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おやすミケ


き、気まずい!


バーのカウンターに隣り合って座った人物を横目でチラチラ観察する。あ、もう次の酒か。ペース早いなー。お次はワインのようだ。チーズと生ハムのツマミも注文する。いいなー。美味しそう。


と、チラチラがジーッとに変わった時に坂下君と目があった。それはもうバッチリと。


「欲しいのか?」


でかい男が小首を傾げて聞いてきた。全く可愛くない。可愛くない筈なのだが、なんか大型犬を連想してしまった。シェパードとか。ん?そう考えると可愛いのか?

悶々としている私の返事を待つこと無く、坂下君はマスターに箸や皿をもうひとセット出してもらっていた。

いつの間に!強面の癖にスマートだな!!強面の癖に!!!


皿と箸を私の前に置くと、出てきたワインと共にさっさと食べ始めた。マイペースだな。

それにしてもこいつ、箸の持ち方も綺麗だし食べ方も飲み方も綺麗だ。こんなに厳ついのに。ワイングラスあんまり似合わないのに。


「どうした?食べないのか??」


手を止めて不思議そうに見つめてくる。

私は目の前の箸をチラリと見る。

どうしよう。あぁ、でも今飲んでる経緯を考えると今更か。


「絶対、笑わないでよ」


覚悟を決めて箸を持つ。きっと大丈夫だ。なんだか今日はいけそうな気がする!


「ちょっと待て。なんだその持ち方は」

「だから笑わないでって言ったでしょう!」

「笑ってない。呆れてるんだ」


片眉をあげて坂下君は私の手元を見ている。

握り込むように持った箸は、先端がクロスしている。とてもじゃないが、綺麗とは言い難い。寧ろ、小学校の方が綺麗なのではなかろうか。


「そうじゃない。こうだ。こう!」

「くぅ…無理です先生!手がつります!!」

「全く。今までどうやって食べてたんだ」

「もちろんお弁当も、フォークです」


その言葉と同時に、私の前にコトリとフォークが置かれた。顔を上げるとバーのマスターがにっこりと微笑んでいた。しまった見られてたか!いやん恥ずかしい。


礼を言って持ち替え、チーズと生ハムをぐっさり刺して頬張る。うまうま。

ジッと見てくるから食べにくいなぁ。

何だよそんな見つめると照れるでしょうが。

負けじと私もジロジロ見てやる。

あ、意外に睫毛長い。

目つき悪い訳じゃないのに何でこんなに威圧感あるんだろう。でかいから?あ、三白眼だからか。


自分の顔をジロジロ見られて、居心地悪そうに目を逸らした。よっしゃ勝った!

意味もない達成感に浸り、ツマミをもりもりと食べていると横から肩をつつかれた。

そちらを向くと、坂下君が手に紙ナプキンを持ってこちらを見ていた。何だ何だ??


「口の端にソース付いてる」


ぎゃ!


急いで紙ナプキンを受け取って拭うとバジルソースが付いていた。うわー。今日は本当に良いとこ無しだなー。恥ずかしさを紛らわす為にチューハイを煽る。くぅう!アルコールが染み渡るー!


何だかふわふわ良い気分になってきた。

もしかしたら、飲み過ぎたかもしれない。


「こら、零すぞ」

「んー」

「おい!三池!!」


手からグラスとフォークを取り上げられる。

そして、チューハイのグラスの代わりに水の入ったグラスが目の前に置かれた。


「坂下君気が効くーぅ。」

「三池って、意外と喋るんだな。」

「…言葉遣いに気をつけなかったらね。標準語苦手だから。流石にあんな口が悪くなるのは地元の知り合いの前だけだけど。」


そう。私は会社ではそう口数の多い方ではない。喋りたくないわけではない。ただ、方言や汚い言葉が出ないように考えて話そうとすると、話題が過ぎているだけなのだ。


ただでさえ、私の出身地のイントネーションは怒っているように聞こえると評判なのである。言葉くらいは治したい。 でも、ツッコミを入れようとしたりしたら咄嗟にでてしまうんだからしょうがないではないか。


「それに、一度みんなの中で確立されたイメージを壊すのって勇気いるんだよね」

「イメージ?」

「何というか、人物像?って感じ?ほら、私って中々可愛いでしょう?」

「…自分で言うのか」


坂下君が苦笑したが、事実だから仕方ない。

謙遜は行き過ぎると鬱陶しいのだ。それならば『私可愛いでしょ!』と言う方が『いや、自分で言うんかーい!』という会話に繋がるし、相手も返事に困らなくて好感が持てると私は思うのだ。


さて、そんな私の容姿だが簡単に言うと…。

みなさま、子犬や子猫を想像していただきたい。あんな感じだ。自分で言うのは何だが小さくて、愛らしい。


黒目がちな目、ふんわりとウェーブがかかった柔らかい髪、小さな身長、その他もろもろ。

護ってあげたくなるような外見に見事一致しているのである。純で穢れを知らない風に見えるのである。穏やかで大人しそうに見えるのである。見た目は。そう、見た目は。


「最初の方とかは、緊張してあんまり話せなかったんだけどその間にイメージついちゃって…」

「あぁ…『受付の子猫ちゃん』とかいうやつか」

「言わないでよ恥ずかしい!」


そう。私は総務課に所属しており会社の窓口で受付嬢をしているのだが、ふざけた誰かのせいでミケという渾名から偶に『子猫ちゃん』なんて呼ばれることがある。

なんでも、見た目と人見知りの性格と純粋そうな雰囲気からの名前らしい。

誰だそんな二つ名みたいなの付けた奴。厨二か!厨二病なのか!!


「そんな私が暴言吐いてみ。みんなガッカリするに決まってるでしょう。だから、私がこんなんなのみんなには秘密ね」

「まぁ、びっくりはするかもな」

「坂下君もびっくりした?」

「びっくりし過ぎて固まってただろ俺」


くすりと坂下君が小さく笑った。

わぁ。笑うときゅうっと目が細くなって一気に幼くなるんだ。なんかいいな。

今まで知ることの無かった同期の顔にちょっと得した気分になる。坂下君は基本そんなに表情豊かなほうではないのだ。お酒の効果か?


話すうちに、だんだんヒートアップしてきた。主に私の愚痴が。


「だってこの前なんて、女子会でちょーっと下ネタにノッただけなのに『いやー!ミケの口からそんなの聞きたくなかったー!』なんて言うんだよ⁉︎私もう24歳だよ⁉︎下ネタくらい普通に話すわ!!」

「ホント、顔面詐欺だな。三池」


坂下君は吹き出すと、ゲラゲラと腹を抱えて笑い出した。そんな面白い話だったか?今の。というか、今凄く失礼な事言われた気がする。


爆笑する坂下君を見ながら、先程取り上げられたチューハイを取り返して煽る。ほとんど飲んでいない坂下君のワインもいただく。残ったら勿体無いしね。あ、美味しい。


「あー、笑った。でも、箸の持ち方と言葉遣いは直したほうがいいかもな。頑張れ」

「箸のことは触れないでよ…」


あぁ。楽だなぁ。

最初に暴言を聞かれていた気安さからか、坂下君との会話は楽しかった。ポンポンと言葉も飛び交って小気味良い。

会社では気軽に喋れないし、偶にでいいからこんな風に楽ぅに会話できたらなぁ。


「そうだ!いいこと考えた!!坂下君たまーに一緒にご飯食べよーよ!!!」

「?なんでそんな話になったんだ?」

「だってさ、私の箸遣いと、言葉遣いを坂下君が直してくれて気が抜けて楽しく話しができて一石三鳥やん?」

「それ三池ばっかり得してないか⁉︎」

「えー。良いやんかケチー。奢るけんさー」

「そういう問題じゃない。というか、三池方言出てるぞ。って、それ俺のワイン!!」


坂下君にワインを取り上げられた。もうほとんど残っていない。くふふと笑うと呆れた顔をされた。


「むふっ、ごちそうさまでしたー」

「おいおい。めちゃくち酔い回ってるじゃねーか」

「なんか眠くなってきた…。おやすみ」

「ちょ、三池!三池寝るなって!!」


そこで私の記憶は途切れた。



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