38―急転直下―
「―では、ネリー、僕たちはここで失礼します」
「はい、アルさん。しばらくはここで働いて身辺が落ち着いたら祖父テッケンに便りを出すことにしますね」
「それが良いわよ。今頃『トラベリア』にも『トレディア』の異常は伝わっているでしょうし出来るだけ早めにね」
「サラさんもありがとうございました。では!」
王都『ティホルン』にある冒険者ギルド王都支部の入口でアル、サラ、ネリーの3人がやり取りをしていた。ヤルディンを救出した後彼らは『ヤマタノオロチ』『第2騎士大隊』と共に二週間近く旅をつづけつい昨日王都に入ったのである。
しかし、入都した際に問題になったのが唯一あった。それは誰にとっても予想外であったことに彼らが連れていた『疾風馬』の一体、タケであった。アル達には知る由もなかったが『疾風馬』とは非常に高速でかなりの距離を駆け抜ける事の出来るこの世界における移動手段の中では│最上級の物である。
具体的に言えば時速100キロ近い速度を出せる…馬上に乗っている人物がどうなるかは置いておくが。少なくとも風を防ぐなどといった防御系の魔法を使えるのが騎乗の最低条件であると言っておこう。もちろん彼らはそう言ったことを知らなかったため通常の馬と同様の速度しか出させなかったり普通に荷物を持たせたりするぐらいしか活用していなかったのだが…。
その優秀さにより『疾風馬』の乱獲が行われた結果、現在では野生・飼育問わず生息数が激減し国が厳密な管理を行っていた。そこに未登録の疾風馬を連れたアル達が現れたため以前済ませた馬としての個体登録のみならず『疾風馬』としての登録も必須であったのだ。
なお、なぜ以前の2都市で問題にならなかったのかと言えば『レイヴン』のように魔力を速度に変換するような特殊な器官を持たないという一点に集約される。
一見すれば動きのいい普通の馬でしかないために普通の人には見破れず、リョウ達が迷宮に行く際に出会ったような『鑑定』の能力を持つ者でなければ分からないのだ。それも疑問に思わなければわざわざ普通の馬を鑑定などしないだろう。
王都襲撃など不穏分子の警戒の為に門に『鑑定』持ちが常時詰めている王都『ティホルン』だからこそ発覚したと言える。
…話が逸れたが、そういった事をどうにか処理した後3人は第2騎士大隊の隊員の案内によって王都の中でも上級に位置する宿に泊まることと相成った。疾風馬の希少性から厳重な警備が必要であったことと隊員の一人が運営資金を出す貴族家の一員としてその宿と親しい間柄にあったためだ。
なお、資金に関しては『ウエイトドラゴン商会』で買い物をした際に良い機会と捉えたローがそれぞれの資金を集め各自30万カクテを所持することにしていたため問題は無かった。警備も含め一泊5万カクテ持っていかれそうになったがそこは隊員の口利きで3万カクテ程に抑えて貰えたのは彼らにとって僥倖だっただろう。
そして翌日、彼らはネリーを王都のギルドに連れて行くとこれまでの事情を全て説明し、ネリーのこれからの安全確保を要請した。それが無事通りネリーは暫くの間ギルド付属の寮に泊まりしばらくの間臨時の受付嬢として働くこととなった。彼らはこれで一応暫くの間別れる事になる……無論アルとサラは冒険者として活動を続ける予定のため日常的に会う確率が高いのだが…そこはネリーという恋する乙女の気持ちを察してやって欲しい。
「―さて、これでひとまずは安心ですか」
「まだリョウ達の行方が分かんないけどね。後あんたらホントにくっついてないの?」
ギルドから宿への帰る最中にアルがつぶやいた一言にサラが苦笑いの気配をにじませながら返した。
「まぁそれもそうですけどね。今のところの切羽詰まった問題はこれで一通り解決したでしょう。ネリーとは…まぁまだ何も起きてませんよ。正直2日やそこらでもうあの街を発つことになるとは思いませんでしたが」
「それはあたしもよ。…ローが一緒にいるから問題は無いと思うんだけどね」
「…それはそれで心配なんですけどね。ローもローで町の外には出なかったんですしあまりいい予感がしませんね…」
「……そこは置いといてこれからどうするか考えましょうか」
会話を交わしながらサラは視界に入った喫茶店へとアルを誘った。その際生垣によって道からの視界を遮ったテラスの席に座ったのは偶然ではないだろう。彼女の持つ風魔法と樹魔法を用いてこれからの会話を余人から聞かれないようにするつもりなのだ。
「何をご注文なさいますか?」
「そうね…紅茶を2つ。それにあった食べ物を2つでいいわ」
「分かりました。甘い物は…」
「別に構いませんよ」
「分かりました」
暫くの間は雑談を交わし、紅茶と焼き菓子が2人の下に届けられると、サラは口を潤した後防音の魔法を周囲に張ると本題を切り出した。
「…さて、こんなものかしら」
「へぇ…これが樹魔法ですか。話したいこととはこれですか?」
「そうね。この世界の一般の人たちに知られたらちょっとまずいかもしれないし」
「宿で話さなかったのは?」
「壁に盗聴器でもつけられてたらまずいじゃない。…貴族がお忍びで利用するような宿がそんなものつけるはずはないでしょうけど」
「はぁ…これ以上はとやかく言いませんよ。…で、こないだの戦いの時から不思議に思っていたんです。サラ、貴女のスキルには『樹魔法』は無かったはずです。いつ取得したんですか?」
苦笑した気配をにじませた後、一転して真面目な声音でアルはサラを問い詰めた。
「取得した時期はあんたが町の中に戻った後ね。あたしもあの街の人たちから攻撃されてね…無効化するのにミニバージョンの砂嵐とかよく使ったのよ。後は黒竜戦の時に精霊魔法で水を出して土魔法と併せたのもあるかしら……要は土魔法がレベル50を突破して土と風魔法の合成で『樹魔法』を取得出来たわ」
「…取得の経緯は分かりました。では今は土魔法と風魔法は…?」
「まだ持ってるわ」
「何故です?スキルの取得制限は5種類まででは?」
「リョウ同様『6種類目』みたいな扱いね。あと『森林と親しき者』という称号も付いたわね。…ここからが本題よ。よく考えてみれば樹魔法を取得できると知ったのもゲーム内の掲示板…それもエルフ限定のだったわ。だから『精霊魔法』『土魔法』『風魔法』の複合に咥えて『エルフである』という事が多分鍵だわ。じゃなきゃ水魔法も必要になるはずだし、なによりもっと多くのプレイヤーが取得していたはず」
「だけど現実にはそこまで知られていなかったからエルフ専用であると。…それを惜しみなく不特定多数の前で使いますか…よりによって第2騎士大隊の目の前で」
アルはサラからもたらされた情報に思わず頭を抱えた。サラがエルフであることは第2騎士大隊の隊員には知られている。それ故に樹魔法をサラが使えてもおかしくないと思われていたのだが、サラの言い方を聞くにそう簡単な話で終わりそうになかった。
サラが樹魔法を使って見せたのが『第2騎士大隊』の面々であるという事が問題になってくる。
『第2騎士大隊』は王太子直下の騎士団である。そしてこれはアル達には知らされていなかったが将来王太子が王になった時そのまま近衛隊になる特殊な慣例を持つ。その関係もあり隊内の多くが貴族出身者で構成されていた。
隊長ヤルディンの豪快な気風が影響してかアル達が王都に来るまでに会話した隊員はその全てが素直な性格でありおおらかであったため問題なさそうであったが隊員から話を聞いた親など未だに実権を握っている貴族が聞いたらどう反応するか。
かなりの確率で『サラ』という冒険者を自らの勢力に加えようとするだろう。
サラの行使した樹魔法はそれ単体で戦場の情勢を覆すと簡単には言い切れないが非常に有益な魔法である。人を超える背丈のオークを覆えるほどの高さに伸び、しかも枝それぞれが敵…この場合はオークに対して攻撃を仕掛けたのだ。上を走っていた面々は隙間から牽制をするだけで陣中突破が容易であった。
戦場に置いて上を取られるというのは非常に大きい。人間の肉体は前方に力を押し出すことは容易にできても上前方に対し十全な力を発揮することは困難である。さらに今回サラが行使した『宴《家族》の大樹』はある一定数の集団が敵陣深くまで切り込むことを可能としている。こんなものが戦場で使えれば大きな戦力になることは間違いない。事実八本に別れた隊列の中で最も容易に突破したのがサラの率いた一群であった。
それに加え彼女の行使した樹魔法はまだ1種類だけであり、その他に関してはアルも含め誰も知らない。より利益をもたらし得る魔法を持っていてもおかしくないのだ。平和的利用と考えても連作のし過ぎでやせてしまった土壌を回復する魔法があっても不思議ではない。日常においても有益である可能性が高いのだ。
つまるところサラは第2騎士大隊の救出の際にその類まれなる能力を持つ『樹魔法』の存在とその能力を『シークアランス海洋大国』の上層部に暴露してしまい、貴重な樹魔法の行使者として狙われかねない立場になってしまったのだ。
「…あとね、もしかしたらだけどエルフ狩りが行われちゃうかもーって?」
サラが恐る恐るといった表情でアルの顔色をうかがいながらも更に悪い予想をもたらす。
サラが先ほど言っていた『樹魔法』の行使はエルフのみという予測…これは実は正しい。なぜならば『樹魔法』は『風』『水』『土』のうち2種類と『精霊魔法』を組み合わせる事によって発現し得るものであり、『精霊魔法』を行使できるのは精霊と縁深いエルフだけなのだ。
よってサラの確保に失敗した貴族や最初からサラだけではなくより多くの樹魔法をそろえたいと思う貴族が一般のエルフを狙い、樹魔法の修得を強制する可能性もあるのだ。
アルもその辺りは薄々感じていたため近いうちにサラに訊こうと思っていたのだが…予想以上に悪すぎる状況に思考停止していた。
「………」
「おーい…アルー?」
「……サラ、何てことしてくれたんです…」
「いや…ね?うん。『ヤマタノオロチ』には『冒険者にとって生命線である奥の手だからばらさないでね』って言ってあるわよ?一応。あと第2騎士大隊の人たちに関しては…『出来るだけ秘密にしてくれる?』って言ってあるし」
「…『人の口に戸は立てられぬ』って知ってます?」
「あはは…」
「はぁ…分かりました。やってしまったものは仕方ありません。出来るだけ身辺に気を付けるしかないでしょう。それとしばらくの間人目に付く形での『樹魔法』の行使は禁止です。エルフである事が必須条件とかは話していませんよね?」
「まぁそりゃそうよね。条件とかは教えてないわ」
「ならひとまずは大丈夫でしょう。条件がほぼ分かっていない状況で手出しはしにくいでしょうから僕達を狙ってくるのにさえ気をつければ問題ないです。
『エルフ狩り』…これに関してはもしこの世界に奴隷制度があったら最悪ですね」
「あ、第2騎士大隊の人たちの口止めの時にさりげなく聞いたら奴隷制度はこの国には無いらしいわ」
「それは朗報ですね。最悪ではなくなっただけましですか…他には何かありますか?」
「今のところは無い…かしら」
「ではとりあえず宿に戻りましょうか。しばらくは冒険者として活動しますが、出来るだけ風や土魔法で周囲に印象付けてください。くれぐれも樹魔法は人目に付かないとき、具体的には同行者が僕だけのときぐらいにしか使わないで下さい」
「はいはい。…一応あたしとしてもちょっとまずったなぁ…とは思ってるわよ」
「まぁ使用しないわけにいかない状況がこれから先存在しないとは言い切れませんからいずれはこうなったでしょうし、僕自身も多少自分のルーツをばらしてますから何とも言えません」
「ルーツ?」
「…それは宿に戻ってからにしましょう。お金を払っているとはいえ長居しすぎない方が良いでしょうし、そこまで重要性は高くありません」
アル達は喫茶店を出るとそのまま宿へと戻った…が、ロビーの休憩所にとある男性を見つけ声をかけた。
「ホーネストさん、どうしました?」
彼は王都に来るまでに親しくなり、宿の手配までしてくれた第2騎士大隊の隊員の一人、ティエアル伯爵家次男、ティエアル・ホーネストであった。
無論伯爵と言う爵位の関係上このようにアル達平民が気楽に接していい相手ではないのだが、命を救い親しくなったという事に加え、アルの語った騎士としての思想に深く共感したが故に親しい口調で構わないと本人に許可…と言うよりも要求されていた。
「…あぁ、アル達か。…お前らの出身の国ってどこだっけ?」
「え?前言いましたけど…『日本』というところですね。…今となっては帰れませんけど」
「うーん…じゃあもう一つ。『グランドナイツ』という名に聞き覚えは?」
「へ?」
サラは聞き覚えの無い名前に一瞬とぼけた表情を見せたが、アルは思い当たる節があるのか微妙に苦笑いの表情になっていた。
「『グランドナイツ』ですか…。ええ、あります。久方ぶりに聞きましたね…」
「そうか…すまん、アル、サラ。俺…と言うより第2騎士大隊全員からの言葉だ。『どうか間違いであることを祈っている』」
「え?何を…」
ホーネストが手を上げると、サラが疑問の声を言い終わるかどうかのうちにロビーの四方八方から第2騎士大隊の面々が現れた。その先頭に立つヤルディンが口を開き…
「こちらは第2騎士大隊だ。冒険者アル、冒険者サラ。両名に『他国家隠密』その他いくつかの容疑がかかっている。王城まで同行してもらうぞ。逆らえば切り捨てる許可も受けている。
…個人的には俺も『ありえないだろう』と言いたいところだが色々と複雑な状況になっていてな。すまんが文句は聞かずに連れて行かせてもらう。あと割と本気でこの命令は出てるから逆らわんほうが良い」
後半を小声でアル達にだけ聞こえるようにつぶやいたヤルディン以下数名に連れられ2人は状況がよく呑み込めないまま宿の外で待っていた馬車に乗せられた。
馬車にはホーネストとヤルディンも乗り込み、馬車の扉が閉められ、動き出した。
「あー…お前らにとって悪い事にはならんと思う。荷物や疾風馬に関してはティエアル伯爵家の方できちんと確保するらしいから心配すんな。…もう俺らから言えることは無いしお前らから質問されても一切答えられん。今のは独り言だ」
ヤルディンはそういうと宣言通り終始無言を貫き、以降馬車の内部には不気味な沈黙が下りた。
まさかのサラがポカやらかしてました(・д・)
アルが強制連行…!そしてアルのルーツとは!?
一体何なんでしょうね(・ω・)




