74 小鬼
「おお、シロ久しぶりだな!いい子にしてたか?よしよし。」
前線のヘンリル軍の野戦砦に到着するとすぐに狼のシロが駆け寄ってきた。
大きな身体で擦り寄ってくるから押した倒されそうだが可愛いものだ。
頭を撫でてやりながら一緒に指揮所に向う。
指揮所になっている丸太小屋の前に立つ警備兵に軽く手を振り、開けられた扉をくぐって室内に入る。
「ご苦労様、遅くなったな。状況はどうだ?」
「閣下、ご無事で!なかなかお戻りになられないので心配しておりました。現状ですが膠着状態しております。敵軍は町に防御の壁を作っておりそこから先には出てきません。軍同士の戦闘は今ところ一度も起こっていません。ただ、周囲の森の中には大量のゴブリンがおりまして散発的にこちらに現われるので討伐をしています。毎日、調査と討伐の為に森に侵入させていますが公爵軍からの反応はありません。調査の結果は推計10万を超えるゴブリンがいるのではないかと。ゴブリンだけでなく上位種のホフゴブリンも確認できています。」
「それは多すぎるな。一体どうやって使役するつもりなんだ?ゴブリンの従魔化の実験をしたが知能が低すぎて全く命令を聞かなかったからな。公爵令嬢は時間をかけて調教すると言っていたが方法が違うようだな。ホフゴブリンがいても大して問題は無いが今後の動きが想像できない。国境方面に移動していく可能性は?」
「あるかもしれません。むしろそれが狙いの可能性も。」
指揮所の上は物見櫓になってるそうでそこから観測しながら今後の対応を検討する事にした。
自軍の陣地は大きくとられており防壁は2重で内外に塹壕と柵がさらに組み合わせてあった。
防壁は土が塗られておりしっかりとしたつくりになっている。
この世界には銃火器はないので塹壕はその意味を成さないがいざとなれば空堀として活用できるし、敵に察知される事ない通路として使われていたり倉庫や寝床にも活用している。
陣地の後方には塹壕を掘った際の土で砲台がしっかりと作られており、30門のカノン砲が並べられていた。正面から見えないようにしっかり壁とカモフラージュで保護されている。
何箇所も城壁の側に足場や監視塔を建ててあり立派な砦になっていた。
周囲の森林からも適度な距離も在るし敵軍のいる町までも最適な距離だ。
「しっかりとした砦になっているな。残りのカノン砲はどうした?」
「ここに並べらるのは30門が限界でした。それに必要に応じて移動できるものも必要かと思いあちらに待機させています。追加の砲弾も届きましたので準備は万全です。」
「そうか、敵は篭城の構えみたいだな。ゴブリンを使って攻めるつもりなのかもしれないな。右を見ても左を見てもゴブリンの巣だし3方向から攻められたら厳しいな。補給はどうしてる?」
「1つ手前の町を経由して運ばせていますし、備蓄もしっかりと。2カ月は補給無しで戦えます。ちょうど補給部隊が来ましたよ。」
砦の後方には何台もの魔車と騎兵そしてスケルトンが列を成して移動している。
運搬はスケルトン達が中心で行っているようだ。
「スケルトンを使っているのか?」
「毎日行き来をさせると兵では疲労がたまりますのでフォックス将軍のご配慮で。輸送時に何度かゴブリンとの戦闘がありましたがおかげさまで被害はありません。」
不自然なほど順調だが敵の狙いが読めない。
単純にゴブリンの物量作戦なのか?
「了解した。フォックスもご苦労。それでゴブリンについて詳しく教えてくれ。」
フォックスは恭しく頭を下げた。
「ゴブリンの調査隊はあまりのゴブリンの数の多さに難航しております。少なくない被害が出ましたので現在は観察のみ行っております。スケルトン部隊が討伐作業を行ってくれていますが砦と街道の周囲の討伐で手一杯といった状況です。」
フォックスも同意するように小さく頷く。
スケルトンの数が少ないにしても討伐が間に合ってないとは一体どうやってそんなに増やしてるんだ?
モンスターの卵を産むメカニズムは解明されていないのにそんな事が可能なのか不思議でしょうがない。
性別も生殖器もなく、交尾は必要なく卵で単為発生するはずだ。
森の中にいるので直接全てを見ることは出来ないがおぞましい数のゴブリンが犇めいているのは間違いない。
「敵に投降を促すため文書を作成して軍使を出せ。それと同時に司令部にこの周囲にゴブリンの大量発生の可能性を知らせて守りを厚くするように指示を伝えてくれ。砦の兵には戦闘準備にさせておけ。先制攻撃はカノン砲を使う。性能を知られないように決まりを厳守するように砲兵に再度徹底させておいてくれ。……ん?補給部隊にどうして女が混ざっている?」
一部の魔術師や従卒以外は今回動員しているヘンリル軍には女性はいない。
種族は色々だが見るからに一般の女性だ。
「洗濯や炊事に雇って欲しいと手前の町から要望がありまして、人でも足りないのでお願いした次第です。毎日入れ代わりで来ています。夜の商売をする者も多いので…まずかったでしょうか?」
そりゃ女がいると助かる事は多い…夜の相手も必要だろうしな。
「いや構わんが本格的な戦闘になれば退避してもらわないと安全は保障できないからな。敵への軍使は明日の朝一にして今日は戦闘準備に当てろ。フォックスはシロと協力してゴブリンを朝まで可能な限り潰して前方に追い込むようにしてくれ。後方に逃げられると厄介だからな。ところで俺にも1人まわしてもらえたりする…か?」
…
なんだよ、その沈黙は?
地獄を見てきたんだから少しぐらい癒しを求めてもいいだろ?
「閣下、それはおやめください。平民の田舎娘ですので立場上問題がございます。それに、ライラ様の監視網がありますよ。軍内に内通者がおりますので。諜報部も閣下のお妾が統括しておりますし情報は必ず掴まれますが宜しいのでしょうか?閣下は存じ上げないかもしれませんがそれなりの者が従卒としてきております。誰の指示か分からない事を考えるとライラ様の可能性が濃厚です。大丈夫ですか?」
「…」
そこまで見越して手を打ってくるのか?
逆にやりづらいだろ。
拷問か?
「それはまずいな。非常にまずい。今の話は無しだ。その従卒というのは?」
「私では詳細は分かりませんがおそらく貴族の子女かと。」
「一軍の将が知らないのかよ…それこそ大丈夫か?」
「これは私の経験からの助言ですがいくら閣下が強かろうとも嫁を勝てません。ましてやライラ様などには。無駄な抵抗されない方が宜しいかと思います。従卒とであれば大丈夫でしょう。」
なんだか急に萎えてしまった。
「忠告ありがとう、そうするわ。飯を頼む。」
将軍は目を瞑り静かに頷いた。
肩を落としでとぼとぼと歩きながら案内されるがままに自室に向った。
同情するなら自由をくれ!
◆
従卒の超美人のエルフと犬獣人に一晩で色々と溜まっていたものを全て綺麗に出してもらいすっきりとして朝を迎える迎える事が出来た。
身の回りの世話はもちろん危険が生じれば身代わりになって死ねと言われてきたそうだ。
本人達もそれで一切の不満もなければ光栄な事だと誇らしげに言っていた。
これで彼女達は箔が付くそうだ…貴族社会もたいへんだ。
「一般人を退避させて軍使を向わせろ。返事が来るまでに準備を整えさせておけ。」
後方には数台の魔車が住民を乗せて町に向い、敵軍には1台の魔車が軍使を乗せて出発した。
良い返事はもらえないだろうがこれで開戦となるだろう。
敵軍に向った魔車が町に入ってから一時間程たった時、敵の城壁から何かが投げ捨てられた。
遠見で見ると使いに出した兵士5名が殺されてそのまま捨てられたのだ。
「敵が軍使を殺して捨てやがった。答えはよくわかった。総員戦闘準備。砲兵は前方の町の防壁及び門を中心に10門、左右に10門ずつゴブリンの密集しているであろう場所に向けて砲撃を開始しろ。」
攻撃の指令を受けて伝令が攻撃開始を伝えると中心となるカノン砲が観測の為に3方向に向けて一撃ずつ射撃をした。
弾薬ではなく魔石式なので発射音が知っている大砲とは異なり
ポォーーン
と間の抜けた発射音で立てて撃たれた。
さほど大きくないおもちゃのような音で撃たれたカノン砲であるが正面の敵の城門より左上の城壁を吹き飛ばす威力だった。
射撃の補正が行われてて2発目は城門近くに着弾した。
再度着弾観測から補正を加えたところで一斉砲撃が開始された。
連射速度や連続発射数を悟られないために発射タイミングはあえてランダムにしている。
俺だけは緊張感の無くなる発射音を聞きながら周囲を見る。
実戦での砲撃は始めてであったが威力は凄まじい。
一撃で門が吹き飛ばされて城壁もそこらじゅうが崩れている。
数発撃ったところで正面への砲撃は町の向こうにいる敵陣に向けて砲撃をすることにした。
町の防壁は既に崩壊している。
このまま継続射撃すれば住民に被害がでてしまうからだ。
スペクターを使い上空から観測をして砲撃をする。
補正を繰り返しながら確実に敵陣に砲撃をしていく。
この世界にも重力がきちんと存在するので町を飛び越える曲射が可能なのだ。町といっても高い建物があるわけでもないので比較的容易だ。
森には広範囲に次々と砲撃していく。
木々をなぎ倒してクレーターを作っている。多くのゴブリン共を屠っているだろう。
比較的大きな間隔で砲撃を続けて1門あたり30発ほど撃ったところで森からゴブリン共が溢れ出てきた。
砲弾は1門あたり100発は有るので今回は半分まで継続させる。
溢れ出てきたゴブリンは混乱しており平地で右往左往している。
「将軍!」
将軍から発せられた命令で砦から弓と魔術が次々に放たれて、ゴブリンを倒していく。
接近してきたゴブリンは待ち構えていた槍隊に防壁の隙間から次々に刺し殺されていく。
「このまま削っていけ。無理に外に出るなよ。」
開戦と同時に敵兵に甚大な打撃を与える事には成功したが、倒しても倒しても涌き続けるゴブリンに戦場が埋め尽くされようとしていた。




