三賢者3
十日ほどの旅程は、天候に恵まれたこともあって、比較的快適な旅となった。魔獣に襲われることもなく俺たちは無事南東にあるマナ村へと到着した。
村の入り口が見えたところでナサフが馬を止めて、俺たちを見据えた。
「父親には巫女のことは言わないでくれ。母親にはオレから話す」
ナサフがそう言うと、ヴァンダードは無言で頷いた。え?それでいいの? 俺としては言いにくいことをナサフが言ってくれるなら願ったり叶ったりだけど…と迷っている間に、ナサフとヴァンダードはとっとと村の入り口に向けて馬を進めていた。お前ら待てよ!
村に着いてみると、すでに神殿からの早馬で事情を聞いていた村長が村の青年を村の入り口に待機させており、俺たちは彼に出迎えられた。青年の案内により巫女となる娘が産まれた家に向かうと、戸口から背の高いがっしりとした男性が現れた。
彼は俺たちを認めると、目を細めた。
「おや。ナサフも居たのか! お前もずいぶん大きくなったな!」
そう言いながら、ナサフの肩をばんばん叩いてる。し、知り合いデスカ?
俺が目でナサフに問いかけると、答えてくれたのは大柄の男性の方だった。
「コイツの親父とは同期でな!」
あ、この人もアカデミア出身の人なのか。”同期”と言われれば、この世界では大抵アカデミアでのことを指す。ナサフのところはもともと一族総出で魔術士という家だそうなので、ナサフの親父もアカデミアに行ってたのだろう。しかし、この男性はどうみても魔術を扱う力があるようには見えないが…。
俺がそう疑問に思ってると、家の奥から小柄な女性が現れた。
「あら。ナサフが来たのね。ここで立ち話もなんだし、中へ入って」
そう言って、俺たちを招き入れてくれた。
* * * * *
遠路遥々来たのだからまずは飯でもということになり、俺たちは家の主人のご好意に甘えることにした。食事を頂きながら家の主人が語った話を要約するとこうだ。
家の主人は騎士を目指してアカデミアに入ったそうだ。で、同期にナサフの親父さんもいた。そして、ナサフの遠縁にあたる女性も数年後アカデミアに入学してきたそうだ。遠縁とはいえ親戚がアカデミアに居たので、その女性は何かとナサフの親父さんを頼っていたそうだ。で、ナサフの親父さんのところによく顔を出してた女性に彼は恋心を抱いてプロポーズし、現在に至ると。遠縁の女性は力こそ少ないが、その筋ではかなり名の知れた薬師だそうで、彼は薬師専用騎士となってるらしい。といえば聞こえはいいが、薬師の仕事の雑事諸々を彼がこなしているそうだ。妻となった女性には薬を作ることと研究に専念して欲しいそうな。
人生、どこで何があるか分からんもんですね。
食後のお茶を頂いてまったりしていると、ナサフが女性を連れて席を外した。たぶん、諸々の説明をしてくれるのだろう。
二人が別室に消えると、おもむろに家の主人が口を開いた。
「ところで、君らが来たのはウチの娘に関してのことなのだろ? だが、見たところウチの娘にはそれほど力があるようにも見えない。ナサフの一族からの出産祝いだったらナサフだけがくればいい話だが、中央神殿の神官さまに護衛の騎士もいるというのがどうにも解せないんだが」
うん、まあそうですよね…。俺が返答に詰まってヴァンダードを見ると、ヤツが口を開いた。
「我々も詳細は知らされておりません」
あ、そう来たんだ。それでいんだ。じゃ、そうゆうことで。
俺も、さも「何も知りません」って顔をして家の主人の方を見ると、それでも彼は解せないという表情をしていた。ですよねー。
* * * * *
一方、ナサフの方は…。
事の次第を巫女の母親であるレミスに話し終えていた。レミスが取り乱すかと思って身構えていると、彼女はあっけらかんと答えた。
「あら~。それもいいんじゃない?」
「え?マジで?!」
思わず素で答えてしまったのは仕方ないと思ってくれ。
「娘なんだから、いつかは嫁に出すだろうと思ってるけど、どこぞの馬の骨に嫁がせるよりウルヴァの巫女になった方が将来安泰じゃない。何か問題でも?」
「将来安泰って…」
「今すぐ連れてくってわけでもないんでしょ?」
「それはそうですが…」
親父からレミスは一族の中でもかなりの博識で才女だと聞いてたし、まさかウルヴァの巫女がその後どうなるかを知らないわけでもないだろうに。普通の親なら断固反対じゃないのか? いや、普通の親じゃないのか?彼女は。
ありえる!ウチの一族なら、多少一般常識から外れた概念の持ち主でも頷ける。にしたって…。
「あなた方が来たってことは、ウルヴァの祝福と結界を張りにきたんでしょ? だったら巫女になるまで変な虫もつかないだろうし、巫女になったらなったでその先も安泰だし。いいこと尽くめじゃない」
「し、しかし! それでは彼女の選択権が!」
「あらー。ナサフもけっこうまともな事言うのね~。でもね、選択権なんてあるように見えて、実はないのよ。あると思わされて、自分の選択で決めてると思い込まされてるだけよ。ふふっ」
何なんだ、このレミスの余裕の表情は…。
「何かあったのですか?」
思わず俺は彼女にそう聞いていた。もしや、事前にラリス神から神託なり何なりがあったのかと。しかし、彼女の返事はそれを否定していた。
「何にもないわよ? ただ、あなたたちより私は世の理を少しばかり知ってるだけよ」
そう言って彼女は軽やかに微笑んだ。
まあ、母親がそう言ってるならいいか…。この様子なら、父親に関しても彼女から説得してもらえるようだし。彼は尻に敷かれてそうだしな…。今回の役目がとっとと終わるなら、それに越したこともないか。
何となく一気に脱力感が襲ってきたが、無事役目を終えられそうな気配がしてきたので、よしとするか…。
早く出世したヴァンダードさんを登場させたいデス。
その為にも、早くこの「三賢者」ターンを終わらせないと!