41―保証―
遅れてすみません(´・ω・`)
「―――待ってください、先生!」
リョウ達が入れられている牢屋から幾分離れた区画をずんずん突き進む『先生』に王子が声をかけ、ようやく彼女が歩みを止めたことで追い付いた。
「はぁはぁ…先生、一体何があったのですか?普段はどのような事があってもめったに手を出さない貴女がそうそう気軽にあのような事をなさるとは思えないのです…が……」
王子がいつになく険しい表情で尋ね、最後の言葉が途切れ途切れになる。
王子の知る『先生』とは多くの国を跨ぐ商会を営み、豊かな財を持ちつつも常に政治のみならずあらゆる分野で『中立』の立ち位置を保ち続けてきた女性だ。それゆえに彼女の交流関係は世界中の誰よりも広く、国や派閥の垣根を越えて非常に多くの人々が彼女の下に集う。その中心には常に穏やかに笑みを称えつつ一歩間違えれば政治的な闘争になりかねない関係の人々が集う場を和ませる『先生』がいた。
そんな先生が今日王子の見ている目の前で非常に真剣な顔をして「リョウ」と名乗る青年にビンタを食らわせたばかりか、王子が追いついてその顔を覗き込んでみれば泣きそうで険しい顔をしていたのだ。絶句してしまったのも無理はない。
「サアル殿下…女性の顔をそう簡単に…のぞき込んではなりませんよ」
「っ!申し訳ありません!」
絞り出すように囁かれた『先生』の声を聞き取った王子は体ごと見えないように反転するとおずおずと背中越しにハンカチを手渡した。
「あぁ…ありがとう…」
「いえ…」
1分もしないうちに声を掛けられ、王子は改めて『先生』に向き直った。先生の顔からは先ほどのような泣きそうで険しい表情が消え、普段のような柔らかな笑みで彼を見つめていた。
「では…先生、一体何があってあのような行為に至ったのか話していただけますか?」
「そうですね…まず国が捕らえている人物に危害を加えたことを謝りますわ」
「まぁ…それに関してはあの青年も先生の事をかなり不躾に見つめていましたから先生が女性として反撃を行ってしまったということにすれば…まぁ問題ないと思います」
王子が苦笑しながら流す。実際の所第三者が牢に捕らわれている人に対してあのような行為に及ぶのは非常にまずいのだが、今回の件に関しては一見リョウのセクハラであり自業自得としか言えない。いつの世も女性という者は視線に敏感であるため、つい反撃してしまったと言われれば同じ男としてはなんとも強く言えないのだ。特に教えを教わっていた幼いころから隙あらば彼女の豊かな胸を見つめていた王子にとっては後ろめたい部分が多々ある。
「表向きはそういう事にしておきますから気にしないでください。あと…先生と彼はつながりがあるのですか?」
「…さぁ、本当に確証はないのだけれど…彼が私の探していた人物…のような気がするわ」
「やはり先生の知り合いですか」
「いえ、私も自信を持って言えないわ。少なくとも顔つきと雰囲気からして血縁者であることは間違いないでしょうね」
「では」
王子の強い口調に『先生』も薄々そう思っていたのか無言で目をつむる。しばらくして口を開いた。
「まぁ本人であろうとなかろうと血縁者ではあると思うから彼は私の探している人の手がかりを持っているでしょうね」
「血縁者ですらないという可能性は?」
「それは無いわ。彼の放つ気配を数百年は探してきたもの…今更間違えることなどあり得ないわ」
『先生』が自信たっぷりに言い切る。王子は微妙な気持になりながら話題を変えた。
「はぁ…気配など僕には良く分かりませんが先生がそういうならそうなのでしょう。問題は彼にも取り調べを行う予定が崩れてしまったという事ですね」
「あ…サアル殿下、申し訳ありません!」
事ここに至って頭が冷えようやく自分が何をやったのか冷静に判断できるようになったのか意外にも『先生』が素直に謝った。
「もうやってしまった事は仕方ないですし構いません。…ですが今戻るわけにはいきませんね。あんな妙に緊迫した空間は御免です。それにもう事情は伝わってしまったでしょうし…やりかけで申し訳ないのですが、これ以降は専門の取調官に任せます」
「なぜ……?そういう事ですか…サアル殿下、重ね重ね申し訳ありません」
王子が『専門の取調官』に任せるといったのは『先生』とリョウの醸し出す妙な空間を避けたいというのもあったが、主な理由は牢屋から離れてしまった事で自分たちではリョウが無罪かどうか判断できなくなったことにある。
先ほど二人が行った取り調べの中で効力を持つのは彼らが
「モヒカン達が王都に護送される最中で殺された」
という事を知らなかったという1点のみである。『先生』の用いた道具によりその裏付けは取れている。その事件を引き起こした当のスパイがそう言った事を「知らない」はずがないためローとアルの無実はほぼ確定した。
しかし、王子達が牢屋から離れて幾分時間も経ってしまった今、ローやアルは帰って来たリョウにその事実を伝えてしまっただろう。『先生』の使った道具は尋ねられた事柄を対象人物が知って居たかどうかを判定するだけの為その事実をいつリョウが知ったかという事は判断できないのだ。
故に専門の技術や能力を用いる取調官に任せなければリョウの容疑はグレーとなるだろう。こうした複雑な状況を生み出したのは『先生』が牢屋から離れてしまった事に起因する。それ故に彼女は謝ったのだ。
「仕方がありません。先生、このまま戻りましょう」
王子が『先生』を促してこれ以上の長居は無用と歩き出そうとするが、呼び止められて立ち止まった。
「王子、申し訳ありませんが、最後にもう一度だけお願いを聞いていただきたいのです」
「…何でしょうか?」
冗談とも本気とも取れない内容で脅しつつ軽い内容を申し込む普段とは違い真剣な表情での珍しい『先生のお願い』に王子の顔が引き締まった。
「もし彼らの無罪が決まった場合、彼らはどうなるのでしょう?ある程度の金銭を出されて…そのまま解放ですか?」
「そうですね…貴族たちや他国のスパイへの牽制とはいえアルさんとサラさんに『他国家隠密』の容疑がかかっていることをわざわざ大声で宣言したのはこちらですからその辺りも含めて真剣な謝罪と高額な詫び金が実行されるでしょうね」
王子が軽く考え込みながら『先生』の質問に答えた。
宿に置いてヤルディンが大声で宣言したがこれは不特定多数、それもある程度上級の立場にいる者を狙って行われたものだ。故に路上などではなくティエアル伯爵家の出資する上級宿で捕縛が行われた。
アルやサラが第2騎士大隊の面々の前で見せた魔法や実力…特にサラの樹魔法はアルの予想した通り少数の貴族の行動を引き起こした。
数多ある騎士団の1つスパイ対策専門の『情報騎士隊』というところがアル達の捕縛を決断したのだが、彼らがスパイとしてアル達を捕縛することを大声で宣言させたのは内部に潜り込んでいるかもしれない他のスパイに対し警告を与えるという目的があった。
そして貴族達はこの宣言によりそう容易には近づけなくなった。スパイとして疑われた人物に急接近した場合間違いなく何らかの疑念ありとして情報騎士隊に警戒される事になるため全ての貴族がその動きを止めたのだ。
これらの目的があって情報騎士隊はヤルディンに大々的に宣言するように命じた…つまりアル達は国によりその社会的信用が傷つけられたのだ。
彼らとしてはアル達が王都に来た直後であり十分な裏付け調査が出来ておらず不安だったが『疾風馬』という存在の影響で『このまま何らかの情報を持っていつの間にか王都から逃げ出されるよりは…!』という焦りがあった。
付け加えて言うならば将来の近衛である第2騎士大隊を救ったことでアル達は民間人よりも国家内部に多少踏み込んだ領域の事を知れるようになった。そしてスパイという者は小さくても突破口さえ見つければ予想外の情報を引き出せるような技術を持つ。特にサラの樹魔法を狙う貴族から樹魔法の極意を漏らす事と引き換えに機密を引き出そうとすることが最も危惧されていた。
これらの要因が重なり情報騎士隊はアル達を早期に捕縛することを決断した。入都した際にパーティメンバーであるリョウ達の存在が無かったことで「やはり何らかの情報が持っていかれたのではないか」と彼らに思わせたのだが…。
しかしその2日後に現れたリョウ達は自分の方から騎士の方へと来ておとなしく同行したばかりか少しずつ無実であることを示す証拠が挙がりはじめたのだ。今日王子が『先生』を伴って現れたのは彼女からの面会要望もあったがこの状況をはっきりさせる何らかの証拠を求めて来たのだ。
現状でも無実だった時のことを考え決断を下した組織情報部から胃の幻痛を感じる者が数名出ているのだが…この後王子が『アルとサラは無実の可能性が極めて高い』と報告したら本物の痛みとなることだろう。というか放置したら非常にまずいことになる…国家の信頼も、彼らの胃も……。
「そうですか…しかしその場合彼らの解放はかなり先に?」
「そうですね。専門の取調官の結果がどれほど早く出るかによりますが…早くても1週間はかかるでしょうし、その場合は非常に困ったことになるでしょうね…主に父上や宰相の胃が」
王子が乾いた笑いを浮かべる。正直なところ事後に話を聞いた身としては『何やってくれたんだ…』という気持ちが非常に強い。それは宰相や王も同じだろう。
「そうですか…」
「ここだけの話を言わせてもらうと誰か適当な貴族…それこそ公爵にでも彼らの身元を保証してもらって一時的に開放するという案もあったんですけどね」
王子がリョウ達の牢屋の方を見ながら話を続ける。
「保証をしてもらう貴族たちにとって彼らの出自が不詳だったり人柄が分からなかったりするのが一番の問題なんですよね……彼らの容疑上容易に面会を許可できませんし。既に面識のある第2騎士大隊の貴族の誰かに保証してもらう事も考えたんですけどあそこは若すぎて現当主ではなく子息しかおらず保証の説得力がないんですよ」
王子が困った口調で言う傍らで『先生』が考え込みながらゆっくりと口を開く。
「もし彼らのうちの誰かが私の探し人の手がかりを持っていた場合殿下に私から言おうと思ったのですが……」
「何でしょうか先生?」
「もし、私が彼らの身元を保証して引き受けると宣言した場合はどうなりますか?」
「……」
王子が黙って考え込み始める。
「残りの2人には会っていませんが先ほど会話や取り調べを通して私としては多分全員無罪だと思っています。……容疑が今度こそ確定するまで私が預かりましょう。公爵とまでは行きませんがかなりの信用が置けると思いますよ」
「………先生、ご自分が何を言っていらっしゃるか分かっていますか?」
「ええ。危惧なさっているのは私の『中立』の立場とは違うのではないか…という事でしょう?確かに今回の件は政治的な取引も多分に含み本来ならば私は手を出せないのですけれど…」
『先生』が唐突に歩きはじめ、王子も慌ててその後を追いかけた。
「本来ならば……今回は例外であると?」
歩きながら王子が『先生』に問う。
彼女の政治における中立性は非常に高く、それゆえに多くの上流階級の人々から強い信頼が寄せられている。その彼女が保証をするのならば多くの人々がリョウ達の無実を確信するだろう。そしてそれは国にとって願ってもないことだ。彼らの早期解放にもつながるうえに社会的名誉や信用の修復がはるかに容易になるのだ。
また、彼女が全面的にリョウを保証することで平民に謝ったのではなく一定の地位を持つ者に謝罪したという事になり頭を下げる角度が比較的軽くなる。……確かに裏ではリョウ達のみならず『先生』にも頭をかなり下げる事になるがこのまま平民に王が頭を下げるよりも高い社会的地位にいる者に対して王が頭を下げた方が表向き何とか繕えるのだ。
…まぁあくまでも比較的であって下げる角度は通常よりも深いのだが。
「ええ。彼らに関しては私の率いる商会も保証しましょう」
更に『先生』が特大の爆弾を放った。彼女の率いる商会は他国家間で営業しているためにそこが保証するとなれば国内の上流階級のみならず国内・国外問わず冒険者ギルドなど一般人の間でも信用が回復する。願ってもない事に王子の顔に衝撃が走る。
「それは…『表』ですか?」
「『表』も『裏』も両方ね」
「それは……正気ですか!?」
王子の顔から衝撃が消え、代わりに不安が現れる。彼女の言う『表』とやらも高い信頼を得ているがそれ以上に『裏』と言われるものは上流社会において非常に高い信頼を得ている。しかし『表』のみならず『裏』も動かすとなると彼女は少々どころではないリスクを負う必要があるのだ。そしてそこには一歩間違えれば死の危険すら存在する。王子が狼狽してもおかしくないのだ。
「『表』は私が束ねてるから問題ないし…むしろ『裏』の方が多分それを望んでいるでしょう」
「『裏』が保証してくれれば…確かにありがたいですが…」
「(………正直本気でシメたい人がいるのでとっとと早く手がかりを掴みたいんです)」
「…え?シ」
「どうかしました?」
『先生』の小声が聞こえ一瞬王子の思考が止まる。聞き返そうとするが『先生』が良い笑顔で遮ってくる。
「いや、さっき先生がシメ」
「なんですか?」
「(……何だろう先生が普段より乱雑な発言をした気が…そしてものすごく怖い)いえ…気のせいでした」
「そうですか、良かったです。で、私の提案は受け入れられるでしょうか?」
「…本当に構わないんですね?」
「ええ」
「では直ぐにでも父上…いえ、国王に伝えます。先生の商会の『表』も『裏』も彼らの身元保証をする用意があると」
「そうしていただければ私としてもありがたいですわね。…陛下にはくれぐれもよろしくお伝えくださいますよう」
「分かりました。…では先生、僕はここまでとさせていただきます。父上との話がありますので…あぁ君、すまないが、先生を正門まで頼んだ」
「ええ。…サアル殿下、本日はありがとうございました」
いつの間にやら彼らは牢への入口まで来ており、王子は付近に巡回で来ていた衛兵に『先生』を預けると国王へ相談をするために急いでその場を辞した。
ここまでです。
『裏』『表』…謎単語ですが近いうちに分かると思います(^ω^)
既に予想された方もいらっしゃると思いますが(^ω^)




