09―クリスフィ事件・前編―
一話目です。
「――そもそもあの事件のきっかけは俺がクリスフィに罹ったことから始まった。あれは…そうだな、現実世界の時間で4年か5年前の確か夏休み、それも盆の最中の事だ。俺は当時一番仲の良かった古い友人が入院したという事で地元から東京に行っての見舞いが終了直後の事だ――
あの時時計がそろそろ3時を示していた。
『おう、そろそろ帰る時間かな?俺ぁ新幹線の事もあるしそろそろ行くわ。』
『さんきゅな。いやー、小学生以来のおめーが見舞いに来てくれるとは思ってなかったわ。』
『しょっちゅう家の電話で下らねー話してるだろうが』
『ははっ。―そこの車椅子取ってくんねーか?エントランスまで俺も行くわ』
『べつにいーけどお前戻れんのか?ってこいつ電動かよ…良いのもってんな』
『そいつ病院の備品だよ。俺んちはしがない一般家庭だっての』
そんなくだらないやり取りをしていたのを俺は今でも鮮明に思い出せる。どうしてなんだろうな。
『んじゃ、じゃーなー』
『おうよ。また今度冬休みには俺がそっち行くわ』
『だったらさっさと治しやがれ。…タバスコ入り鍋用意して待っといてやるよ』
『それお前も食えよ?』
『はっは。』
『逃げんなコノヤロー』
そして友人に背を向け、ガラスの扉を向いたとき―――――――
俺の視界が一瞬にして広がった。前にあるガラス扉、その先のタクシー、見えないはずの受付、二階のガラスの欄干に寄りかかり話しているカップル――そして手を振る俺の友人の笑顔が真後ろなのになぜかはっきり見えた。
急に体から力が抜け、立っていられなかった。目も、頭も、背中も、ものすごく熱いと感じる反面冷たくも感じたのを今でも覚えてる。
「―おいっ!?亮!?どうした!?―――すみません、看護婦さん、先生!誰か、人が倒れました!!救急、担架とかお願いします!!亮、大丈夫か!?」
ここらで俺の意識は消えたんだ。後はのちに人づてから聞いた話だ。当時俺を診た医者はすぐに診断結果を下した―――――――――――それが『急性クリスフィ』だ。
クリスフィ―――こいつは肉体の特定の部位がその機能を保ったまままるで水晶のように変化する。そしてその機能は本来の3倍以上を発揮する。例えば筋肉なら量は変わらないくせに今まで30キロの握力だった奴が90キロを超える力を発揮する――
それも最低で3倍だ。人によっては7倍にまで到達した人もいるらしいな。そして人体の筋肉は――例えば腿の筋肉――は左右で同一なわけじゃない。微妙に違いが発生する。
そしてそれは時には自分の身体を容易に壊すことにつながる。強力になった分、力の差異がはっきり表れ、骨などがその出力に耐えきれず砕けたり破裂するんだ。
故にクリスタル・フィジカルを合わせて―――――『クリスフィ』と名付けられた。そして肉体が置き換わる現象は晶化と呼ばれた。
当時は原因不明、そしてかなり厄介な病気だった。俺を診た医者は優秀だったんだろうな。すぐにどこが罹ったのか診断を下したよ。
部位は『脳全体』『視神経も含む眼』『脊髄』だった。意識を失う前のあの熱さと冷たさは発症の瞬間だったんだろうな。そう思うと病院で倒れて良かったよ。人体の重要箇所の全部が一度に病気にかかるとかどう考えても笑えねぇ話さ。
そしてその医者は直ちに俺を都内、霞が関の近くに設置されていたクリスフィ対策〇×特別病院の特別棟に搬送された―
ここから後は本当に話の概要しか知らないな。それでもいいんだが、おっちゃん達知ってるか?知ってるなら俺にも教えてくれ。」
「おう、そこから以降は俺も裁判関係という仕事柄色々伝わって来たんでな。――けれど話を聞くにお前の事だろう?トラウマに近いと思うんだが…最後まで話を聞きたいのか?…そうか…ここからは俺が話そう。皆もいいか?」
残りの3人が無言のまま頷く。
「じゃあそのあとだな。小僧、気分が悪くなったら言えよ?お前らもな。
――小僧が運ばれたその病院はクリスフィ関係ではおそらく当時の日本のトップレベルだった。そして小僧は…唯一の発症直後からのデータの存在する症例だった。
彼らは、と言っても現場の話なんだが、現場の研究者たちは非常に驚いたらしい。クリスフィは一度症状が発症して、晶化が終わった後は変化を起こさない。
それは良く知られていたことだ。しかし発症したばかりならまだ中途で止められるんじゃないか?そんな予測も立てられていた。
そして彼らは小僧の身体を冷やすことで仮死状態―いわば冷凍睡眠だな。コールドスリープとも言われているらしいが―にした上で国に連絡を取った。止めることが出来ると推定される処置を行ってもよいかと。
実際この考えられていた処置は実験的な意味合いが非常に強かった。だがしかし、全世界でクリスフィは発症しており、それらについて研究していたほとんどの研究者がその成功可能性はかなり高いとみていた。
国は連絡を受けてすぐ小僧の実家に連絡した。病院で倒れ、しかもその知り合いが目の前にいたんだ、実家にたどり着くにはさほど時間はいらなかったろうな。
でもな、ここである不幸な行き違いが発生してしまった。小僧の知り合い―当時はA氏とされていたが―が小僧が倒れてすぐ小僧の実家に連絡を取っていた。医師の診断が下りた時も傍にいたというから相当仲が良かったんだな。
そして小僧がクリスフィ対策〇×特別病院に運ばれたこともすでに家族は知っていて、すぐに新幹線で東京に向かっていた。まぁそらそうだよな。
そして家族が電車に乗っている頃、国からの連絡が入った―しかし誰もいなかった。そこで事態の説明と処置の同意を願う書類をファックスで送ったらしい。
その時点では処置は延期されていたんだが…、現在でもどこをどう辿ったか分からんが現場の医師―というより研究者―にトップを飛び越えてある情報が伝わった。内容は「家族との連絡は取った」実際は取ってねぇのにな。
そしてこれだけだったのに研究者たちは処置の同意が得られたという事で処置を開始しちまったんだ。
かなりの数の同意書が必須だったし、本人は動けないんだから家族が同意する分色々な手続きが加わるよな。そのために書類の到着が遅れていると現場は判断したとのことだ。
仮死状態にもかかわらず晶化の進行が全く食い止められなかったのもあったらしい。どれだけ進めば命が落ちるかなんて当時誰も知らなかったし、そこまで進んだのも小僧が初の症例だった。
奇しくも正式なルートで連絡がまだ取れていない事、処置の延期命令の連絡を病院長が受け取ったのと同時の時刻に小僧の処置が始まった。そして起きたのが…「特別棟の水晶化」
…なんだアル、被せてくるじゃねぇか。じゃあこっから先は頼むぜ。正直俺にゃきついわ」
「じゃあ受け継ぎますね。
―処置が始まったその時にリョウ君のクリスフィは自動的な防衛反応を起こしたと推定されています。リョウ君の身体の表面から水晶の針がさながら剣山のように発生し、医師たちに襲い掛かったそうです。
彼らは重傷を負いつつも下がりましたが、そのままでは済みませんでした。リョウ君を載せた台の下から同心円状に光が―彼らは「さながらオーロラのようだった」と救出作業の時に僕に喋りましたよ―走り、床がどんどん水晶化を始めたそうです。
その時建物内部では大きな爆発音―酸素圧縮ボンベなどが剣山で破壊されたらしいですから多分それでしょうね―や振動が響いたそうです。そして僕の務めていた消防署に119番通報が殺到し、僕らは駆けつけました。
正直近寄りがたい威圧を受けましたね。建物の外観は普通なのに音が聞こえたり振動が響いてくるのでまるでテロでもあったのかと。
そして僕らは音や振動が落ち着いた後決死の思いで中心地と思われる場所―リョウ君がいた処置室ですね―にたどり着きました。
そこにいたのは怪我や重傷を負って水晶の透明な床に倒れていた医師たちでした。リョウ君を覆っていたという剣山はどこにも見当たりませんでした。
リョウ君に触れようとすると彼らが必死に止めるので僕たちは彼らを連れて脱出しました。
このころ、国の機関などでは大騒ぎになっていたそうです。病院の近くに国の中枢機関が存在していましたからすぐさま情報が国のトップにも正確に伝わったそうです。
そして、実は近場の大学にクリスフィに関する権威の―――たかが1、2年の間に発生した病気と言えども世界中から情報を集めればかなりの量になるらしいですね―――教授がいてただ君の容体を見るためだけに乗り込んでいったんです。
僕も道案内かつ教授の分の酸素ボンベを持つ人員が要るという事で同道しました。
結果として教授と僕は無事帰って来れましたし、君の容体が安定していたという事実は幸いでした。けれど彼の言ったもう1つの情報には当時その場で共に君を見ていた僕には驚きでした。
君のクリスフィによる浸食箇所は当初『脳全体』『視神経も含む眼』『脊髄』でしたが今回の件が裏目に出て癌のように転移したのか、新たに加わっていました。――『心臓』と『肺』です。
その時点ではという事だったので当時はこの先どれほど転移してしまうのか傍から聞いていた僕でさえ恐ろしくなってしまう話でしたよ。
人体の重要箇所の『脳』『脊髄』だけでなく『心臓』までもが晶化した君は果たして生きていけるのか?僕は疑問でした。
そしてしばらくたって教授が言った話が僕には忘れられません。
『全体として身体機能は通常通りだ。―いくつか強化されている面を考えればとても通常通りとは言えないのだが。先ほど「これなら生きられるか?」と思ったのだが、これは死んだ方が良かったのかもしれんな。
脈拍も脳波も呼吸も何もかもが正常に読み取れる。今にも起きだせそうなほど正常な体だよ。だが、おそらく彼はもう起きれないだろう。
ああ、筋肉の問題じゃない。晶化を受けた脳の内部の問題だと思うんだが、昏睡状態に陥っている。もしこのままなら、彼は一生植物人間と言われる状態になってしまうだろう。
考え続けるだけしかできない。それも通常より良く思考できる、…いやできてしまうんだ彼はこの脳で。ある意味牢獄なのではないだろうか?…これは延命処置とは言えないだろうな…。
いや処置ですらなかったのか。――もうこれ以上は踏み込めん。踏み込んではならん領域だ。権威?そんなものが何の役に立つんだろうな…』
ええ、この事はすぐさま世界中を巡りました。そして数日後発覚したのが、とある国でも同様の事態があったという事です。隔離された軍施設であったことと様々な政治的要因が重なって公開されていなかったそうです。
その事態で分かっていたのが『進行中のクリスフィに触れてはならない。進行し悪化するだけでなく、建造物や他の物体、果ては生命体にまで晶化が及ぶ』だそうです。向こうでは建物の中にいた人すべてが晶化、建物自体も晶化していたらしいですね。
「…アル、良く知ってんじゃねーか。ハル、大丈夫か?そんで小僧、お前が望んだとはいえ、正直これは重いぞ。この先も詳しく知りたいのか?」」
「うちは大丈夫にゃ。」
「あたしは心配されないのね…」
「…あぁ、俺はただ現実世界では起きられないという事を知らされただけだからな…。細かくは教えてくれなかったんだ。」
そう言うとリョウは立ち上がり、馬車から飛び降りる。
そして手を広げて空を見上げる。
「その後VR技術で会いに来た両親や国の人に聞いて正直絶望したさ。それにFWの世界で遊んではいたけどありゃあ作られた自然だ。正直微妙な気分だった。だって魔物とか倒したら光の粒になるんだぜ?そんなことあってたまるか。致命傷を受けないまま――ただ強化される病気、もう呪いじゃねぇか」
「だけど、こないだこっちに来て洞穴から草原を見たとき、すっげー心が躍った。『懐かしい』『これが本当の自然だ』って思った。
太陽を見上げればまぶしく、そして温かみさえ感じられる。馬に触れば骨の動きとかまで感じられるんだぜ。
もしも、絶望してた自分なら、FWで商会をやっていろんな所に行くことで気を紛らわせていた自分なら――この詳しい話を聞いたら最後、生きるのをやめて死を望んでいただろう。だから詳細な説明をしなかった俺の家族の判断は正しかったな。」
リョウは振り返って4人を見る。
「だがだからこそ、こうやって生きている実感を得られる今、現実世界の…いや、もう前世でいいや。前世の『如月亮』に起きた本当の事を知りたい。今なら壊れず、きちんと受け止められると思うから。」
「おっちゃん、俺がもしも何か壊れそうだったらそのげんこつで叩き直してくれや」
「はぁ…ちっくしょう…おめーは良くてもこっちは話してて正直気分が重いんだがな…」
「まぁいい、話を続けてやるよ」
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