第五話 裏切りと失望
ようやく内容のある話が書けそうです。
頭に手を突き刺した
そう、突き刺したんだ。痛みはなく、え、なにやってんの!?といった衝撃の方が強く、ちょっと泣いてたかもしれない。
しかし、遠慮することなくグリグリと突き進むフェリシアさんの華奢な手はすでに腕まで埋まっているようで、その周りでは綺麗な赤い魔力光が踊るように彩っている。刺さっている感覚はまったくないのだが、その光景を上目気味に見ているとむず痒く感じるのが不思議だ。
しばらく真剣な表情ではあるが、慣れた作業をやるような表情を浮かべていたフェリシアさんは、驚いたような、それでいて憎い敵を見たような表情を浮かべたが、俺の顔をちらりと見ると、アフリカゾウだと思っていた生き物が毛を剃ったマンモスだと気づいたような複雑な表情をし、眉をしかめていたがまた真剣な表情に戻った。
くるくると変わる美しい顔を眺めていた俺は、なんとなく得をしたような気分でいたが、一度浮かべられた憎いモノを見るような表情が気になり、嫌な予感がしてきた。
自慢じゃないがここ最近嫌なことばかりあり、俺の嫌な予感は予知能力のように進化している。ほんと自慢じゃないが。
しばらく俺の頭だかなんだかを弄っていたフェリシアさんはズブズブと音が聞こえそうなゆっくりとした動作で腕を引き抜いていった。
それを見て夢に見そうな光景だ、と思いながら尋ねた。
「もう終わりなんですか?」
「とりあえずのとこはね。絶対に動いちゃダメだからね」
と言われた俺は、同然動くこともなく、ボーッとした目で動作を見ていた。
だから、ゆっくり抜いていた腕を一気に引き抜いたフェリシアさんが腕を今度は一気に腹に突き刺すといった行動に対処できなかったことは批難できまい。
ずぶっ!と生々しい音と共に俺の腹に腕が突き刺され、激しい痛みが襲ってきた。まず間違いなく死ぬ勢いで腹に刺された腕を見て、漸く俺は状況に気づいた。
いままで、甘く愛する子供に接するように俺に接してきたフェリシアさんが、そんな行動をとることが信じられず、信じたくもなかったのだ。
「茶番も、ここまでだ。よくも今まで騙してくれたな。『勇者』」
勇者、と発したフェリシアさんはその言葉自体がひどい皮肉であるように吐き捨て、俺の腹にいれている手を腹のなかで動かし、続けた。
「しかも貴様、男ではないか!」
と、激しい口調で言い、今までが聖母だったのなら、まるで鬼のような形相で吐き捨てた。
いや、勘違いしてたのあんたやんけ・・・・・と心の中で強く思いながらも一番気になっていた事について触れることにした。
「ゆ、勇者ってなんですか?」
腹に手が入っているからか、きちんと発声ができなかったが、どうやら通じたようで、フェリシアさんはその美しい顔を真っ赤にした。
「貴様の魂体に刻まれていた刻印がそれを裏付けている!しらばっくれるのもいい加減にしろ!」
「いや、もうなにがなにやらさっぱり分からないです。とりあえず抵抗とかしないのでこのお腹の手をどかして貰えないでしょうか」
これまで幾度も辛いことがあったからか、ガラスの心の俺にしては落ち着いた態度でそう言うことができた。
「む、本当に知らなさそうだな・・・・勇者は城に召喚されると聞く。貴様が死んでいた場所は王都から離れているしそこまで旅をしてきたにしては実力もなさすぎる。不明瞭な点が多すぎるな」
「でしょう!ほんっと分からないんですよ!起きたら空を飛んでるし、落下死してるし!この上三年間育ててくれたフェリシアさんに嫌われたりなんてしたら心が折れちゃいますよお!」
「むむむむむ、その表情嘘とは思えない。とりあえず話を聞こうか」
俺が凛々しく毅然とそういうと、漸く分かってくれたのか腕を一気に引き抜き、時代劇なんかで刀を振って血を飛ばすような動作を腕でした。
俺の腹に開いた穴は程なくしてゆっくりとふさがり始めたのを見て、人間卒業したことを改めて実感する。
「早く説明しろ。私とて娘であるお前を殺すのは忍びないが勇者であるならば絶対に逃がすわけにはいかないんだ」
どうやら俺は娘だと認識されているらしい。
「僕もよくわからないんですが、家のベットで寝て、目が覚めたら空から落ちていたんです。それから先のことは、フェリシアさんが知っていることとまったく同じですよ」
と、半泣きになりながら答えるとフェリシアさんはしばらく考える素振りをしたあと、奴等そこまでして異界の原石を欲するか、だとか、人の欲は全てを食い潰す、だとか怒りの表情で呟いていた。
「なにか分かるなら教えて欲しいです。ほんとなんも知らなくて」
「ああ、ごめんね。お腹痛くない?」
「もう大丈夫ですけど分からないことが多すぎて、もやもやするんです。教えてくれませんか?」
口調も目つきも見慣れた聖母のようなものになったフェリシアさんは少し悩んだあと語り始めた。
「吸血鬼は個人差もあるけど血を飲まないと生きていけないわ。同族の血でもいいのだけど血中エーテル量が多すぎて発熱してしまったり体に害を及ぼすの。だから人族の血を私たちは飲むのだけど、この行為が人族からしたら醜悪に見えるというのも理解はしていたわ。だから、人族が好きで、人大陸に渡ってきた私たちは取引で貰った血や善意で貰った血だけを飲んでいたの。あいつがくるまで、気のいい人族や、家族同然の眷属たちと穏やかに過ごしていたわ・・・・」
そこまで懐かしげに語った彼女は、目つきを鋭くさせ、鬼としての一面を見せた。
「あいつ、勇者は私たちを拐っていった。気のいい人族たちも、わたしの眷属たちも、そして私の唯一人の妹も」
そこで一息いれ、
「我が家族を連れ去ったんだ!!!!!」
そう叫んだ彼女の瞳は、ただ強い憤怒で緋色に染まっていた。
俺は、その怒りに中てられ、身が震えた。その怒気は形をもちそうなほど生々しく、その声は自然と涙が出るほど哀しみに満ちていた。
深呼吸した彼女は話を続ける。
「私も能力の限りを尽くして戦った。だけど勇者とその一行には敵わなかった。光の魔術や、聖なる剣は相性が悪い。始祖の回復力でどうにか生き残ったけどまだエーテル濃度の高いこの地でしかこの身を保てないわ」
俺から見ると特にダメージは見られないが、魂体に深い傷があるらしい。
「あなたは今の話を聴いて涙を流してくれた。本当に勇者とは無関係なのね」
まだ信用してくれないのか、と思ったが、家族を全員拉致されたのならこの疑いっぷりにも納得できる。
勇者に対する敵意も理解できる。
なんだその勇者、完全に略奪者じゃないか。
「で、僕が勇者ってどういうことなんですか?本当に心当たりはないんですけども・・・・」
「成鬼の儀では魂体と肉体にかかっているリミッターを外すためにその両方にアクセスをかけるの。吸血鬼としての力を未熟な体で使うと体も魂も壊れてしまうからリミッターがかかっているわけ。で、それにアクセスしたら、魂体に勇者の刻印、のようなものね。が入っているのが見てとれたわ」
ふぇ!?自分で言うのもアレだけど俺は俺が勇気ある者だとはとても思えないし、城に呼び出されてかわいいお姫様にー、みたいな体験もした覚えが無い。
俺の混乱している顔を見たフェリシアさんはため息をついた。
「おそらく召還に必要な星の周期とか陣とかを中途半端、不完全に儀式を行ったのね。だからわけの分からないところに『召還』されたってとこかしら」
マジかよ。いしのなかにいるとならなくて助かったというべきか。そらたかくにいるも大概だが。
「勇者の刻印が正常に働いているなら自らの『正義』に盲目的な正義の怪物になるはずだったわ。危なかったわね」
なんでも勇者は召還されたものと、自分の求める正義に盲目的になる呪いだか加護だかを授けられるらしい。それが影響して滅びた種族だとか国もあったというからアホらしい話である。そんな不安定なものを召還するとか自殺願望でもあるんじゃないだろうか。
「フランちゃんが正気を保っているってことから、勇者の刻印は不完全でほとんど影響がないレベル、もしくは始祖吸血鬼の力で抑えられているか、といった感じだとおもうわ。両方作用しているから、ってのが最有力だと思うけど」
グシャッたのが実はラッキーだったと。呼び出された時点でアンラッキーだけど。
とりあえず色々分からないことが分かった。結局のとこ、異世界転生ものにありがちに人間は腐っているってことかな?いずれ俺を呼び出したヤツとやらと出会ったらお礼参りしてやるとして、お世話になったフェリシアさんの家族で拉致られたひとたちを助けてあげたい。お世話っていうか文字通り命の恩人だし、それらの問題をぽーいして元の世界に戻るほど俺は腐っていない。不死属性だけど。
第一目標はフェリシアファミリーの出来る限りの救出、かな。
と、この世界でのとりあえずの目標を定めていると、
「で、アナタ・・・・男、なのよね?」
と、なんだか不安を覚えるいい笑顔で彼女は言った。
裏切りと失望を感じた笑顔で。
※サブタイトル変更
※読みやすいように本文改変
※いろいろ後での不合理点を修正
こう、感想くれたらとてもうれしいです。