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そこは、影という概念がなく、辺りは、とにかく白い。
白くて空間の把握が出来ないほどだ。
何もない、終わりもない、無のみ。
長時間この場所にいたら、気が狂ってしまうだろう。
そのくらい異様な空間だった。
その空間に、唯一色がついた和子が、横たわっていた。
和子は、屋上から落ちる前と同じ姿で、黒色のセーラー服を着ている。
怖いくらいに整然としている空間の唯一の個性だった。
その空間の中で、声とも言えない何かが響きわたった。
しかし、それは言語化できる不思議な音だった。
「……少女よ、目覚める時がきた。
いや、伝説の勇者……。
お前は、古の誓約に基づき勇者になった。
力を解放し、悪を倒せ。
そして、正義の光を世界にもたらせ。」
「……………、ん。」
「………………。
お前は、選ばれし痣の継承者だ!
自分でも分かっていない力がお前には秘められている。
……その大いなる可能性に賭けて召喚した。
……世界を救うのはお前しかいない!」
「うーん、……。」
「目覚めなさい!!
ドラゴンの血を引くものよ!
大地を割り、空をも穿つ!
その力を使って、世界を救え!!」
「……。」
「………………。
うおおおきききいいろろろおぉぉ!!!!」
「ひゃあああああああぁっ?!?!」
和子は、突然の爆音に素っ頓狂な悲鳴を上げて飛び起きた。
「……もう、何なのこの子ー。
全っ然起きないし、調子狂うわ~。」
「だ、誰ですかっ!!」
「神様です」
「……ええええええぇぇぇ!!!」
「……アホそうな子ねぇ。
何でこんな子連れてきちゃったのかしら……。」
「ここ何処ですか!私どうなったんですか!
これからどうなるんですか!!」
「……はぁ???
貴方は屋上から落ちて死んだのよ。」
「……。
や、やっぱり……死んだんだ。」
和子は、死の直前に感じた後頭部の激痛を思い出し、無意識に手を後頭部に置いた。
といっても、一瞬で死んだので、痛みも一瞬だったが。
「安心して、貴方は違う世界で生き返るから。」
「……え?」
「貴方は勇者として選ばれたのよ。
違う世界で生きて人間を救ってほしいの。」
「えええええええええぇぇ!!!??
私、無理です!!!!
運動神経悪いし、馬鹿だし、間抜けだし!!!
底辺で生きている人間なんです!!!」
「……おうふぅ。
聞いてるこっちが悲しくなったわ……。
大丈夫、それは、神様パワーで勇者補正が付くから。
貴方に合った能力が付くわ。」
「……あ、あの!
な、なんで私が勇者に選ばれたんですか…?」
「……それは、貴方が丁度パクれそうな魂だ……っゲフンゲフン、貴方の魂には勇者の素質があったからよ!」
「……え?
パ、パクってきたんですか……?」
和子は、顔面を蒼白にしながらおそるおそる聞いた。
「……だって、貴方の世界って人間が支配しているんでしょ?
私は、人間を助けて欲しいから、そっちの世界にいる人達の方が上手くいくかなって思って……。
それに、もう一回生き返れるってラッキーだと思わない?」
和子は、何だか丸め込まれそうになったが、神様の話している内容を思い出した。
神様は、「人間を助けて欲しい」と言っていたが、人間以外の何かが支配をしている世界ということなのだろうか。
「ま、まって下さいっ!!
人間以外の生き物がいるんですかっ?!」
「え、それは……。
……貴方の世界にも生き物は人間だけではないでしょ?
それと同じよ!!」
「 …そ、そうなんですか?」
「そう!!!
人間以外の生き物がいるってことは全然普通!
それに、貴方以外の人達は皆んな人間に生き返ったから!」
「私以外の人も勇者がいるんですか……。」
「そう、なにも問題いらないわ!!
それに私が、容姿端麗、文武両道な完璧な美少女に転生させてあげる!
これで人生ウハウハよ!」
「でも……。
この世界の魂じゃないってことは、ダメなんじゃないですか……?」
「もうっ、煩いわね!
私が良いって言ったら良いの!!」
どんどん墓穴を掘っていく神様だが、和子は青い顔で黙ってしまった。
「……見てなさい、私が完璧超人に転生させてやるんだから……。
…………………、んっ……あれ?
……ちょっと千年振りのスランプかな?
……、んーー?
あっごめん。
間違えちゃった。」
「えええええええええぇぇぇ!!????」
「ごめん、なんか失敗しちゃった。
……どうなるか分からない、テヘペロ☆」
自称神は、軽い調子で悪気なく謝った。
和子の体は、すでに透けており、この不思議な空間から消えそうになっている。
「運が悪かったってことで。
……いや、こんなこと滅多にない。
逆に運が良い???
うん、滅多にでない大凶を引くと運が良いっていう、おみくじみたいなものだよ。」
神は意味の分からないことを言って、この場を終わらせようとしていた。
その時、和子は何か言おうとした。
しかし、何も言えなかった。
てきとうな神様にてきとうな運命にさせられているのに、呆然と見ているしかなかった。
今まで、流されて生きてきた和子にとって、誰かに反抗して自分の生きたいように生きるということが出来なかった。
それに、分からないことだらけなので、何を言ったらいいのかさえも分からなかったのだ。
ただ、和子は、呆然と石になっていることしか出来なかった。
しかし、そうしている間にもどんどん体が透けていった。
透けた部分は、感覚が痺れて無くなっていく。
それと同時に意識も薄くなっていき、全ては夢だったんじゃないだろうかというほど意識は微睡に落ちていった。
そして、和子は、足のつま先から頭まで、すっかり無くなっていた。
和子がいなくなった空間は、また重苦しい静寂が支配していた。