うちのトラさん
何時もより少し長めになりました。
ちょっと文が崩れてるかもです。
うるさい。
うーるーさーいー!
「坂下君って顔怖いけど、優しくて結構良い人よね。気も効くし」
同期の女子会でそんな事を言ったのは、私と同じく総務部で受付嬢をしている玲姉さんこと江藤玲だった。
「あぁ!わかるわかる!なんか、機材運んでたら手伝ってくれたり紳士なんだよね」
同調したのは開発部の小林美沙だ。
「えぇー。私あの威圧感のある感じとか見た目の時点で無理だぁ。怖ぁい」
そして、それを否定したのは経理部の近藤明菜。
この三名とプラス私、三池千春が同期十二名の中の女性陣である。
玲姉さんは『女豹』と言っても納得の、恋多きイケメンハンターだ。グラマラスなボディにスラリと高い身長、艶やかなストレートの髪と口元のホクロがまた色気を感じさせる。女性陣の中ではただ一人の院卒で、頭も大変よろしい。
正直、受付嬢するのも勿体無い気がする。受付嬢が悪い訳ではないが、玲姉さんのハンターとしての対人スキルは営業向きなのではないかと常々思う。
そんな玲姉さんは、恋人が出来ては別れる短期的な恋愛を楽しんでいる。一夜の恋なんてのもザラだ。もちろんイケメンに限る。本人曰く、運命の相手を探しているらしい。乙女か!
美沙は、人懐っこく『女は愛嬌』を地でいっている女だ。容姿はこれといって秀でている訳ではないがショートカットで笑顔が可愛く、彼女の周りにはいつも人がいる。男性の多い開発部で女伊達らにやりあっている、仕事もできる女性なのだ。
開発部の部長が、密かに美沙のことを狙っているのを私は知っている。32歳で部長まで上り詰めたやり手部長もメロメロなのだ。
32歳の部長と24歳の美沙では8歳の年の差があるが、まぁ美沙も守備範囲内だろう。部長良い人だから、美沙と引っ付かないかなぁ。美沙も満更じゃ無さそうだし。頑張れ部長!
明菜は、この中で最年少。短大卒の22歳だ。ゆるく巻かれた髪に、垂れて眠た気な目、綺麗に施された化粧、清楚なワンピース。今時の女の子って感じの子だ。ぽってりとした唇がチャームポイントらしい。
甘えるような口調は癖らしく、先輩に何度注意されても治らない。とうとう、先輩達も匙を投げた。そもそも彼女は仕事は出来るのだ。敬語は使えているし、外部との対応を控えさせる方向で仕事を割り振っている。もともと接待を苦手としていた明菜はそれを諸手を挙げて喜んでいた。
そんな明菜は、幼馴染みの彼氏と年内に入籍予定で幸せ真っ盛りだ。幸せ分けろこのヤロー!彼氏の事を話す時の明菜は、何時もの二倍程は可愛い。
今日は、年末も近くなってきたということで会社の忘年会よりも一足先に忘年会しちゃおうという女子会なのである。発案者は美沙だ。
女性が集まると、やはり盛り上がるのが恋愛トークである。ラブラブな彼氏と同居中の明菜の惚気から始まり、美沙の気になる人(名前は伏せていたが内容的に部長だろう)の話、そして玲姉さんのちょっと大人な恋愛話などなど。
だが、玲姉さんの話はミケには早いとか言って殆ど明菜に耳を塞がれていた。ちょっと待て!君私より歳下でしょうが!!
そんな話をしていて、今度は社内では誰となら付き合えるかという話題になったのだ。とんでもなく上から目線な話だ。そして、最初の玲姉さんの言葉である。トラさんを偉く気に入っているようだ。なんだか面白くない。
彼女たちの話を聞きながら頼んだカクテルをちびちび飲む。あー、これちょっとアルコール強めだ。失敗した。
「坂下君、背も高いし顔だって悪くはないじゃない?悪く言えば強面、よく言えば男らしいって感じで。バスケやってただけあって良い身体してそうだし」
「やーん。玲姉さんのエッチー!だけど確かに腕とか筋肉質で良い感じかも」
「腹筋とかも割れてそうな感じはするよねぇ。まぁ、私はしんちゃんの締まりがなくてだらしないぷよぷよボディの方が好みだけどぉ。」
ちょっと待て明菜。それ彼氏を褒めてるのか⁉︎ディスってるわけじゃないんだよな⁉︎
…確かにトラさんは良い身体をしている。一緒に夕食をとるようになって半年が過ぎたのだが、最近は家に行くとトラさんはリラックスモードのジャージに着替えている。夏場のTシャツで伸びをした時見えた腹筋は素晴らしかった。きっと私がパンチしたってダメージは無いに等しいだろう。
そしてバスケをしていたからこその、腕の筋肉。何度手が伸びそうになったことか…。流石に彼女でも無いのにお触りはナシだろう。トラさんの彼女はいろんな意味で幸せ者だ。
歴代の彼女たちはあの腕で抱かれて、あの逞しい胸板に頬擦りして、あの引き締まった腰に腕をまわしたのだろうか…。そして…そして…。
あぁ、モヤっとする。
「ねぇ、ミケはどう思う?」
「ぅえ⁉︎」
ヤバい聞いてなかった。
「だからー、同期の男性陣の中で誰が一番かっこいいかって話!」
「そりゃあ、今野君だよねぇミケ?」
「私は坂下君押しだわ」
「えー!絶対に坂下君は俺様だって!釣った魚に餌をあげないタイプだよきっと!」
美沙。トラさんは釣らない魚にも餌をばら撒くタイプだよ。餌貰ってるもん私。
「で!誰⁉︎」
「…坂下君かな」
「ほらー!ちょっと位俺様で強引な感じでも男らしくていいわよねー?」
違うよ玲姉さん。トラさんは紳士で控え目だよ。酔っ払いの介抱もしてくれるし。
「身長高いから、あっちの方も大きそうよね」
玲姉さんのその言葉に、飲もうとしていたカクテルを吹き出す。ヤバい、鼻から出たかも。
「ちょっと玲姉さぁん!変な事想像させるからミケが吹き出しちゃったでしょお」
「ごめんごめん。でも、一回くらい試してみてもいいかも…。今度誘ってみようかしら」
玲姉さんが…
一夜のお相手に…
トラさんを…?
「ダメ!!!」
思わず大きな声で言ってしまった。もしかしたら大分酔ってるのかもしれない。
「ミケ?どうしたの?」
「トラさん真面目なんだから、玲姉さんの一夜のお相手なんて絶対ダメ!」
「と、トラさん?」
みんな一様に目を見開いてこちらを見ている。明菜も何時もの眠そうな目がぱっちり開いている。
「トラさんって、坂下君のこと?」
「ヤダヤダ!トラさんって呼ばないでー!私以外の人が呼んじゃイヤー!」
最早自分が何を言っているのかもよくわからない。カクテルが効いているようだ。何時もは飲み過ぎたりしないのに、今日は倍は飲んでしまったかもしれない。
「ミケ、坂下君と付き合ってるの?」
「私にトラさんはもったい無いやろー!トラさんは私の天使なのー!!」
私の言葉に、美沙と明菜が吹き出した。玲姉さんも肩が震えている。何か文句でも??
「天使…。に、似合わな…」
肩を震わせ、声を震わせ、玲姉さんがつぶやく。うるさい。うーるーさーいー!トラさんはあんな見た目だけど、心は天使なんだぞ!!
「もういい!もう知らん!!」
「あ!ちょっとミケ⁉︎」
勢い良く立ち上が…ろうとした。だが、アルコールの効きすぎた私の足はよろけてまともに立てはしない。ヤバい。こんなに酔ったの初めてかも。
「うぅ…助けてートラえもーん!」
半ベソでへたり込む。眠いし、馬鹿にされるし(トラさんが)、みんなに醜態を晒してしまったし最悪だ。迷惑かけると分かってるのに愚図るのを止められない。
「ミケ⁉︎どうしよう誰かミケの家知ってる?」
「知らないけど、目白の方だったよね?」
「んー。もしかしたら坂下君なら知ってるんじゃなぁい?」
「あ!確かにこの感じなら知ってる可能性はあるわよね!ちょっと電話してみるわ」
そう言って玲姉さんが電話をかけるのを私はぼーっと眺めていた。言葉が頭に入ってこない…。
「あ、もしもし坂下君?遅くにごめんなさいね。実はミケが酔っ払って家の場所が分からないんだけど、ミケの家知らない?…え?…そう。わかった。待ってるわ。ありがとう」
「どうだった?」
「坂下君、今から来るって」
「えぇ⁉︎ミケを迎えに来るのぉ?どんな関係なのかすっごい気になるぅ」
「問い質すのは今度になりそうだけどねー」
みんなの視線が私に集まる。とりあえず手を振ってみた。
「こんなミケ初めてみたわね」
「本当にね。あんなに熱のこもった台詞初めて聞いたねー」
「こんなに無防備なのもねぇ。今日は珍しいことだらけだねぇ」
三人が楽しそうにお喋りしているのを聞いていたら、本当にウトウトしてきた。頭が舟を漕ぐ。
その時、私達の飲んでいた個室に向かって足音が近づいてきた。店員とは違う慌ただしい足音だ。襖の横の柱をコンコンされる。と、同時に聞き慣れた声が聞こえてきた。
「坂下だけど」
「早かったわね!ミケはここよ」
玲姉さんが襖を開けると、トラさんが立っていた。ネクタイが無いのを除いて、会社そのままの格好だ。帰ったばかりだったのかもしれない。ネクタイを外してるワイシャツの襟元から見える鎖骨がセクシーだと思ったのは内緒の話。
「トラさんだー!!」
ほにゃりと笑って、両手を広げた。
だが、いつも以上の怖い顔でツカツカと私の方に近づいて来るとチョップと説教が襲ってきた。
「いだっ!」
「なーにーがー『トラさんだー』だこのアホ!前にも注意したのに一切学んでないな。人様に迷惑かけて!俺が来なかったらどう帰るつもりだった!!」
「どうにかして…」
「帰れるのか?」
「無理です。すいません。家まで連れて帰ってください」
やーん。トラさん怒ってらっしゃるー。
玲姉さんはトラさんを迎え入れた時と同じく、襖に手をかけたまま固まっている。美沙と明菜も、顔のパーツが開ききった間抜けな顔をしている。美沙は食べようと箸で持ち上げていた唐揚げを皿の上に落としてしまった。
「江藤。連絡くれてありがとな。三池は俺が連れて帰っとくから、まだ飲むなら続けてくれ」
「…えーっと、坂下君とミケの関係性が見えてこないんだけど」
玲姉さんの言葉ももっともである。私達は会社では挨拶くらいしかしない。
「同じアパートなんだよ。だから部屋もわかるから鍵出させて家に放り込む」
「そーんな事言ってー、本当は美味しくいただいちゃうつもりなんじゃないのー?トラえもーん」
衝撃から立ち直った美沙がにまにましながら失礼な事を言う。こいつも結構できあがっている。
「…せっかく頑張って築き上げた信頼を、こんな事で壊せるか」
トラさんが口をへの字にしてそっぽを向く。すねてるかわいいなぁ…。
「…坂下君も大変ね」
「まぁな。ほら、三池!帰るぞ!」
「ん」
トラさんに向かって両手を突き出す。トラさんはそれを引っ張って起こしてくれた。
「あーもう!コートこんな風に置いたらシワになるだろ!ほら着て!忘れ物ないか?」
「あっこ、ケータイ」
「あー、はい!じゃあ忘れ物無いな!」
「んー」
「坂下君、お母さんみたいだねぇ」
明菜の言葉に、トラさんは嫌そうに顔を歪めた。あ、そうか。今の言葉トラウマぐっさぐさのやつだ。
「トラさん」
「なんだ?」
「歩けない」
トラさんが固まった。
それから暫く動かなかったが、一つ息を吐いて私に背を向けた。
「嫌だ!トラさん待って!」
「あーもう勘違いするな!おんぶだおんぶ!ほら乗れ!!」
顔を赤鬼の様にして、トラさんが怒鳴る。手には私の鞄。なんて紳士なんだ!私はトラさんの背に飛びついた。
「うぉ!…こんな勢いよく飛びつけるなら歩くぐらいできないか?」
「できんって言っちょんやん」
ふふっと笑ってトラさんの首に腕をまわして、ぎゅっと抱きつく。トラさんの硬めの髪の毛が顔に当たって少しくすぐったい。トラさんいい匂いがする。
「坂下君…おんぶって!そこは普通お姫様抱っこじゃないの⁉︎」
「前に抱えると転んだりした時危ないだろ。腕疲れるし」
トラさんは合理主義者なのです。
「トラさーん」
「んー?」
「ごめんねありがと」
顔を見て言うのが怖くて、首元に顔を埋めたまま言うとトラさんがくすりと小さく笑ったのがわかった。そして頭をぽんぽんと軽く叩かれた。
「本当にな。今度からは酒飲む時気をつけろよ?」
「はぁい」
「じゃあ、帰るわ。これから三池の分の代金払っといて」
ポンと諭吉さんを一人、机の上に出す。
「さすがにこんなにかからないわよ!」
「なら、差額は江藤たちの代金の足しにしていいよ。悪いな、奢りとはいかなくて」
「いやいや、悪いのはこっちよ。本当ににいいの?お言葉に甘えちゃうけど」
「どうぞ」
「やったぁ!坂下君ありがとぉ」
「ありがとー!今月金欠だったんだ!」
トラさんにみんなお礼を言っている。トラさんが相手してくれなくてつまらなくなった私は、トラさんの耳に噛り付いた。
「いった!!何してるアホ」
「ぎゃん!!!」
横頭での頭突きを食らいました。
「じゃあまた月曜日な」
「ばいばーい」
トラさんの上から三人に手を振って、店を出る。出てすぐタクシーに乗って、家まであっという間だった。
そのあっという間に寝てしまった私が、またトラさんに迷惑をかけるのはまた別のお話…。
。。。
「玲姉さーん。私も坂下君派に乗り換える」
「私もぉ」
「ねー!ミケに向かって笑った時の顔は優しそうで、ちょっとキュンとしちゃったー」
「ミケも、何時もより子供っぽかったけど、何時もの倍は可愛かったわよね。あのほにゃっとした笑顔とか…」
「でも、ミケって猫じゃなくてワンコ属性なんだねぇ。私、坂下君に向かって千切れんばかりに振ってる尻尾が見えたきがしちゃったぁ」
「私もー。あーぁ、あれで付き合ってないだなんてどーなってんの」
「月曜日はみんなでランチね。ミケに詳しく話を聞かせてもらいましょう」
「「さんせーい」」
ミケが帰った後、そんな話になっていた事をミケはまだ知らない。知るのは月曜日の昼に三人に連行された後のことである。いじり倒されるのを知らず、ミケさんはぬくぬくと平和に休日を過ごすのでした。