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枚数別のご案内――原稿用紙30枚の短編

恋する七不思議

作者: 陣 杏里

「文化祭の展示なんですけど、七不思議を調べませんか?」

「七不思議って、確か……妙な噂とセットで伝わってるあれですか?」

 放課後の新聞部部室。ずれた眼鏡を直しながら、僕は部長に聞き返した。

「そうですよ。あの噂の謎を解き明かしたら、とっても面白いと思うのです」

「『七不思議を全て知った男女は結ばれる』でしたっけ?」

 全て知ったら呪われる、なら分かるが、この学校ではなぜかカップルが出来てしまうらしい。新入生の僕でも知っている、この学校で最も有名なものだ。

「では、文化祭は七不思議の謎を解明しよう、という事でよろしいですか?」

 僕が頷くと彼女はにっこり笑い、拳を握ってこう宣言した。

「部員さんが来てくれるよう、わたくし雨宮志乃、部長としてがんばります!」

 部長と言っても、今の新聞部員は僕と二年生の彼女の二人だけ。新たな部員の獲得は急務というやつだった。

「この調査で、写真部とミステリ研究部の方に協力をお願いしようと思っているんです。二人はわたしの幼馴染で、同じように部員が少ないから」

 そこで響いたノックの音に、部長はドアを開けて客を招き入れた。

「いらっしゃい雪ちゃん。時間ぴったりですね」

「お願いする立場としては、遅れるわけにはいかないでしょ。あ、どうも」

 入ってきた女生徒の挨拶に、僕も会釈する。腰まである長い黒髪の部長とは対照的な、すっきりしたショートカットだ。

「初めまして、志乃と同じクラスの小野田雪です。現在、ミステリ研究部唯一の部員をしています。どうぞよろしく」

「こちらこそ初めまして。一年三組の八神誠です」

 差し出された手と握手をする。

「志乃、彼はもう知っているの?」

 部長はその問いに首を横に振る。

「八神さん、いきなりで申し訳ないのですが、お願いを聞いて貰えませんか? 先程の話には続きがあるんです」

 興味があったし、部長を困らせたくはないので、はいと答えると、小野田先輩が口を開いた。

「えーと、八神君は七不思議とセットで伝わる噂って知ってる?」

「あの、男女云々というやつですか?」

 小野田先輩はそうよ、と話を続けた。

「それでね、その……、一緒に、七不思議を調べたい人がいるの」

「それはもしかして、部長の言っていたもう一人の協力者、写真部の方ですか?」

 僕の推測に、二人は驚いた風な顔をした。男女の噂に二人の協力者、という情報があれば、分かると思うんだけど。

「す、鋭いんだね。この後来るはずの、古川明って奴なんだけど」

「雪ちゃんは、明君と一緒に七不思議の謎を解いて、告白したいそうなのです!」

「ちょ、声が大きい!」

 部長は小野田先輩に頭をはたかれた。

「つまり僕は、お二人が一緒に調査できるように便宜を図ればいいのですね?」

「え? 八神君、頼まれてくれるの? あ、ありがとう!」

「はい。断る理由もありませんから」

 部長の頼みでもあることだし。

「ね、雪ちゃん。八神さんなら助けてくれるよって言ったでしょ?」

 こんな風に言われるのも悪くない。

「あ、そろそろ明君が来る時間です。八神さんは今の話、秘密にして下さいね」

 時計を見た部長と小野田先輩が椅子に座り、僕もそれに倣った数秒後。

「失礼しまーす! いやー、遅れてごめん。カメラの手入れしててさ」

 ノックもなしにドアが開き、首にカメラをぶら下げた男が入ってきた。

「大丈夫です。明君が遅れるのを見越して、時間を決めておきましたから」

 部長は僕に話をするつもりで、二人の集合時間を変えておいたらしい。

「だからって遅れてもいいって事にはならないんだからね、バカ明」

「謝ってるだろ? そんなに怒るなよ」

 ため息混じりにくせっ毛を掻く彼と目が合うと、いきなり指差された。

「おー! 君は確か、八神誠君じゃないか? 全科目満点で入試を突破した、ウチの学校始まって以来の秀才と名高い」

「そ、そんなに有名なんですか?」

「だって俺、入学式の撮影係だったし。ほら、新入生代表の挨拶をした人だろ?」

 確かに挨拶はしたけど、全科目満点なんてことまで知っているのは変だろう。

「七不思議を調べるって志乃と雪に聞いてさ、面白そうだと思って来た。俺は古川明っていうんだ。よろしくな」

 幼馴染だか何だか知らないけど、何でこいつは部長の事を呼び捨てなんだ?

「いえ、こちらこそよろしくお願いします。古川先輩」

 癪に触るが、外面の良さには自信がある。僕は笑顔で奴と握手を交わした。



 七月に入り、夏休みに向けて生徒達はそわそわしている。それは僕も例外じゃなく、はりきって七不思議の調査計画書を作ってしまったくらいだ。

「まず最初に、聞き込み調査で全容を把握した方がいいと思います。僕達は七つ全部は知らないわけですから」

 放課後。新聞部の部室で、三人の先輩たちが僕の渡した書類を読んでいる。

「手分けして集めた情報を整理したら、本当に噂どおりの事が起こるのか、実地調査に臨みたいかと。詳しい手順や役割分担は書面の通りです。――以上が、僕からの提案になります。何かご質問は?」

 その途端、ばっと古川の手が挙がった。

「なんで俺と雪、志乃と後輩君の二人組で聞き込みするんだ?」

「部長から、お二人は幼馴染でいいコンビだと聞きました。息の合った迅速な調査が期待できるかと思いまして」

「後輩君、幼馴染に間違った期待をしてないか? 俺と雪は家が隣でもないし、朝起こされたりもしていないぞ」

「僕の名前は八神です。古川先輩」

「あー、ごめんごめん。八神君」

 何の反省も見られないヘラヘラした顔。むかっと来るが、小野田先輩の心配そうな顔にため息を飲み込む。

「明君、嬉しいなら嬉しいとそう言えばいいのです。雪ちゃんといいコンビなのは事実ですし、照れ隠しも程ほどにね」

「あのな、今の話をどう聞いたらそうなるんだ? 大体俺がいつ雪と一緒が嬉しいなんて言ったよ」

「八神さん、方針も決まった事ですし、今から早速聞き込みに行きましょう」

「はい、部長」

 部長は古川の抗議をさらっとかわして席を立つ。僕達は恥ずかしそうな小野田先輩に手を振って、部室を後にした。



 予想はしていたものの、聞き込み調査は難航した。正確に言うと、調査そのものではなく、得た情報を整理する方が。

 長い間、生徒達の間で伝えられて来た七不思議は尾ひれが付き過ぎていて、到底七種類には収まらなかったからだ。七つ全てを知っている生徒がいたかと思えば、別の生徒には全然違う七つを聞かされたり、なんて事もあった。

 話の内容と情報提供者を表にしてまとめるのに二週間近くかかり、やっと作業を終えたのは夏休みまであと何日、という頃になっていた。

「はぁー、七不思議がやっと七不思議になったな」

「ほんとにね。まさかこんなに多いなんて思わなかったわ」

 放課後四人で部室に集まって、お茶を飲みながら、まとめ終えた成果について話し合う。僕と部長の策略で、今日も小野田先輩と古川は隣の席だ。二人を見守る部長は嬉しそうで、彼女の笑顔が見られるなら、僕も協力は惜しまない。

「さて皆さん。夏休み前に聞き込みも終りましたし、いよいよ実地調査に入りたいと思います。今日は誰がどこに行くか、分担を決める為に来てもらいました」

 部長の言葉に、小野田先輩がホワイトボードの前に立つ。

「この中でピアノが弾けるのは私だけよね。『音楽室の人食いピアノ』は私が行く」

「小野田先輩、人食いピアノですよ? 本当にやるんですか?」

 天才的なピアニストだった女生徒が雨の日に事故で指を失い、将来を悲観して自殺。以降、雨の日に女生徒がピアノを弾くと、指を食われるという物騒な話だ。

「ここは古川先輩に女装してもらうのはどうでしょう」

 こいつなら、何かあっても問題ない。

「何でそうなるんだよ! ピアノはともかく女装なんて誰がするか!」

「あーはいはい、そこまで。ここはみんなで行けばいいでしょ、みんなで」

 小野田先輩が僕と古川の間に入ってきて、僕は渋々口を閉じる。

「『女子寮の金のなる木』は、もちろん私と志乃で行くとして、後はどうしようか? 深夜二時の理科室とかあるけど」

 彼女は腕組みをして部長に問うた。

「うーん、今度は違うコンビにしませんか? 私と雪ちゃん、八神さんと明君で」

「イヤだね。何が楽しくて野郎と夜の学校うろつかなきゃならねぇんだ」

 古川の声に、それはこっちの台詞だ、と言いそうになるが、我慢。

「あらあら明君、そんなに雪ちゃんと一緒に行きたいんですか? じゃあ夜の理科室で二人きりに……」

「しなくていい!」

 男女の声が重なり、部長の言葉を遮る。二人に睨まれた部長は不服そうな顔だが、いくら好きな相手でも、夜に二人きりは恥ずかしいと僕も思う。

「あー、もうこんなのは俺が決めてやる! 志乃が起きていられる訳ねぇから、夜の十二時の『異世界に通じる視聴覚室』と、深夜二時の『理科室の魔法の標本』は男二人で行く。それから……」

『図書館にある『あなた』の本』は女性。

『幽霊演劇部が稽古する体育館』は男性。

『死んだ水泳部員が泳ぐプール』は女性。

 僕の目の前で、三人の先輩はなんやかや言い合いながら分担を決めてしまった。

「ふぅ、これで全部決まったな。あ、いや、すまん。八神君の意見も聞かずに」

「いえ。僕もこれでいいと思います」

 古川にそんな言葉をかけられるとは意外だったが、夜に行かなければならない視聴覚室と理科室、体育館は全て男の担当になったから文句はない。

「では、実地調査の分担はこれにて決定と致します。何か異議のある方は?」

 もちろん、部長の言葉に異議など出よう筈もなかった。



「いやーごめん、遅くなって。あ、これ理科室の鍵だから。こっちは夜食。体育館の時はご馳走になったから、今度は俺の番ってことで」

「では、お言葉に甘えて。でも……どうやって鍵を入手しているんですか?」

「八神君、世の中には知らないほうがいい事もあるんだぜ」

 目の前の先輩は質問に答えず、にやりと笑うだけだ。

 文化祭を控えて、居残り準備が認められているとはいえ、さすがに深夜なんてどうしたものかと考えていたんだけど。

 何故かこの古川が、事も無げに教室の鍵と寝床を用意してくれて、問題は解決してしまった。

 夜食と理科室の鍵を受け取り、引き戸を開ける。写真部の器材を運び入れるのを手伝い、隣の準備室にある鏡の前に設置して準備は完了だ。

「今度は何か起こりますかね」

「さぁ? 願いを叶えてくれるってんだから、何かあれば面白いけどな」

 夏休みに入ってから一週間。苦労した聞き込みとは違って、実地調査はあっけないほど簡単に進んでいる。初日の視聴覚室ではゲームで対戦しながら十二時を待ったものの、何も起こらずじまい。体育館には幽霊演劇部どころか猫の子一匹おらず、広い空間は夏でも寒々しかった。

 深夜二時に、理科準備室にある鏡に映るよう生物標本を置くと、その生物が甦り願いを一つだけ叶えてくれる、というのがここにまつわる七不思議なのだが。

 今までの経験からすると、何か起こるとは考えづらい。

「先輩、一局お願いできますか?」

「お、将棋か。いいねぇ。自分で言うのもなんだけど、俺は強いぞ」

「僕も腕には少々自信がありまして」

 時計の針は一時半を少し回ったところだ。僕達は机にマグネット式の将棋盤を広げ、夜食を食べながら対局を始めた。

「古川先輩、幼馴染とはどんな感じですか? 僕にはいないもので」

「うげっほっ、あのなぁ……」

 ちょうどお茶を飲んだ時に聞いたので、奴はむせた。

「雪とは親同士が友達だってだけだ。志乃は小学校の時に雪と仲良くなって、それで俺とも腐れ縁なんだよ! だから、そういう……『幼馴染だからくっつけ!』みたいな目で見るのはやめろ」

「つまり、お二人とも好みじゃないと?」

「だって雪の奴は口うるせぇし、志乃は子供過ぎるだろ」

 飛車を進め、奴はぶつぶつと文句をたれた。まったく、贅沢者め。

「あー……、でもさ。俺はこうだけど、君は志乃に惚れてるよな?」

「ぶふぅっ!」

 不意打ちだった。

「ふーん、なるほど。だから今まで冷たい目で見られてたのか」

 ――くそ、こんな奴に知られるとは。

「まぁ、分からんでもないぞ。志乃って背は小さいけど、出るとこ出て引っ込むとこは引っ込んでるしな」

「お前なんかと一緒にするな!」

 ニタニタと笑いながら奴が言った台詞に、思わず叫んでしまう。

「おー、敬語が取れたな。最初っから変だと思ってたんだよ。今時眼鏡で礼儀正しく人当たりもいいなんて奴、いるわけないって。君はやっぱり裏表のある人だったんだなぁ。何か親近感わいてきた」

「眼鏡は関係ないだろ……あんたこそ、勝手に妙なイメージ持つのはやめろ」

「俺と雪を組ませたのは、君が志乃と組みたかったからだろ?」

 当たってはいるが、全てではない。だが、それを言ったところでどうなるだろう。正直に話してしまっては、部長と小野田先輩の計画が台無しだ。

「……だったらどうだと言うんですか」

「そんな怖い顔すんなよ、誰にも言わないからさ。応援するぜ、俺は」

「先輩には関わりのないことです」

 でも、せっかく勘違いしてくれているんだ。このままにしておくか。

「なんだよ誠、他人行儀だなぁ。あ、俺の事は明でいいから」

「先輩の番ですよ」

 無視して桂馬を進めると、奴はこう言いやがった。

「そうだな、馴れ初めでも聞かせて貰おうか。別に話さなくてもいいけど、そん時は志乃の前で口が滑っちまうかもな」

 こいつ、脅迫する気か!

「……ほだされたんだよ。入学式の帰り、真っ赤になった手でビラを渡されて」

 入学式の日は、四月なのに真冬の寒さだった。あの人は、そんな中を一人きりで勧誘活動をしていたんだ。

「そうかそうか、一目ぼれかぁ。その日雪は風邪だったし、俺は仕事があって手伝えなかったんだっけ」

 訳知り顔で頷く古川に、その後も根掘り葉掘り聞かれ、答えざるを得なかった。

 もし理科室の七不思議が本当だったら。叶えてもらう願いはこいつを黙らせる事にしよう、と思った。



「八神さんの方も、ぜーんぜん、何もなかったんですね」

「はい。気持ちいいくらいに、何も」

 あの後、結局理科室でも何も起こらず。最後の音楽室に必要な条件、雨を待ちながら、僕達は調査結果をまとめた。

 そしてやっと雨が降った今日、皆で音楽室に向かっているところだ。僕と部長の後ろからは、小野田先輩と古川が何やら言い合っている声がする。

「図書館には『手に取った人の人生全てが書かれた本』なんて無かったし、プールはいつもと変らず。女子寮の木の置物にお金を挟んでも増えませんでしたし」

 部長はがっくりと肩を落とした。

「でも部長、女子寮の話だけ違いますね。他は幽霊だの異世界だの言っているのに、これだけ『お金が増える』なんて」

 それに、七不思議なんてものはもっと、不確かであいまいなんじゃないだろうか。

 音楽室に到着し、深呼吸をした小野田先輩が、ピアノを弾こうと椅子に座る。

「雪ちゃん、ピアノはやっぱり私が」

 心配そうに言う部長を、古川が止めた。

「おっと、二人はここに座ってくれよな」

 古川は、部長と僕をピアノの周りに用意した椅子に座らせた。

「ありがとう、志乃。でも私だけ何もしてないし、これぐらいやらせてよ」

「何もしてないって、そんな事ないですよ! 皆で頑張ってきたのに」

 僕も部長の言葉通りだと思う。だが、小野田先輩の決意は固いみたいだ。

「志乃は調査計画の発案者で、率先して動いた。誠は書類仕事を片付けて、俺は鍵やカメラの手配。この上、志乃に物騒な噂の検証までさせられねぇんだろ」

 あいつはああいう奴だよ、と呟く古川に僕は何も言えなくなった。

 友達に自分の告白の後押しを頼んでおきながら――という理由もあるだろう。

 裏事情を知らない筈の古川が、一番小野田先輩の心を分かっている風に見える。これが幼馴染ってものなんだろうか?

「ありがと、明。恩に着るね」

「礼は言葉よりモノで示すもんだぜ。さっきのメシ奢るって約束、忘れんなよ」

 言葉を交わす二人。しとしと降る雨の中、緩やかな旋律が流れ出す。

 日頃古川と舌戦を繰り広げる姿からはあまり想像できないが、小野田先輩の演奏は上手で、聞き入ってしまう。

 しかし、曲が終わりに近づいても、何かが起きる様子はない。

「やっぱり、何も起こらねぇか」

 現場の写真を撮り終わった古川がカメラから手を離した、その時。

 ぐらり、と部屋が揺れる。

「じ、地震?」

「部長、机の下に!」

 部長を机の下に入れた僕の横で、何か動いた。

「雪!」

「え? なに――」

 続く揺れに、さすがに演奏をやめてしまった小野田先輩の手を、古川が掴んで引き寄せるのが見える。その一瞬後に天井の蛍光灯が落下し、ピアノの椅子に当たって砕け散った。小野田先輩の悲鳴。大丈夫だ、という古川の声。

 僕は混乱を振り払い、揺れが収まってから先生を呼びに走った。



「昨日の一件は地震だったそうです。他の人も揺れを感じたそうですから、間違いありません」

 音楽室で実地調査をした翌日。蛍光灯が落ちたのは、古くなっていた照明器具が激しい揺れに耐えられなかったからだ、という報告をする。いつもの四人で集まっている部室、ホワイトボードに写真を貼っていた古川がため息をついた。

「んで、展示はどうするよ? 一回もオカルトじみた事なんて起こらなかったし、どうも見栄えがなー……」

「まさか捏造するにもいきませんし」

 部長も腕組みをして考え込む。

「……そもそも、この七不思議っていつからあるんでしょう」

 僕はふと気になった疑問を口にする。

「いつから、って……そういや気づいたらあったな」

「何十年も前じゃなさそうだけどね」

「何で分かるんだよ?」

「七不思議に書いてあるプールだけど、出来たのは十年ちょっと前だって聞いたことがあるの。いくら何でも、無いものが噂になったりはしないんじゃない?」

 小野田先輩の言葉に、それもそうだな、と頷く古川。

「……という事は、各施設の履歴を調べれば七不思議の歴史に迫れそうですね」

「おう! じゃあ早速、俺と雪で聞き込みに行って来るわ」

「え、ちょっと?」

 古川は僕の言葉にすぐさま立ち上がり、腕をつかまれた小野田先輩が驚いて声をあげた。

「お前らは……そうだな、昔の部誌でも見てみたらどうだ? 過去の新聞部が何か調べてるかもしれないだろ」

 ごまかすならもっと気合を入れてごまかせ! と思ったものの、口には出せない。部長がキラキラした目で二人を見つめていたからだ。

「それはいい考えです! では、こっちはこっちで頑張っておきますから。お二人もよろしくお願いしますね」

「任せておけ! あ、そうそう。……がんばれよ、誠」

 部長に見送られて部屋を出る間際、ニヤニヤ顔の古川に言われて舌打ちする。

「お前もな、明」

 言外の圧力を感じた僕は、こう言わざるを得ない。

「明君が自分から雪ちゃんと一緒に行くなんて……私、感激です!」

 二人を送り出し、奥の書棚から古い部誌を引っ張り出している部長は、これ以上はないくらいの笑顔だ。古川が僕をからかう手段として小野田先輩と連れ立ったなんて、とても言えそうにない。

「それに、八神さんも明君と名前で呼び合うくらいに仲良くなったんですね」

「そ、そうなんですよ。実地調査を一緒にやる内に打ち解けまして」

 違います、あいつに脅されているだけなんです――そう言えば、脅されている理由まで説明しなければならなくなる。結局僕に出来るのは机の上に部誌を積み上げ、ページを繰るぐらいのことだ。

 もちろん、その部誌に『新聞部が調べていた何か』どころか、七不思議の真相そのものが書かれていようとは――夢にも思わなかった。



『四月十日 新入部員の男の子、いいと思わない? 兄と同じ新聞部に入りたかったんです、なんて可愛いこと言ってくれちゃってさ』

『四月十一日 思う思う! 私、結構タイプかも。ここは一つ、頑張って『ステキな先輩』をやってみますか』

『四月十二日 あの子と話せちゃった! 七不思議とか都市伝説とか、そういうオカルトっぽい事が好きなんだって』

『四月十三日 思いついたんだけどさ、私たちであの子の為に、この学校の七不思議作っちゃわない?』

 夏の日が眩しい部室で、古びて黄ばんだノートを古川が音読している。

「四月十四日 七不思議を作るってどういうことぉ? わたし、わかんなぁーい」

「そんなこと書いてないだろう! 気持ち悪いからやめろ!」

 昨日。部長と一日かかって部誌を調べたが、何の収穫もなく。疲れ切って書棚に戻そうとしたところ、裏に一冊のノートが落ちているのを見つけた。十年以上前の日付が書かれた部誌は、当時の部員達に交換日記代わりに使われていたらしい。この後彼女たちは『それっぽい七不思議』を作り上げ、例の男女云々という噂とセットで流布させたものの、誰も『男の子』といい仲になる事はなく。日記は唐突に途切れて終っていた。

「あー……これはつまり、過去の新聞部が七不思議を捏造した、という証拠でいいのかな?」

「それ以外の何に見えるんだ?」

 正直、古川なんてどうでもいい。気の毒なのは小野田先輩だ。ノートを読んでから、机に突っ伏してしまって一言も喋らない。頼みにしていた噂はおろか、七不思議そのものすら嘘だったんだから。そのショックは相当なものだろう。

「どうしてですか? 捏造なんて、新聞が一番しちゃいけないことなのに……」

 椅子の上でうずくまった部長が呟く。

 モノが七不思議でも、捏造という言葉は重い。

 これは新聞部にとって最大級の不名誉だ。公になれば新入部員どころか、部が無くなる事もあるかもしれない。それに、僕達に責任が無いとはいえ、隠し通すのも後味が悪い。何より、士気が大幅に下がってしまっている。こんな状態では文化祭の展示なんて――

「……こんな噂に頼ろうとした私がバカだったわ」

 不意に、そんな声が聞こえた。

「別に、噂があろうとなかろうとやる事は同じなんだし。志乃、八神君。今までありがとう」

 いつの間にか立ち上がっていた小野田先輩は、大きく深呼吸してから、一言こう言った。

「私、やるから」

 彼女の表情を見て感じた気持ちを、言葉にするのは難しい。強いて言うなら焦り――いや、むずがゆさに似ている。やるべき事をやっていない時の、いらいらするあの感じだ。

 話があると古川を連れ出す小野田先輩を見送り、ふぅっと息をつく。

 多分僕も、心のどこかであの噂に期待していたんだろう。でも、小野田先輩の言う通りだった。噂があろうとなかろうと、僕の気持ちに変わりはないのに。

「部長、僕もお話が……って、何をしているんですか?」

「た、大変です! すっかり忘れてました!」

 決意を固めた僕が部長の方へ振り向くと、彼女は急いで鋏と紙を用意していた。

「私、雪ちゃんから明君に告白するって話を聞いた時、二人のお付き合いを紙吹雪でお祝いしようと思ったのです。なのに、作るのをすっかり忘れてしまっていて……」

 転びそうになりながら椅子に座り、焦った様子で紙を切り始めた。――部長の中では二人が付き合う事は既に決定事項らしい。なんというか、これも幼馴染というやつなんだろうか。

「部長、指まで切りそうですよ、気をつけてください。大丈夫、二人でやれば間に合いますから」

「や、八神さん……どうもありがとう」

 泣きそうな笑顔を見て、僕はしみじみと幸せをかみしめた。ひたすら紙を切り刻んでるだけだって、僕にとってはかけがえのない時間なんだ。

「ところで、八神さんのお話とは何ですか? 先ほど、何か言いかけたのでは」

 ぎくっ、と飛び上がりそうになった。

 十分くらい経っただろうか。紙吹雪を作り終え、一息をついたところにこの言葉だ。図っているのかと疑いたくなる。

 だけど、今言わないでいつ言うんだ? 言うべき時は、今に決まっている。

「雨宮志乃さん」

「は、はい?」

 なぜか居住まいを正した彼女をじっと見据え、ごくりと唾を飲み込む。

「僕は――」

「志乃ぉー!」

 一瞬、だ。何か大きな音がして、僕の視界から彼女の姿がなくなる。

「ゆ、雪ちゃん?」

「あ、明がね、私の事好きだよって、言ってくれたのぉぉー!」

 部長に抱きついて、涙声でおんおん叫んでいるのは小野田先輩だった。女性の涙にカチンと来たのは生まれて初めてだ。

「八神君、ちょっと聞きたいんだが」

「なんでしょうか、古川先輩」

 まぁ、それもいじり甲斐のある先輩のご帰還で帳消しにしよう。折角だから作ったばかりの紙吹雪を投げつけてやる。

「ぷわっ、誠、お前全部知ってたな? いつからだ!」

「それは世界一の愚問ですね、先輩。最初からに決まっているでしょう」

 気づけば、部長もとても楽しそうに紙吹雪をまいている。

 捏造の問題はあるものの。

 今はこの先輩カップルを応援してやろうじゃないか、という気分になっていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] このテイストで日常ミステリー連載とか読んでみたいですね。七不思議一個一個に真相つけるのは大変そうですが。 陣さんの作品は続きを読みたいと思わせる時点で、短編として完成されてますよねー。 それ…
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