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1話 未だに夢に見る
夕暮時の大きな野外ステージの上、何万人という人が俺を見ている。俺の歌を聞いている。身体を揺らす者。こぶしを突き上げる者。もはや後ろの方の人は遠すぎてはっきりと表情が見えない。
そう、俺はこのために産まれてきたんだ。俺の歌で世界を変えてやるんだ。―――
ふう……。
薄いマットレスの上、身体を起こし小さく一つため息をついた。時刻は深夜2時。汗でパジャマが背中にはりついている。すこし肌寒い。軽く身震いをする。
またこの夢か……。
もう何度目かわからない。音楽の道を諦めた今の俺にとっては悪夢以外の何物でもなかった。
カーディガンを羽織りベランデに出て煙草に火をつけた。ゆっくりと含んだ煙が優しく慰めてくれる。さっさと寝よう。明日の仕事に差し支えてはいけない。
一服を終え部屋へ戻ろうとしたら、くしゃっという音とともに何かを踏んだ。アブラゼミの死骸だった。夏の終わりはとても短い。