲笑うような笑みを浮かべた。
俺の職業は白魔導師だ。白魔導師は、仲間をサポートする支援魔法を得意とする職業であり、この勇者パーティーではアレンに言われた通り、戦闘のサポートに専念している。
自分で言うのもなんだが、この勇者パーティーが結成されてから一年間、しっかりと白魔導師としての仕事はこなしてきたはずだ。
クビにされる理由など、皆目見当もつかない。
「俺はパーティーの支援職としてしっかりとサポートをしていたつもりなんだが……」
「いやいや。お前さ、いつも後ろに立ってるだけじゃねぇかよ。なんか後ろでごそごそやってるみたいだけどさ……ぶっちゃけ、ただただ目障りなんだよ」
アレンがそう言うと、周りのパーティーメンバーが俺を睨んだ。
皆も俺のことを目障りだと思っていたのだろう。
そんな中、ルルが不機嫌そうな表情をしながら口を開く。
「確かに勇者パーティーのメンバーってのは名誉なことだし、報酬だって普通に働くよりも何倍もいいけど……だからって実力がないくせに、勇者パーティーに居続けようなんて、ほんと最低な男ね」
「ん……本当に最低」
ルルの話を聞いたミイヤが頷く。
どうやら、ルルとミイヤは俺が実力不足だと言いたいらしい。
俺はその言葉を前に、反論を用意できなかった。
俺は幼い頃、師匠に拾われてからはずっと山奥にある師匠の家で過ごしてきた。十何年という長い時間を、師匠と共にそこで過ごした。
俺の使う魔法のほとんどはその時師匠に教えてもったものだ。
そして一年前、色々あってこの街にやって来た。
その後街で、勇者パーティーのメンバー募集の張り紙を見た俺は試験を受け、勇者パーティーの一員となったのだ。
だから俺は、他の白魔導師がどれほどのものなのかを知らない。
周りの志願者を実力で蹴落として手にした居場所。だから、できる部類だと思っていたが、もしかすると今の俺はルルやミイヤの言うように、勇者パーティーの支援職としては実力不足なのかしれない。あの時も、ただ運が良かっただけだったのかもしれない。
「そうか、実力不足と言うことか……」
反論どころが、腑に落ちるところまである。
師匠と共に暮らしていた時も、結局、俺は自身の支援魔法という得意分野でも師匠に勝てたことはなかった。
「まさか、自分でその自覚があった上で勇者パーティーに居続けていたとは……ロイド、見損なったぞ」
パーティーの盾使いであるリナは、まるでゴミを見るような目を俺に向けた。
「本当に不愉快な人間ですね。最低です、今すぐに私たちの前から消えてくれませんか? このままでは、アレン様の評価まで下がってしまいます」
シーナはそう言うとアレンの右腕にしがみついた。
「確かに、あいつは白魔導師のくせに、回復は聖女であるシーナに任せっきりだったからな。その気持ちはよーく分かるよ」
アレンがシーナの頭をそっと撫でる。
シーナは聖女と言われる職業で、回復の最上位職と評されるほど稀有で強力な才能だ。確かに俺の回復魔法の腕は、彼女には遠く及ばない。
「あっ、ずるーい!」
「ん、シーナ。抜け駆けはダメ」
それを見ていたルルとミイヤがアレンの左腕へと飛び付く。
甘い空気が部屋の中に漂う。
そんな中、リナだけはじっと俺のことを睨み付けていた。
やはり、リナはしっかりしている。
リナはここら一帯を治めている貴族の娘だ。それでいて、なんでも自ら勇者パーティーの一員になることを志願したとのこと。
とにかく、人のためになるようなことをするのが大好きだそうだ。多くの人々のために戦いたい、と。
それでリナも勇者パーティーの試験を受けたらしい。
遺族の娘でありながら、盾使いとしての高い実力を持つ。
「まぁ、そう言うわけだからさ、ロイド。有り金を全部置いて、このパーティーを出ていってくれよ」
アレンが机をトントンと叩く。
ここに置けと言うことだろう。
「何故、置いていかなければならないんだ?」
「はぁ? そりゃお前、迷惑料だよ、迷惑料! 俺たちの足を引っ張ってきた分、払えって言ってんの! 大体、実力不相応の額を受け取ってたんだしよ」
アレンが俺に怒声を浴びせる。
別に、これと言って迷惑をかけた覚えはない。
金を払う義理なんてないはずだ。
しかし、アレンは俺が迷惑料を払わない限り、この勇者パーティーのためだけに造られた建物からは出してくれないだろう。殴り合いをするにも、実力でも、地位でも俺は圧倒的に劣っている。
だから、抵抗を諦める。
「今は、これくらいしか持っていないが……」
収納魔法でしまっていた財布を取り出し、中身を全て机の上に置いた。
収納魔法は、簡潔に言えば異空間に物を収納しておける魔法だ。
「えーと、全部でだいたい十二万Gか……まぁまぁ持ってんじゃねぇか。こんだけあれば、今夜は旨いもんが食えるな」
アレンが嬉しそうにお金を数えながら、ポケットにしまう。
せっかく、貯金していた金は最も簡単に奪い取られてしまう。
「あっ、もう帰っていいぞ。というか、早く出てってくれ」
アレンはそう言うと手で、俺に出ていくように促した。
俺はそれに従い、部屋を出る。
「これでやっと邪魔者を排除出来ましたね」
「うん、やっぱりアレン最高!」
「ん……さすがアレン」
「だろ?」
扉越しに、リナを除いたメンバーの楽しそうな会話が聞こえてくる。
「俺はそんなに嫌われていたのか……」
悲しい。
試験を受け、他の受験した支援職の人達よりも優秀だと認められ合格し、勇者パーティーの一員となった時は、かなり嬉しかった。
初めて仲間と呼べる存在が出来た。
ずっと人気のない山奥で、師匠と二人暮らしてきた俺にとって、仲間は憧れの存在だった。
そんな仲間のために尽くしてきた。
仲間だと、そう思っていたから。
だが、どうやらそう思っていたのは俺だけだったようだ。
「はぁ……どうしたものか」
この街には、友達どころか知り合いと呼べる人すらいない。
つまり、行く宛が全くないのだ。
「こんなことになるなら、師匠に人との付き合い方も教えてもらっておくべきだったな」
いや、師匠に尋ねてもダメか。
美容と酒にしか興味がなさそうだし、そもそも人付き合いが苦手で山奥に住んでいるような人間だ。
聞くだけ無駄だろう。
「とりあえず、ここを出るか」
俺は魔法以外を学んでこなかったことを後悔しながら、荷物をまとめ、一年の間お世話になった建物を後にした。