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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ミラーハウスに入った人が出てきたとき別人みたいになってしまうんだって。まるで中身が入れ替わったみたいに。

 廃墟、というものには噂がつきものだ。人に捨てられた場所、つまり人の住む場所ではない場所特有の退廃した空気。それが人々の好奇心や恐怖心、畏怖といった感覚を刺激するのだろう。

 だからだろうか。彼が廃墟で肝試しをしようなどと言い出したのは。


「裏野ドリームランド?」


 肝試しという話題を持ってきた人物に問い返す。食堂のテーブルを挟んで向かい側、快活そうに笑っている彼……宇津木達哉(うつぎたつや)は時々こういった突拍子も無いことを言い出すことがある。そんな時は必ず詳しい事情を聞いておかないと、後で後悔することが多い。それは彼の恋人として最初に学んだことだ。


「そうそう、何年か前につぶれた遊園地があったろ? 何でもあそこは出るらしいんだよ」


 そういって達哉が取り出したのは一枚のパンフレット。裏野ドリームランド、かつてこの地域にあった遊園地のものだ。もう閉園してかなり立つのに、一体どこから手に入れたのだろう。


「出るって……幽霊? 確かに廃墟とか人気のないところにはつきものだけど」


「噂じゃ幽霊だけじゃないんだけどな。変な声が聞こえるとか、勝手に動く遊具とか定番もあれば、昔起きた事故の内容が聞いた人によって変わる、なんてちょっと毛色が違うやつもあるらしい」


「それを二人で見に行くの? 肝試しってことなら夜だろうし、二人だけって言うのはちょっと……」


 廃墟は噂だけでなく危険も多い。老朽化した建物はそれだけで危ないし、野犬などが住み着いていることもある。できれば少人数では行きたくはない。二人きり、というのは普段なら心躍る言葉だが、危ない場所に行くには不安な人数だ。


「ああいや、行くのは俺たち含めて四人だ。一緒に行くのは翔太(しょうた)真琴(まこと)。肝試し兼ネタ集めってことで、我らが文芸サークルのメンバーだ」


「四人かあ。なら大丈夫かな。日程とかは決まってる?」


「今のところは来週の土曜の予定だな。紗友里(さゆり)が予定入ってないなら確定」


「土曜日はどうだったかな」


 バッグから手帳を取り出して確認してみると、特に予定は入っていないことが確認できた。レポートの締め切りが近いが、少し早めに終わらせておけば多分問題無い。


「土曜日は空いてるよ。でもレポートの締め切りがその次の水曜日だから遅れないようにね」


「うっ、分かってる。とりあえず予定は決まったし、あとは懐中電灯とか虫よけとか、買い出ししておかないとな」


 こうして裏野ドリームランドでの肝試しが決まった。夏の風物詩を楽しむこと、そして文芸サークルとして作品のネタを収集するために。

 この時自分は肝試しを楽しみにしていた。将来大学生活を振り返ったとき、恋人との思い出の一つとして思い出せるだろうと感じて。



***



「はーい、やって参りました!! ドキドキワクワク、夏の肝試しツアー2017in裏野ドリームランド!! 『きゃーこわーい』『安心しろ、俺がついてる』みたいなイベント期待しちゃいますよねー!! 主に俺が!!!!」


「うるさい。気持ち悪い妄想垂れ流さないで」


 肝試しを行う土曜日となり、私たちは今裏野ドリームランドの入り口前にいる。そこに到着したことを、元気よく叫んでいる青年が、一つ下の後輩である紺野翔太(こんのしょうた)。それを冷たく切って捨てた同学年の女の子が霞浦真琴(かすみうらまこと)だ。


「早速いただきました!! 真琴先輩の辛辣なお言葉!!」


「うるさいって言っているでしょう。黙らないと死ぬの? 死ねば黙るの?」


 この二人のやり取りはいつもこんな感じだ。元気がいい……というかいささかやかましい翔太が何かを言い、それを真琴が辛辣な言葉で切って捨てる。真琴は物静かで、落ち着いたところを好むことも理由だろうが、やはり翔太が文芸サークルに加入した日の出来事が大きいのだろう。

 翔太は文芸サークルに入った理由が真琴に惚れたからだとのたまい、その場で結婚を前提に付き合ってほしいと言ったのだ。……その申し込みに対する返答は、お手本にできそうなほど綺麗なハイキックだったが。


「はいはい、二人ともそこまでにしてくれ。肝試しの計画を確認しよう」


 パンパンと達哉が手を叩いて二人の注意を引き、これ以上ヒートアップしないよう止めに入った。一応止めに入ればこういったやり取りをすぐやめるのだが、最後に真琴が翔太を一睨みするのはもはやお約束だ。


「さて、これが営業してた頃のパンフレットだ。アトラクションごとに色々噂があるんだけどな、入り口に近い順からまわっていこうと思う。入り口すぐの広場にメリーゴーラウンドとミラーハウスがあって、広場奥にドリームキャッスル。アクアツアーとジェットコースターをまわったら、最後に観覧車というルートだ」


 達哉が出したパンフレットを囲むようにして見ながら確認していく。ポップな文体で、マスコットキャラクターなども描かれた、よくあるパンフレットだ。


「入り口は閉まっているから入れないんだが……先人たち、というか最初にここで肝試しをしたやつらが開けたフェンスの穴から入ればいいと思う。ま、こんな感じだけど分からないとことかは?」


「私は大丈夫。達哉はしっかりしてるから心配はしてないよ」


「達哉先輩に丸投げすれば大丈夫だと確信してますから!!」


「……あんたはもう少し自分の頭を使いなさい」


 ズボラなところもあるが、締めるところはしっかり締める達哉、ちゃらんぽらんに見えるが機転を利かせることには長けている翔太、冷静で状況判断能力に優れた真琴。私はその三人のサポート。作品のネタ集めで危ない橋を渡ったこともあるが、毎回このメンバーで切り抜けてきた。今回も何かあったとしても大丈夫だろう。さあ、肝試しを楽しもう。



***



 肝試し開始から約十分。今はミラーハウスの前にいる。


「誰もいないのにメリーゴーラウンドが回っているっていう噂は外れだったけれど、ミラーハウスはどうなのかしら。ここの噂は?」


 ひとりでに動くメリーゴーラウンドの噂は空振り。入ってすぐ見える位置にあるため、動いていなければすぐに分かってしまう。ピクリとも動く気配は無かった。


「はいはーい!! 真琴先輩のために、俺が説明を――――」


「翔太はやかましいから紗友里にお願いするわ」


 翔太が手を挙げた途端に、ごく自然な動きで真琴の裏拳が炸裂する。そのまま後ろに倒れ込んだが……翔太の鼻は大丈夫だろうか。


「あはは……。うん、えっと、ここは入った人が出てきたとき別人みたいになってしまうっていう噂みたい。まるで中身が入れ替わったみたいに。ミラーハウスの入れ替わり、だって」


 さっと達哉から渡されたメモを読み上げる。高校まで習字を続けていた彼らしく、読みやすく綺麗な字だ。


「うごご……鼻が潰れるかと思った。しかし我々の業界ではご褒美です!! 例えミラーハウスのせいで俺の性格が変わったとしても、変わらず真琴先輩の愛の拳を受け入れて見せまああああす!!」


ガバっと勢いを付けて立ち上がる翔太。もはや相手をする気力もないのか、真琴は辟易した表情を見せるだけだ。


「出てきた人間が入れ替わりになってるかどうかだからなあ。中に入る組と、出口で入れ替わっているのか確認する組に分かれよう。と言っても俺と紗友里、翔太と真琴で分かれるのが一番だろうけど」


「あなたたちは恋人同士だから分かるけど……私と紗友里じゃダメなのかしら?」


 ちらりと翔太を見て真琴が言った。言外に彼と組みたくないと言っているのだと思う。


「廃墟に入るわけだからな、女だけで行かせるのは抵抗がある。すまんが我慢してくれ」


「はあ、分かったわ。遺憾だけれど。非常に不満があるけれど」


「ありがとな。後でアイスを買うよ」


「一番高いやつね」


 交渉成立。


「あーれぇ!? 俺の扱いひどくないですかねぇ!?」


 ただし、デメリット扱いされた男は不服そうだったけど。


「推し過ぎも良くないってことだ、翔太。俺たちが先に行くから、何かあったら真琴を頼むぞ」


「それは任せてくださいよお!! そっちこそ、紗友里先輩をガードしないとだめですからねぇ」


 翔太の言葉を聞いて達哉が笑う。彼の腕が伸びてきて私の肩が抱かれた。少し気恥ずかしい。


「当たり前だろ。じゃ、行ってくる」


 そのまま入り口へ足を向ける私たち。ちらりと後ろをうかがうと、二人が手を振っていた。大きく振り回すように両手を振る翔太と、小さく肩の高さで振っている真琴の対比がちょっとおかしかった。



***



「う……うう……うん」


 いつの間に眠っていたのだろう。私たちはミラーハウスの中を歩いていたはず。懐中電灯が鏡に反射する光も、砕けた鏡の破片を踏む感触も覚えている。


「なんで、私、寝て……」


 そこで気づいた。今、自分が寝台のようなものに寝かされていることに。しかも、ベルトで拘束されている。それも一糸まとわぬ姿で。


「…………ッ!!」


 そして、見てしまった。見てしまったことを後悔した。寝かされているものを含め、寝台が三つあるこの部屋の壁際、包帯でグルグル巻きにされた塊がいくつも積まれていることに。赤黒い染みが浮き出て、独特のラインを描くその塊の中身は容易く想像できる。あれは……人だ。


「逃げなきゃ……!! そうだ!! 達哉は!!」


 体をよじってベルトを外そうと試みるが、無常なほど強靭なそれは一向に緩む気配すらない。

 感覚で五分ほど。部屋の扉が開いた。背筋を寒気が走る。ここに来たのは、私を拘束している犯人以外ありえない。


「ひっ…………!!」


 悲鳴が漏れる。扉から入ってきたのは二人のヒトガタ。どう見ても人間ではない、明らかにバケモノ。人間と軟体生物を、悪意を持ってまぜこぜにしたような醜悪な姿。水死体じみた青白い肌には粘着質な質感。白く濁った目はこちらを捉え、うぞうぞと蠢く触手と触腕を伸ばそうとしてくる。


「来ないで、来ないで!!」


 それを聞き入れられるはずもなく、バケモノの触腕が肌に触れた。べちゃりというおぞましい感触。足の先から撫でるように這い上がり、白く、ヘドロと同じ腐臭を放つ汚液が塗りたくられていく。

 これから何をされるというのか。そう恐怖に支配された頭で考え……理解した。突如としてバケモノの片方の胴体が縦に裂け、そこから凶器の数々が飛び出してきたからだ。肉と骨で形作られたようなその見た目は、中世で使われた拷問器具にも似ている。

 ああ、私はこれから壊されるんだ。頭の片隅に残る冷静な思考がそう言った。


「嫌、嫌!! 死にたくない、誰か助けて!! 真琴、翔太!! 達哉、達哉、助けて!!」


 泣いても叫んでも、拘束は外れないしバケモノはいなくならない。バケモノの体から飛び出した拷問器具は生物的な蠢きを伴って近づいてくる。

 粘液にまみれた凶器たちが脚の肌に触れ……その刃が沈み込んだ。触手の先端の拷問器具が肉を裂き、その中を蹂躙していく。


「痛っ……くない? どうして…………」


 脚に刃が入り込んでいる。だというのに痛みは無い。太ももの付け根から入り込んだ凶器が、肌の下で蠢きながら足の先へと向かっていく。皮膚をはがされるような傷を負っているのに痛みが無い……それがどうしようもなく恐ろしかった。


「あっ、あああっ!!」


 ズチュリ。嫌な水音と共に引き抜かれた。凶器がではない。私の脚の皮がだ。ブーツを脱がすよりも簡単に、形を保ったまま剥がされた脚の皮膚。皮膚を取り除かれた脚。筋肉と腱、脂肪……すべてが見える。血が一滴も出ないせいで、スーパーに並んでいる精肉を連想してしまった。恐怖で麻痺してまってしまったのかもしれない。こんなことをされても、全然現実感が湧かないなんて。


「やめて……これ以上、やめて……!!」


 懇願する言葉などバケモノは聞く耳を持たない。もう片方の脚、が腕が、胴体が。更なる餌食となっていく。あっという間に皮膚が残っている場所は顔だけだ。これだけでもう絶望のどん底だったというのに、もう一匹のバケモノ、私への拷問をじっと見ていたバケモノの行動で思い知らされた。絶望には底など無いんだと。


「何を……やめて!! それだけはやめて!! これ以上私を汚さないで!!」


 私を()()()()バケモノ。剥がされた私の皮を身に着けていっているのだ。ズルズルと私の皮の中に体を押し込んでいき、そこに出来上がったのは顔だけがバケモノの私。尊厳を全て破壊されるような行為に、吐き気がこみ上げてきた。

 ふと、バケモノたちが扉の方を向いた。ドアノブが回され入ってきたのは――――


「たつ、や……?」


 ずっと姿の見えなかった達哉だった。一瞬助けに来てくれたのかと思い、それとも彼だけでも逃げてほしいと伝えるべきかと迷ったとき、背筋が凍りついた。達哉は笑っていたのだ。いや、嗤っていたというべきか。普段の達哉なら絶対にしない表情で。


「まさか…………そんな、嘘」


 目の前の私の皮を着たバケモノ。そして、恐ろしい笑みを浮かべた達哉。私が見ていないところで達哉は何をしていたのか。違う。なにを()()()いたのか。


「達哉……」


 愛しい人の名前を一度つぶやき、私の意識はそこで途切れた。



***



「遅いわね……」


 達哉と紗友里がミラーハウスに入ってから一時間が経つ。そこまで広くないアトラクションであることを考えれば少々長すぎる。


「呼びに行きます?」


「やめておきましょう。中は迷路よ。入れ違いになるわ」


「それもそーですねえ。気長に待ちましょうか。俺は真琴先輩と二人きりの状況がどれだけ続いても、って痛たたたたたっ!! 二の腕つねらないでくださいよ!! ま、真琴先輩の制裁なら甘んじて受けて痛い痛い痛い!!」


 翔太と待っていると静かにさせるのに手間がかかる。なんだかんだと言って文武両道、文才もそれないりと、黙っていればそれなりの男なのだが。黙っていれば。特に気恥ずかしいことを遠慮なく言うことをやめれば。


「ほら、呼びに行かなくても出てきたわよ」


 ミラーハウスの出口から二人が出てきた。入った時と別段変わりはない。やはり噂は噂か。


「遅かったじゃない。何かあったの?」


「結構割れた鏡とかが散乱してたからな。足を滑らせないようにしてたら時間を使った。悪い」


「こけて手をついたりしたら危ないですねえ、それは」


「ちょっと時間かかっちゃったけど、二人はどうする? 次に進む?」


 紗友里に問われ、腕時計を確認する。八時三十分過ぎ。まだ回るところはあるが、明日は休みだ。


「私たちも入ることにするわ。翔太、それでいい?」


「真琴先輩のお望みどおりに」


 演技がかった一礼をしてウインクを決めてくるのが憎らしい。


「そうか。気を付けてな」


「逝ってらっしゃい」


 達哉と紗友里、その笑みがどこか意味深げだった。

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