26―アルとネリーの勝負―
遅れました。
『―遭遇の影響―』の話番号を26⇒??に変えました。
ただ頭を上に向けるだけで遮るもの無く見える範囲全てが真っ黒に塗りつぶされた夜空が目に入り、その所々にまるで光を当てられた各種の宝石のように煌めいている様々な色の星が見える。
空から自らの周囲に視点を転じるとそこには山などが遠くに見える広々とした草原が広がり、まるで夜風が目に見えるかのように草原の草や植物がときたま波打っているのが見えた。
草原から目の前にある自らに熱を与えるとともにこの真っ暗な草原の中で唯一見える光源となっている焚き火を見つめ…その炎の奥に目を転じるとその手に新しい薪を持ちながら焚き火をつついている黒髪の女性と目が合った。
「…どうかしましたか?アルさん」
「いえ…ネリーさんが気にするような事じゃあありませんよ。ただ……ちょっとこんな光景…と言うか夜景を見て自分が小さな存在だなぁと思ったまでですよ。」
「そうですか?…にしても二人だけの見張りって何かどことなくワクワクしますね」
「はは…正直この辺りに出て来るのは野生の魔物ぐらいなのでしょう?あまり見張りが要らないような気もしますけどね」
アルとネリーの二人は『トレディア』への道中の野営の見張りをしていた。6人で3交代制のシフトで夜が明けるまで見張る…となっていたのだがそこは当然暗黙の圧力でアルとネリーのタッグで見張りをすることになった。最初にサラとハル、真ん中でアルとネリー、最後の夜明けまでがローとリョウであった。
アル自身この旅での友人たちの行動や話し方のそこかしこから『アル包囲網』とも言うべきこの状況を薄々察していたが、どうにも状況に流されやすい日本人の性かはっきりと拒否の言葉を出せないでいた。
「ふふ……アルさん、話でもしませんか?眠り込んでしまいそうですし」
「え?ええ、そうですね、ではどんなことを話しましょうか…」
アルが考え込み始めると、いきなりネリーが立ち上がって焚き火の周囲を回ってアルの隣に座った。
「え?ネリーさん、どうしたんですか?危険性がそうそう無いとはいえお互い向き合うことで周囲の視界を万全に確保するんじゃなかったんですか…?」
「いえ、正直言ってこの辺りでは警戒は無用なんですよ…基本的に野生動物は焚き火が見えれば避けるように行動しますし」
「え?しかし魔物の多くは逆に向かってくるとか…」
「ここはこれから行く『トレディア』の周辺に存在する迷宮の支配する魔力脈の領域の仲です。こういったところでは魔物は生成されませんから、焚き火を維持し続ける限りめったに襲われないんですよ」
「え?そういうものなんですか?と言うかいつの間に迷宮の領域?というところに入ったんですか?」
ネリーの話を聞いてアルは自分の周りを見渡した。目に入るのは仲間たちが寝ている馬車と馬たち、そしてどこまで続いているのか分からない草原だけだった。
「ふふ、じゃあちょっと講義しましょうか。そもそも魔物と迷宮内に出現するモンスターの違いは知っていますか?」
「ええ、魔力を体内にため込んで魔石を後天的に得たものが魔物でしたっけ。倒すと魔石は得られないが肉体は残る…。そして最初から迷宮が生み出した魔物がモンスター、倒したら魔石だけ残す…で合っていますか?」
「そうですね。迷宮のモンスターが落とす魔石で皆さんが視た中で最大級だったのは例の迷宮の最後の黒竜…とか言うモンスターでしたか」
「あ、そういえば僕たちあの時は疲れてて黒竜の魔石の事忘れてたんですよね。迷宮から出た後オウンさんが『この魔石も拾ってきたがどうする?ギルドに出すか?』って尋ねてくるまで完全に忘れてました」
「ふふ、それでは冒険者失格ですよ?と言っても迷宮に挑むのは初めてなんでしたっけ」
「はは…エインさんにも同じこと言われましたよ。『冒険者たるもの自分がリスクを払って得たものはきちんと確保しなくちゃやっていけねぇよ』って」
「ふふ…。では次に聞きますね。迷宮のモンスターと外の魔物…体の構造は違うと思いますか?」
「え?…うーん分からないんですけど…同じですか?」
「答えは『同じものもあるが違うものもある』ですね。実際倒してみるまで判別が出来ないんですよ。外で魔物を倒したら魔石が残って迷宮から出てきたモンスターだったという事が分かったりしたこともあります」
「迷宮からモンスターが出て来る…それって普通の事なんですか?」
「いいえ、普段は出てきません…ですが唯一出て来る時があります。それは『迷宮決壊』と呼ばれていて非常に厄介な事なんですよ」
「迷宮決壊…以前迷宮探索の時にオウンさんから聞きましたが…それってどういう現象なんですか?」
「迷宮の一番下にある『核』が魔力脈の魔力を用いてモンスターを作るわけですが、魔力脈の魔力が非常に多すぎたためにモンスターが急激に増加したり、あまり迷宮内に冒険者が潜らなかったために間引きが行われなかったりしたときに起こります。要は迷宮内部に収容可能なモンスター量を超えた時、一気に迷宮内部のモンスターが外へとあふれ出すんです」
「キャパシティーオーバーと言うわけですか…もしそうなったらあふれ出たモンスターはどこに?」
「多くの場合は周辺に存在する街へと殺到しますね。ボスモンスターまで出てきますから…過去にはそれで街が一つ消えた例もあります」
ネリーが悲しそうな表情で言ったため、その場の雰囲気が重くなったのをアルは感じた。
「…それは結構な大ごとですね…対策とかは無いんですか?」
「ギルドの方で常に監視しています。ただ、ある階層の扉に仕掛けられた鍵が難しすぎて誰もその先を攻略できなかったり、弱すぎて攻略する人が出ず忘れられたりした場合だったりするとギルドが間引いたりする間もなく決壊することがあるんですよね…」
「予兆とかは?」
「迷宮内部の魔力濃度が一気に変動するので意外とすぐ分かりますよ。判明したら決壊する前に冒険者や国の軍隊を送り込んで間引きするなり攻略するなりして潰すんですが…」
「間に合わなかった場合は決壊…ですか」
「ええ。…そういえば元々はここでの見張りが要らないという話でしたね。迷宮が支配した魔力脈の周辺ではあまり魔力が発生しません。その多くが迷宮内部のモンスターの生成に回されるからですね。そうすると魔力を溜めこんだ動物が魔物に変化するという事自体が起きなくなるんです。
そうなると迷宮周辺は普通の動物だけになり、火さえ焚いてあれば動物は近寄ってこないという事に…。この辺りは端っこですが一応迷宮の支配する魔力脈の影響範囲内なので普通の動物だけだと予想されるので焚き火だけで十分…と言うわけです」
「なるほど、大体わかりました。ですが…」
アルは弱まって来た焚き火に新たな薪を投入し、パチパチと音を立てて新たな燃料を得た炎が一瞬大きくなり、アルたちの顔を熱波が襲った。
「ここが安全だったとしてもネリーさんが僕の隣に来る理由になるとは言えない…そうではないですか?」
「ふふ、こんな真っ暗闇の中で人のぬくもりを求めるのはいけない事ですか?」
いたずらをしているかのように顔をほころばせながらネリーがアルに問いかける
「はぁ…仕方ないですね…」
アルの事実上の同意ともとれる一言を取ったネリーはよりアルに近づき、その腕に触れた。
「…アルさん、そういえば今まで私に『なぜここまで自分の事を好きになっているのか』とそういう質問をしていませんね。何故聞いてこないんですか?」
「はは…聞いて教えてくれるようなことですか?僕にはそうそう簡単に教えてくれそうな気がしなかったんですよ」
「自分が好いている相手に嘘はつきませんよ。…でも実際そうだったかも知れませんね」
「では教えてくれないと?悲しいですね」
アルがおどけた口調で言うとネリーは少し怒ったような口調で…
「『だった』ですよ………はぁ、今までに話したとは思いますが、私の両親は冒険者でした」
「ええ、高ランクだったんですよね?」
「はい。そして私を連れて各国を色々と巡っていました。ですが…ある時短期で滞在していた街の近くの迷宮が『決壊』したんです。私の両親はギルドの依頼もあって町の防衛に手を貸しました」
「防衛は…成功したんですか?」
「成功していなければ私はここにはいませんよ。失敗すれば街ごと滅びますし。…攻め寄せてきたモンスターの波が途切れ、町を防衛仕切ったと思った時に、また新たなモンスターの集団が現れたんです。
当時は追撃戦へと移行していましたから撤退もそうすぐには行えず、その場で最も高ランクだった両親が最後尾…殿となって抑えている間に何とか町の中へと戻れたそうです。ですが、私の両親は…戻った時にはすでに満身創痍、致命傷を負っていました。結局防衛戦が終わった後に息を引き取りました」
「そうですか…ネリーさんは当時の事を…?」
「ええ、未だ8歳ごろ…今から9年?10年ぐらい前の事ですが今でも克明に覚えていますよ。最後の別れとして両親のもとに行きましたから。その街では今でも両親は英雄扱いしているそうです。私は祖父のテッケンの所へと身を寄せました」
「そこでギルド職員として働き始めたわけですか…」
「ええ。…アルさんがギルドに入って来た時は驚きました。かって私の父が身に着けていたのと同じ鎧を着て、似た顔立ちをしていたんですから。すぐに人違いだと分かりましたが、言葉遣いも亡き父に似てて……まぁかっこよかったのもあるんですけど」
「え?僕がネリーさんの父と同じ鎧を?」
「ええ。父は元々どこかの国の騎士団だったそうです。その時の縁で…アルさんの鎧とは色々な部分が多少違うんですけれども。アルさんもどこかの騎士団に?」
「一応騎士…という役でしたが…多分ネリーさんの父上の国とは違うと思いますよ」
「ろーる…?まぁやっぱりそうですよね。…大体のきっかけはこんなところです。私の父と重ねたのが最初ですけど…今ではアルさんの飾らない人柄に惹かれてます。アルさんは一度約束したことは破らないでしょう?そういうところが好きなんですよ。それに…今では私にとっては仇ともいえる迷宮決壊を潰してくれた一人でしょう?」
「はは…いえ、そこまで真面目ではないんですけど……それにつぶしたのも正確には仲間が…なんですけど」
「あら、そうですか?…ふふ、じゃあこれからもアタックさせていただきますね」
「本人相手にそれを宣言しますか?」
「私を嫌っているわけではないのでしょう?」
「いえ、まぁそうですけれども…」
「じゃあ問題ないじゃないですか」
ネリーがアルの腕により強く抱きついた。アルは抱き着かれていない方の手で頭をかきながら夜空を見上げ…ふと息を吐くとネリーの眼を見つめた。
「…ネリーさん、あなたは秘密を守れる方ですか?」
「え?ええ、ギルド職員たるものそういう教育を受けていますけれど…」
急に雰囲気の変わったアルにネリーは驚きつつも話の続きを促した
「皆には許可をもらっていませんが…ネリーさんには僕らの事を少し話しておきましょう。貴方のお爺さんのテッケンさんもどうやら知っているようですし」
「な、何ですか…?」
「僕が今までネリーさんを断っている理由ですよ。…聞きますか?」
「ええ、是非聞かせてほしいです。乗り越えてアタックさせていただきましょう!」
ネリーが気合を入れたのを見てアルは苦笑しつつ口を開いた。
「はは…。ふぅ…まず、僕たちは元々ここの者ではありません。遠いところからやってきました」
「シークアランス海洋大国の国民ではない…と言う意味ですか?それならば既に聞いていますが…」
「いえ、もっと大きな意味で違います。そうですね……『誰も知らない国から来た』とでも言いましょうか」
「え…?」
「本当の意味で『誰も知らない』と思いますよ。…僕たちはこれからこの世界のいろんな国や街を回っていくつもりですが、その途中で誰かが別の旅に出ないことを約束しました。なぜなら僕たち自身のアイデンティティが今や互いの中にしかないような状態だから……まぁ相互依存とも言えるかもしれませんけど。何であれ互いの存在が僕たちには不可欠だと考えています。
ですからネリーさんにどれほど告白されようと僕自身は断るつもりです。断らなければ必然的に皆との旅に影響が出ますからね…彼らはネリーさんの応援をしているようですが、これは重要な事だと僕は思っています。……そこまで好いてもらって嬉しい限りですが、これだけは僕も譲れません」
アルがネリーの眼を見つめて真剣な口調で言い切った。アルはさぞかしネリーが泣くだろうと思っていたが、予想に反してネリーは泣いたり怒ったりしなかった。
「…何となくは知っていました。皆さんはいつも5人揃っている時が最も楽しそうでしたから…そこに入る隙間は無さそうでした…ですが私の気持ちは変わりません。皆さんと本当の意味で別れるまでにはきっとアルさんを何かの形で落として見せます」
ネリーは笑顔でアルの眼を見つめ返しながら言い切った。
「はは…無理だと思いますが…もう僕自身は何も言いません。ネリーさんのご自由になさってください」
「そうさせていただきますね。…ふふ、向こうに行ってもしばらくは私は向こうに留まる予定です。多分皆さまが旅立つまでは居ると思いますよ…?」
「ゑ」
ネリーが『トレディア』にしばらくいると聞き、アルの体が硬直した。
そしてネリーのしてやったりと言う笑顔と共に出た笑い声が夜の草原に響き渡っていった―――
ここまでです。
いつも読んでくださりありがとうございます(^^)




