16―鹿って怖い―
「川から桃が流れてくる童話があったけどその中のおじいさんって結構力持ちだと思うんだ」
「何ですか突然」
「いやさ、切ったばかりの生木って結構重いんだなと思って。柴狩りってあれだろ木を切り倒す事だろ。そんな重労働をおじいさんがやっているって言うのがすげぇなぁ…と」
「ああ…確かに言われてみればそうですね。そういう決まりだと思っていましたけど考えてみれば重労働ですよね」
「だよな。鬼退治に行かないでおじいさんの手伝いしてればよかったんじゃねーの?」
「それは…そうなってしまったらいろんな話が童話になりませんよ」
「まぁそれもそうか…っと、アル、どうやらお出ましだ」
「あ、来ました?さっさと仕留めましょう」
「罪悪感とかねーの?速攻で剣構えてる俺が言う事じゃねーけど」
「初日の猪の解体で覚悟しました。生かされる覚悟…ってやつでしたっけ」
「(くっそこいつが言うとかっこいい…!イケメンはこれだから…!)」
『トラベリア』の街に来てから一か月、俺らは二組に分かれてギルドの依頼を受けたり、ロー達は鍛冶屋に雇ってもらったりして順調に今の5人での生活に慣れてきていた。
今俺とアルは町の西門から先に広がる山、その中で最近増殖しているクロスディアーと呼ばれる獣を15体狩る依頼を受けて山の中を歩いている。
クロスディアーは頭の上に生えた二本の角が一度中央で交差してから枝分かれして広がっている鹿のような生き物だ。こいつらは基本的には雑食なんだが、食糧が足りなくなると街と町を繋ぐ道に出て来て商隊に襲い掛かることがある。
頭の角が意外と固く、硬さは鋼鉄にも匹敵するため囲まれたら護衛の冒険者も応戦を諦めて逃走する。馬車の車輪を角で壊されたら洒落にならない損害が出るからだ。
そのためこうして定期的に頭数を間引く依頼が出ており、それを今回俺らが受注した訳なんだが…
「どう見てもエンカウント率高くね?普通20分ぐらい歩いて1頭と出会うとか言ってなかったか?さっき出会ってから5分も経ってねーぞ。カップラーメンかっつの」
「情報通り大量に繁殖しているみたいですね。…依頼が早く終わるというメリットとも言えるかもしれませんよ?流通には大打撃ですけど」
「まぁもう13頭ぐらい狩ってるし規定数だけ狩ったらとっととこの山から出ようぜ。」
そう言って俺がクロスディアーに注意を向けると、体高1メートルぐらいのクロスディアーがその顔を上げ、俺らに対して威嚇するかのように高い鳴き声を上げ、頭の上から伸びた半径50センチほどに広がった角を振り上げた。
俺は剣を右手だけで持って構え、クロスディアーに向かいあう。
「だんだん剣を持っての戦いも様になってきましたねぇ」
クロスディアーが首を少し振ると一気にこっちに向かって突進してくる。俺は自分の剣先とクロスディアーの角の枝分かれの一つの位置、2つに注意を配りながら構え――
キン!
金属音のような音を立てて俺の剣と角がぶつかる。俺は角に思いっきり剣を横殴りに叩き込むことで強制的に頭を横に振れさせ、そのまま右に流すことで攻撃を受け流す。そしてもう一方に持ったナイフをクロスディアーの首筋に叩き込む。結果―――
ドスンッ!
と音を立てて走り抜けた先でクロスディアーが足をもつれさせて倒れこんだ。首筋に叩き込んだナイフには強めの麻痺毒が塗ってあり、それがクロスディアーの動きを止めている。俺は急いで近づいてナイフを抜き取って腰の鞘に納めると右手の剣を両手で持ち直し、首筋に振り下ろす。
ゴッ!
と骨に剣が当たる鈍い音を立てて首が落ちた。
「…あれですね、もう冒険者じゃなくて狩人、暗殺者じゃないですか?」
「いやいや俺が狩人だって言うなら細剣で急所を突いて出来るだけ損傷なしに仕留めようとするアルの方がよっぽど狩人らしいだろ」
そう、アルの奴はその時の相手の大きさや位置で決まるが基本的に心臓や目などの急所をためらいもなく突いて相手の命を奪うのが多い。おかげで損傷の少ない素材が高く売れるんだけど、王子がそういうことをするとものすごくかっこいい。イケメン氏ね。
「いえいえ、違いますよ。…何か言いました?殺意を感じたんですけど」
「なにも?とっととアイテムボックスにしまって次を探しに行こうぜ。…げ」
「ん?どうしましたか?……う~ん、こりゃあやばいかもしれませんね?」
「やばいって言葉じゃ済まねぇよ…!ネリーが『大繁殖してるっぽいので注意してください』とか言ってたけどさすがにこりゃあ無いだろ…イワシかっつーの。あっちは全部小さくて弱いからいいけどお前らは群れるんじゃねーよ!」
さっきのクロスディアーの鳴き声がきっかけだったのか、俺らの周囲をクロスディアーの群れが囲んでいた。20、30じゃ利かない数、おそらくは3ケタ行くかもしれない数の角がこっちを狙っていた。というか…
「アル、残念なお知らせだ」
「じわじわと包囲が狭められてるなぁ…何ですか?」
「あちらさん後ろの方から追加で援軍続々到着中のようで。とっとと突破しねーとまずいぞ」
「…一点集中で突破、逃走と行きましょうか。剣が折れないといいんですが…」
「分かった。アル、お前が先行してくれ!俺が後ろから追いかけつつフレイムボールでけん制する!」
「分かりました!行きます!」
アルが俺らの元来た方向に駆け出し、目の前のクロスディアーの目に一気に剣を突き刺しつつ突き上げて脳ごと破壊する。……アルさんや、一点突破で逃走と言いつつ一頭一頭にえぐい殺り方する気か?俺ですら引いてるんだけど…。
アルが剣をそのまま横に振りぬいて剣をクロスディアーの顔面から出すとそのまま横から角を向けてきたもう一頭に向けて水球を顔面に放ってその動きを止め、その隙に前へと進む。…アル怒らしたらダメかもしれねぇな。
そう思いつつ俺もアルの後ろを追いかけながら後ろの奴に向けて
「…俺の炎魔法って山や森の中じゃあ気を付けないとうかつに使えないのが難点だなぁ…『炎球!』」
けん制しながら駆けていく。
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「はぁはぁはぁ…どうにかなりましたね…」
「おうよ…。生きててよかった…。剣の練習始めてて良かった…!」
俺らは大量のクロスディアーの死体が周囲に散乱する中、地面に腰を下ろして息を整えていた。
「は~…。…何で群れの中心部に突っ込んじまうんだよ…」
「…ふぅ…。だって普通援軍が来ていたら反対側に逃げるじゃないですか…」
そう、アルが向かった先には見ただけで群れのボスと分かるクロスディアーとその取り巻きらしき奴らが居た。そいつらと戦って勝った後周囲を見るともはやどこに逃げればいいか分からないほどの角の群れに囲まれていた。しかたねーって事でひたすら二人で戦って殲滅したんだが…これどう見ても…
「もろ罠だな…殲滅できてよかったぜ…」
「最後はもう魔力切れのために剣一本で戦うしかなかったですね…」
「ガッキンガッキン金属音がうざかった…何であいつらは耳が痛くならねぇんだ」
「角で突きあってボスを決めるらしいですしね、慣れているんじゃないですか?」
「その癖に仲間の鳴き声は聞こえるとかふざけた耳だなチクショウ」
「フグは自分の毒じゃ死なないって聞いたことがありますよ?」
「もはや凶器じゃねぇか。とにかくアイテムボックスにしまおうぜ。こんだけありゃあ相当な報酬になるだろ」
「そうですね。折れたのもありますが…矢じりとかに加工できるらしいですし問題ないでしょう」
「というかこんだけ固いんなら砥いで剣にできんじゃねーの?」
「うーんそれはどうでしょう?孔雀みたいに扇形に枝分かれしていますから無理かと。むしろ矢じりのような小さな形にしか加工できないんじゃないですか?」
「てことは無理か…俺の剣結構刃こぼれしてるからこれでどうにかできないかと思ったんだが。はぁ…何か戦い損な気がするぜ…」
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「全部で374頭分ですね。角は340対、他にも破損多数の角と…これすごい量ですね?」
「リョウ君と僕で行ったら群れとぶつかっちゃってね。何とか狩って来たけど…そんなにいたのか…」
俺らはギルドの裏手の素材管理場、平たく言えば倉庫のような所にネリーに案内されてやってきて、今日のクロスディアーを山のように積み上げていた。
量に関しては…まぁあんだけいたから当然か。良く生きてこれたな俺ら…本気で死を覚悟したわ。鹿って怖い。
ていうか
「なぁネリー、使えるのって角だけなのか?」
「いえ、色々ありますよ?角は加工やそのまま飾りにしたり、肉は大部分が食べられますし角と臓器のいくつかは薬の材料になったはずです」
角は漢方薬って奴か?後は鹿鍋か…
「あ、そうなん?んじゃあ5頭分ぐらい引き取っていい?料理に使えるかも」
「リョウさんって料理できるんですか?アルさんはできそうですけど」
「この町に来る前は俺とローのおっちゃんが料理係だったからな。俺は一応心得ぐらい、本格的なのはローのおっちゃん。アルは…料理じゃなくて丸焼きだった」
「…それも一応料理だと僕は思いますよ?じゃあこの山から5頭ぐらいもって行かせていただきます」
「は、はい!(…アルさんは料理が苦手…!料理の練習しなきゃ…!)」
アルが5頭引き抜き、アイテムボックスにしまうとネリーが今度は他の職員と共に一頭一頭の状態を確認し始めた。その隙に俺はアルに近づいて…
「(…おい、ネリー完全にアルをロックオンしてるぞ)」
「(こないだ「君の思いには応えられない」って言ったんですけど…)」
「(恋愛漫画みたいなこと言ったのかよ…イケメン氏ね)」
「(ひどくないですか!?)」
「(ていうか断っているのに何で余計に燃えているんだよ?)」
「(ネリーさんの目を見つめてきちんと言ったんだけど…)」
「(アルそれ多分逆効果)」
「(向こうじゃ普通の顔だったからどんな顔をして言えばいいか分からないんですけど…)」
「(アルって童貞?)」
「(ノーコメントで行かせてもらいます。彼女はいたことありますよ)」
「ふぉっふぉっふぉっ……何とも異常じゃのう…」
俺とアルがぼそぼそ喋っているとギルドマスターの爺さんが苦笑いしながらやってきて言い放った。
「マスター?どうされました?会合は?」
「もう終わったわい。…ネリー、これはアル君やリョウ君が持ち込んだのかの?」
「ええ。何でも群れに出くわしたとか」
「ええ、依頼で西門の先の山に行ったら大量のクロスディアーに囲まれましたよ」
「おかげで軽く死にかけたけどな。角同士のこすれる音や剣とぶつかってキンキン鳴ってうるさいったらなかったぜ…」
「ほっほ…一応あの角はこの町の特産品の素材になるから根絶やしにはしないんじゃが……ここまで増えておったかの」
「ええ。こんなに硬いこの角ってどんな成分で出来ているんでしょうね…」
「若いという事は色々な物事に興味を持てるという事じゃ。その探求心で色々調べてみると良いじゃろう。…とはいえしばらくは置いておいてもらう事になりそうじゃがの」
「マスター?何か起きましたか?」
「ネリーがここに来た後にこの町の冒険者全体に緊急依頼を出しての、今ほとんどの冒険者がそっちにかかっておるはずじゃ。リョウ君やアル君にもそちらに取り組んでもらおうと思っての」
「俺らも?てーか緊急依頼を全部の冒険者に出したって何事だよ…」
この町には俺らを含めて400名ぐらいの冒険者がいる。護衛などで増減するらしいけどな。これはこの一か月間で俺らが知ったことの一つだ。400人の冒険者を一つの依頼で動かすなんてまず依頼料がとんでもないことになるんじゃね?
「南門から先の草原が『魔の草原』に戻って動物や魔物が増えるのは想定しておったんだがの、お主らのように他の門でも何らかの被害や大量繁殖が報告されておっての、全員に町の外の調査依頼を領主名義で出したところじゃ。お主らには『魔の草原』の探査チームに加わってもらおうかと思っての」
「げ。…拒否権は?」
「そこのアル君がBランクじゃろ?レベル100越えのBランクには強制で依頼しておる。…と言ってもお主らを除いても数名じゃがの」
「仕方ないですね。リョウ君、受けましょう」
「分かった。…ロー達も引っ張るか。あいつらには謝んねーとな」
「そうですね。…ネリーさん、報酬の受け取りはいつできますか?」
「すみません、何分大量なので…。それにどうやらこれからギルドも忙しくなりそうなので数日待っていただいてもよろしいですか?」
まぁそりゃ当然か。こんだけあったら値下がりもかなりしそうだしな。
「分かったぜ。んじゃ、マスターの爺さん、俺らはこれで失礼するわ」
「分かったぞい。お主らの受注手続きはさせてもらうぞい。集合時間は明後日の朝一番の鐘で南門の前じゃ」
「一日空けていいんですか?」
「そうでもせんと準備が整わんじゃろう。現状未知とも言えるのが南門の先の草原の奥じゃ。準備はしすぎたぐらいがちょうどよいじゃろ」
「分かりました」
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「あぁそうじゃ、一応明日受注手続きの確認をしてくれるとありがたいんじゃが……なんじゃもう行ってしもうた」
「仕方ないでしょう。リョウさんの剣もボロボロになったと先ほどここに来る途中で伺いましたし、今から色々用意しておきたいんでしょう」
「せっかちは時として失敗の元ともなるんじゃが…」
「ギルドマスター、それよりもいったい何が起きているんですか?」
「分からんのう。じゃがもしかしたら魔の草原の周囲でダンジョン化が起きとるかもしれん」
「ダンジョン化…?」
「ネリーは知らんかったかの。かの草原の竜が魔力脈をすべて支配しておったのは知っておるじゃろう?ダンジョンが出来る条件の一つに高濃度の魔力が土地に満ちる事なんじゃ」
「という事は竜が死んだことであふれた魔力が…」
「うむ。あふれた魔力は周囲の生命に吸収されていくものじゃがあの草原はあまり生き物がおらん。結果として高濃度の魔力が満ちた土地になるというのはありえるじゃろう。じゃからすでに他の街にも領主殿が救援要請を出したの」
「もうですか!?早くないですか?」
「仕方なかろう。今から送っとけば事態が悪化した時に悔やんでも悔やみきれんことになることを防げるじゃろ」
「分かりました。では私も仕事に戻りますね」
「うむ。…彼らがどうにかしてくれると良いんじゃが…」
奈良の鹿に追われたことあります。結構びびりました(´・ω・`)




