「そうね、琴音はできる子だからね」
「おかえり、遅かったのね」
台所で食事支度をしている母に、ただいまと返事をし、自分の部屋へ向かう。何と言われるか分からないから、母には、まだ知られたくない。ちゃんと直しなさいとか、不良にならないでなど、想像すればするほど悪いことばかり思いつく。変な気、遣わせたくない。
原宿駅から北東方向に、私の住まうマンションがある。その5階の代々木公園が見える方向に、私の部屋が存在する。
早く剥がさなきゃ、『絶対合格』なんて紙。勉強机のペン立てには、合格祈願の鉛筆それにお守りが掛けられている。
どうしてだろう。学校と家で全く違う私でいる。どちらが本物で、どちらが偽物なのだろう。はたまた、どちらも演技なのか。本当は、答えなんて分かっているはずだ。ただ、怖いだけ。言い出すのが、恥ずかしいだけ。そうしていつも、時が過ぎるのを眺めている。
ベッドに腰かけ、そう俯き考えているとき、突然扉が開いた。驚きハッと顔を上げた。
「お姉ちゃん、ご飯だよ」
そう言うのは、小学4年生になったばかりの弟だった。
「着替えたら、すぐ行くよ」
作り物の笑顔で、扉が閉まるのを見つめた。
4人掛けの食卓には、カレーライスが4つ並べられていた。そのうち一つは、父親のものでラップに包まれている。
「学校どう?」
母の問いに、適切な言葉を探している私を気遣ってか、弟がカレーを頬張りながら言った。
「楽しいよ、ミキちゃんと同じクラスだし」
お姉ちゃんに聞いていたのよ、と指摘されている弟を見ていると、なんだか和んでくる。
「付いていけそう?」
あぁそっちか。友達できたよなんて答えるところだった。
「大丈夫だと思うよ」
カレーに入っている豚肉をすくい出し、自信無さげに答えた。
「そうね、琴音はできる子だからね」
志望校にも行けたしと、付け加え話す母を見て、少し肩身が狭い。苦笑いするしか出来なかった。