「あたし藤園星奈って言うの」
ポスターで見た気味の悪いぬいぐるみ、そしてそれを抱えるように持つ青年。ぬいぐるみには、不慮の事故で死んだ妹の魂が、宿っているのだという。でも、それはただの思い込みで、悲しい現実を受け入れられない青年が、仲間に支えられ死んだことを理解し、成長していく。そのような話であった。
そして、出演者全員で感謝の意を伝え、一礼した。それと同時に幕も閉まる。ホラーでなかったことに安堵する私の隣で、すすり泣く美佳の姿があった。
「良い話やったね」
とても恥ずかしかったが、そうだねと言い、背中を擦りなだめていた。
入部希望者は、こちらの紙に名前を書いてください、と言い、あの青年が舞台袖から出てきた。ついさっきまで泣いていた美佳が、涙を拭い一目散に名前を書きに行った。
琴音の分も書いてきたからと言う美佳に、呆気に取られていた私だったが、一拍程置いてようやく理解した。私、演劇部に入るんだ。不安とほんの少し、本当にほんの少し焦燥感が生まれた。
教室には、20人ほどの生徒がいたが、その半数は名前を書いたようだった。2回目の開演時間が迫っているということで、私たちはそそくさと外へ出た。
「なんか、これから楽しみやわ」
と、まだ目の周りを赤らめている美佳が、目を爛々と輝かせて言う。私は、実感が湧かず、ややすっきりとしない感じが残る。窓の外で舞う桜は、私の気持ちをどう思っているのだろうか。その答えを聞けるわけもなく、ただ右から左へと流れていく様子を眺める。
「演劇部、入るの?」
教室前で余韻に浸っていた美佳と、ただぼーっとしていた私に、そう問いかけてきた。
「あたしは、入ろうと思ってるんだけど…」
いかにもお嬢様という感じで、何時間掛かったのかと思うほど、綺麗に髪を三つ編みにしている。
「そうなん?うちらも入るで!」
一番に名前書いたし、と美佳は自慢げに言う。
「そうなんだ!あ、あたし 藤園星奈って言うの」
よろしくね、とニッと笑う。私はというと、満面の笑みを浮かべる美佳の隣で、やや微笑する。そして、一瞬にして仲良くなった美佳に乗じて、私も名前で呼び合うようになった。
美佳が関西出身だということで盛り上がったり、帰り道が一緒でまた、嬉々として戯れる。