「うちも、琴音って呼んでええか?」
言うまでもなく、高校デビューは失敗に終わった。その後の記憶はほぼ無いに等しい。全く覚えていなかった。ただ聞いているフリだけして、時間を浪費した。
休み時間になると、皆は自己紹介の内容を話のネタにして、会話を始めている。完全に出遅れた。かと言って話しかけにいこうにも行けない。なぜなら、他の人が何の話をしたのか、名前は何て言うのか、さっぱり分からない。
でも、そこへ後ろの人が話しかけてくれた。
「ねぇねぇ、工藤さん」
肩を叩かれた方から振り向くと、そこには明るくて優しそうな顔をした、美少女がいた。私は、席順に恵まれている。ありがとうと、誰に向けてか繰り返していた。しかし、相手の名前を知らないことに、20分程前の自分を恨んだ。
「裁縫得意とか、ほんま羨ましいわ。うち、スポーツばっかやってたから」
はじめて生で聞く関西弁に、驚き少し静止していた。でも、すぐに
「私、逆にスポーツできないよ」
少し焦り、関西弁についてはあえてスルーした。すると、隣の席の人が
「小塚さん、関西のどこ出身なの?」
と聞き、神戸やで。昨日こっち着いてん。と明るく振る舞っていた。
私が欲しかった内面部分を、全て持っている気がした。そして、少し嫉妬した。
「ねぇ、学校終わったらどっか行こうよ。うち、東京来たばっかで、知らへんとこいっぱいあるし」ええやろ?と捲し立てる彼女に、またしても困惑した。
私に言ってる?私に言ってくれているの?嫉妬の反面、嬉しさが込み上げてきた。
「いいよ、小塚さん。今日、早く終わるみたいだしね」
忘れないうちに名前を言っておいた。聞いていなかったなんて、口が裂けても言えないからね。
「美佳でええよ。これから毎日会うやろうし。仲良くなりたいから、」
少し頬が赤らめていくのが分かった。彼女も、照れくさいのかな。
「うちも、琴音って呼んでええか?」
私と似ている部分は、早口のところのようだ。少し間を置き、いいよと返事した。その直後、チャイムが鳴り、私は前へと体を戻した。