第十六話 獣人の里、出発
俺は魔術をレイとレイナの前で行う。
魔術の発動には魔法文字の詠唱が必要であり、今回の文字は76文字。およそ80だな。
それは一単語ごとに早く読まなければならず、必然、最終的には超早口になるのだ。
昨晩時間をかけて練習したので一人目、レイナにはなんなく成功。
次はレイの番である。
果実水を受け取り、喉を癒す。
便利なもので、この吸血鬼の体は喉がつぶれたりとか、声が枯れたりだとかはすべて超再生で起こりえないのだが、喉が乾くものは乾く。
たまの水分補給が必要なのは人間と変わらないのだ。
「大丈夫ですよね?」
レイは不安な顔をしている。
耳と尻尾が消えたレイナがはしゃいでる声が聞こえており、大丈夫だということはすでに証明されている。
だがやはり魔術を体に使われるというのは不安なものらしく、緊張で耳と尻尾がぴーんと立っている。
余談だが、獣人のスボンや下着は、尻尾を保護するためなのか、尻尾の動きを邪魔させないためなのか、穴が開いている。
と、いうことはその穴を塞いでいる尻尾が消えるということは、穴が丸出しになるということで、その穴からは素肌が見えるということで。
つまり、そういうことだ。
どう伝えるか悩み所だ。
とりあえずレイに術をかけてから伝えよう。
他意はない。
「さて、もう始めていいかな?」
「うー、わかりました!女は度胸っていいますしね!」
かかってこいやー、とレイの目が語っている。
やけくそも度胸のうちだ。
さて、俺は魔術を始める。
魔法文字は76文字。もう一回成功しているし昨晩さんざん練習もした。
慣れたものだ。
10文字、20文字、30文字、と読んでいく。
50文字からは一度緩やかになる。
50文字60文字とスピードが遅くなり、60文字から78文字までスパートだ。
舌が疲れた。
最後に『変装』と呟く。
まあ様式美だな。
技名は言わないと。
「終わった、んですか?」
レイは怖々と目を開く。
術式の間中、目をぎゅっと瞑ってたのだ。
立っていた耳と、尻尾はすでにそこにはない。
あるのは艶々したプラチナブロンドと可愛らしいお尻だけだ。
穴の開いたズボンから覗くお尻の破壊力はヤバイ。
というか『変装』の仕様上、こんなこと起こらないはずなのだが。
ああ、術者の考えた通りに『変装』させられるから俺の願望が出てしまったのか。失敗失敗。
小さく5単語ほどを呟いて修正する。
修正はそんなに難しくない。
二人のズボンに小さく空いてた穴は塞がると、その神秘を隠した。
俺は敬礼をしてそれを見送る。
「お前はなにをしとるんじゃ」
振り向くと、そこには髭の塊みたいな爺さん、アーノルドが呆れ顔で立っていた。
「術の生み出す奇跡を観察していた。あくまで学者の目線で」
「アホなこと抜かしてるんじゃない」
アーノルドは辛辣だ。
この人はさんざん俺と一緒に行くことを二人に薦めといて、いざ当日になると、あれ持ったかこれ持ったか、王都で注意すること、人間社会での心構え等を二人に教えていた。
あまりにも心配そうなので、じゃあ連れていかないほうがいいか、と言うとそういうことじゃないんじゃよ、とかなんとかぶちぶち言っていた。
過保護なのかなんなのかハッキリしてほしい。
今も見えなくなった耳と尻尾をお互い弄りあってキャッキャしている二人を心配そうな目で見ている。
なんだかこのままだといつまでも見ていそうなので話を変えることにする。
「あー、そういえばあの二人の名前って似てるよな。レイナ、レイってさ。偶然って怖いな」
アーノルドは二人から目を離し、今度は俺の目を見た。
「ああ、あの二人の父が大の仲良しでの。娘が生まれたら互いにこの名を付けようと話し合ってたんじゃな」
懐かしそうな目をしつつ、そう語るアーノルドは二人の父親のことをよくしっていそうだ。
こんだけ歳をとってる爺でしかも三人とも稀少種なのだ。
繋がりがあってもおかしくは無さそうだ。
「ふーん、じいさんとその二人は知り合いなのか?」
その言葉を聞いてアーノルドは誇らしそうな顔をした。
「家族じゃよ」
◆
その後も、とりとめのない話をしていた俺たちの前に、スーがやってきた。
「そろそろ出発しないと着くころには門が閉まっちゃうよ」
そう言って急かすので俺はレイとレイナを呼びにいった。
二人ははしゃぎ回ったあとだからか、眠そうな顔をしている。
「ほら、二人とも。もう出発だぞ。はやくしないと置いていくぞ」
俺の声を聞いて、レイナはうつらうつらとしていた顔をばっ、と上げると俺に飛びついてきた。
「おとーさん!置いてかないで!」
なんだかここだけ切り取ってみると俺がすごい悪人に見えてしまう。
俺は善人界でも善人すぎて追放されるくらい善人なのに。
レイもすっ、と俺の近くによって服を摘まんだ。
「ここまで来て置いていくのは無しですよ」
と言うと、不安そうな目で俺を見る。
この娘は押しが強くて計算高いのだが、ところどころ脆い。
そんな姿を見ると救いたくなってしまう。
まあ、助けはするけどね。
気づいたら一線を越えてたとかならないように注意しよう。
さて、出発のときがきた。
俺はフランちゃんに赤い目金髪の吸血鬼モード。
スーはボロい外套、フードを下ろしている。
レイは槍を持ち、俺を襲ってきたときと同じ格好のアニマルズ時代のものだ。キャラのついた今、新しい服をあげてもいいかもしれない。
レイナは俺の隣で涙を堪えている。服装は、the村娘!な感じのもの。スカートがラブリー。
レイナは俺の前だと幼いが、生い立ちのせいなのかなんなのか他の人の前だと大人びている。
そんな彼女が涙を堪えている姿は俺の胸にもダメージを与えた。
お菓子を買ってあげたくなる。
まだ里の中で、里のすべての人が集まっているのが壮観だ。
改めて見ると、2、300人は人がいる。
獣人がどれだけ王都にいたのかは知らないが、大半がこの里にいそうだ。
なにか作為的なものを感じつつ、正面に立ったアーノルドが喋りだしたのを見て、思考をやめる。
「我々は、家族じゃ。種族が違い、それぞれの至上とする考えも違う。じゃが、我らは同じ差別されものとして、こうしてここに集まっておる。そんな家族が二人里から旅立つ。白獅子のレイナと白虎のレイじゃ。大変!心配じゃが、フランがついているので心配無用じゃな。みな寂しいと思うが、ワシだって寂しい。笑って見送ってやってくれ」
拙く演説をし、俺たちを見送る彼らの目には涙があった。
レイもレイナも涙を浮かべており、これぞ別れの雰囲気といった感じだ。
一番泣いているのはスーで、嗚咽をあげている。
ファミリーものに弱いというのは本当のようだ。
アーノルドが俺の前にやってきて頭を下げた。
「二人を頼みますじゃ」
「ああ、任せろ」
互いに一言だけ。
男はこういうクールな別れがいい。
長くなるとクールではない。
「ぐすっ、二人は、このスーが、命に変えてでも守るから安心しておじいちゃん!」
こいつがいつも台無しにするから俺のクールさがアピール出来ないんだが。
だいたいお前王都に行くまでの付き合いだろうが。
「うむうむ!任せましたぞ!」
アーノルドは嬉しそうに笑った。
森から抜ける頃には、二人は別れから立ち直り、先のことを考える余裕が生まれていた。
二人は人間の町がどんなものなのかを話し合い、和気藹々とした様子だ。
楽しそうでなによりだ。
「で、スーは王都に着いたらどうするんだ?」
「ん?わたしは一度お母さんのお店によってから合流することになるかなー」
「いや、合流って。お前ついてくる気かよ....」
王都でさよならだって聞いてたような気がする。
まあ俺は王都を知らないし、レイ、レイナコンビも言わずもがな。
しばらく付き合って貰うのも悪くなかろう。
「そうか。じゃあぜひお願いするよ」
「ええ、任せて」
スーの笑顔はどこでも変わらない。
実家のような安心感がある。
「あ、吸血鬼様!お疲れさまです!」
そう言ってぴょんっ!と飛んで敬礼をしたのは強面兎の獣人。
そう、お留守番していたアニマルズである。
彼は一日外で過ごしたからか服はヨレヨレ、見るからに徹夜明け感を醸し出していた。
「....お疲れさま」
こんなにも自然にこの言葉を言えたことは、俺にはない。
労い、という言葉がどれだけ大事かを思い知った。
「はっ!ありがとうごさいます!」
そういうと彼は見事な敬礼をした。
「お疲れさまでした、ラビ」
「はい!あれ?レイもレイナも吸血鬼様についていくのかい?」
怪訝な表情のラビ氏。
まあそうですよね。一日森にいて荷馬車の番をしていたのだ。
情報弱者になるのも仕方がない。
かくかくしかじかと説明をする俺たち。
ふんふんなるほど、と相づちをうつラビ氏。
レイの話はさくっと終わったがレイナの話が彼女の生い立ちから始まるため、一向に終わる気配がない。
生まれた土地の話に始まり、親との別れ、レイとの出会いなどが語れていき、崖で俺に助けられたところに入る頃にはスーが涙の海に沈んでいた。
辛かったんだね、辛かったんだね、と呟くスーだけでなく、この場にいる皆が泣いていた。
ラビさんも泣いている。
兎の目にも涙だ。
俺は、俺がフェリシアさんに家族となったようにこの子の家族になろう、と決意していた。
この子を一人にして去るのは俺には難易度が高すぎる。
「フランおとーさんにずっとついていくって決めたから、里を出るの」
「おう!一生俺たちは家族だぞ!くそっ!目にゴミが!」
俺とレイナは抱き合った。
いつもならスーも入りたがるのだが、スーはまだ泣いている。
レイが寂しそうな、罪悪感を覚えたような表情で俺たちを見ているのが印象的だった。
ふぇえ、感想がほしいよぅ




