「ごちそうさま」
父と母は、東京の有名大学の同級生だった。法学勉強会というサークルで出会ったらしい。法律には詳しい人たちだ。それを仕事に父は、弁護士をしている。
二人は、大学を卒業後すぐに結婚し、その翌年に私が生まれた。
勉強漬けの毎日が、普通だったからかは分からないけれど、小学校に入った頃からいつも母に、今日は何ページ進んだ?とか、何時間机に向かっていた?とか聞かれていた。もちろん、勉強することは大切なことだと思う。でも、それ以外にも大切なことは、たくさんあるんだよ。友達と仲良くなるには、勉強だけじゃ不十分なんだよ。
周りの子たちは、休日にアイドルのコンサートに行ったり、映画を観に行ったりしていて、中学時代の私は、話についていけなくなった。何も知らないんだね、なんて言われたりもした。中学3年間楽しかった?と聞かれたら、楽しくはなかったと答えるだろう。卒業アルバムだって、証明写真以外の写真なんて、1枚か2枚くらいだったし……。
なんだろう、どうしたんだろう。目の周りが熱い。涙で視界が揺らいでくる。
「ごちそうさま」
少し声が裏返ったが、その場を離れたい一心で席を立った。もういいの?と声を掛けられたが、返事をせず出てきてしまった。そう声を掛けたなら、私の顔は見ていないだろう。
部屋に戻ってしまうと、本気で泣いてしまうと思い、外へ出た。街灯の明かりを頼りに、歩みを進める。あ、だめだ。このまま行くと中学校が見えてくる。咄嗟に方向転換した。目を閉じ無心で走る。ただひたすらに走る。もっと速く走りたいのに、足がついてこない。やがて、走るのを止めた。
微かにギターの音が聞こえてくる。でも、すぐに電車に掻き消されてしまう。あぁ、駅まで来てしまったのか。駅前の路上で一人、ギターを弾く少女。私と同い年くらいだろうか。歩みを止めて聞き入る人は少ない。でも彼女は、力強く歌っている。やりたいことを必死に、やれるまで死ぬ気で。そう私には思えた。