第九話 第一の成長
世界の話をしよう。
この世界には二つの大陸がある。ひとつは人大陸であり、ひとつは魔大陸だ。
その名前はそれぞれが住む住人に由来する。すなわち『人族』と『魔族』だ。亜人と呼ばれるエルフ、獣人、ドワーフはその両方に分布し、人でも魔族でもない、とされているが、いまだに分類学の論争の種になるほどあやふやな立ち位置であるのだがそこは割愛する。
つまり海があり、大陸が二つあるのだ。
その片方、われらがいる人大陸であるが、いくつもの国がある。特筆すべきは三つの大国、すなわちエルラント王国、ランドグリッツ帝国、ルルス聖教国である。
勇者のエルラント、力のランドグリッツ、宗教のルルスの三大国が常に睨み合っているのが現状だ。
冒険者ギルド、商人ギルドなどのギルド制度が大陸で採用され、そのおかげか、ここ百年ほどは大きな戦いらしい戦いはこの三国には起こっていない。小国との戦いはあるのだが。
さて、話を戻そう。俺、フランは今フェリシア邸、ことログハウスにいる。今、ここにはお客さんが来ている。スーという名前の行商人だ。スーはフェリシア家に波乱を起こしたお詫びに商人の命、情報を提供してくれるらしいのだ。
そこで俺が求めたのが世界情勢。あらかたの歴史と国が分かるとは言っても読んだ冒険譚だとか旅行記は良くて十年前。悪くて百年以上前の出来事や、国の状況しか書かれていなかったのだ。これから旅に出る予定の俺は喉から手が出るほど情報がほしい。
「亜人差別が激化してエルラント国内だともう亜人を見ないことかなぁ・・・・手先が器用だってことで重宝されてたドワーフだとか統一戦争で殊勲を上げて叙爵をされた亜人も廃爵されて財産の没収した上で国外追放したって話だから徹底してるよね」
「あれ、エルラント王国って亜人も重要視してたって話を読んだんだけど」
「それは先代の王の話だね。今の王様は亜人排斥の一番偉い人って話だねえ。急に税を上げるしあんまいい噂は聞かないね。なんでも第二の勇者を探してるとか聞いたけどね。勇者の特徴黒目で黒髪のおとこを探してるって・・・話・・だけど・・・・」
スーはそこで無言になると、大きな瞳をどんどん大きくすると唐突に叫んだ。
「ああああああああ!!!!!!!!!!アンタじゃん!!!!!!!!!!!!!」
あまりの叫び声にフェリシアさんも俺も思わず耳を塞ぐ。
「あ、あ、あ、アンタ!ちょっと私と一緒に王都まで来ない???」
スーの目がドルマークになっている。いや、この国の貨幣だとなんだったか・・・・金貨?
「断る」
「いやいやいや、アンタ連れてけば白金貨10枚だよ!?三十年は遊んで暮らせるじゃにゃいの!!!」
興奮しすぎて噛んでるし。白金貨はたしか金貨100枚だったか・・・・十枚だと場所にもよるけど一億くらいかな。一億ぽーん、とかこの国大丈夫か?
「勇者として働かされるとか死んでも嫌だし」
「ま、まあ、そう言わずにさぁデュフお姉ちゃんと一緒にさデュフフ王都にいこう?コポォ」
いやらし過ぎる笑いを浮かべるスー。フェリシアさんは俺の横で真顔になってる。怖い。文字通り欲に目がくらんでいるスーは気づいていない。
「ねーねー、山分けでいいからさぁ」
「いい加減しつこいなぁ。フェリシアさんの前だぞ?」
スーは浮かべていた汚い笑顔を凍らせ、フェリシアさんの顔を見た。
フェリシアさんはスーに見られるとニコリと笑うが、目が笑っていない。
「はぁ、また失敗しちゃったわねぇ・・・・長く商人やってるとお金の為ならなんだってやれる気持ちになっちゃうのよね・・・・・」
そう憂い顔で言うと、フェリシアさんに頭を下げた。
「ごめんなさい!アナタの家族に迷惑をかけたしアナタに不快な思いをさせちゃったわね。命の恩人に失礼な事をしたこと、深く謝るわ」
「命の恩人?」
思わず声を漏らしてしまう。
「ええ、シアはシアがすべてを失った日、その全てをかけて行商に来てた私の母を助けてくれた。母の命の恩人だからすなわち私の命の恩人ってわけ」
「感謝をされることは嬉しいけどあまり持ち上げられるとはずかしいわ」
フェリシアさんは先ほどまで剣呑な瞳をしていたが今ははにかんでいる。
「いえ、さすがに調子に乗りすぎたわ。なにかお詫びになるものがあったら言って?商人の意地にかけて出来る限りなんでも用意するから」
そう真面目な表情で言うスー。フェリシアさんがなにかを積極的に要求する姿はあまり想像できない。
「そうね、それじゃあ一つだけお願いを聞いて?」
「ええ、なんなりと」
これは驚いた。フェリシアさんは何を欲求するんだろう、と興味津々に見ていると、次に出てきた言葉を聞いて耳を疑った。
「フランを連れて行って」
「はい?」
なぜそこで俺?
「なんでアナタが気づいてないと思っているのか不思議だけど、アナタ自分の元いた世界に戻る方法を探したいんでしょう?別の世界への転移魔術なんて私にも分からないわ。なら、外に行きたがるのは当然だと思ったのよ」
名探偵かよ
「でも俺には始祖の責務が」
「そんなものないわよ。その力は私が押し付けた力。アナタはアナタの欲する力を手に入れにいきなさい」
「始祖しか純度の高い吸血鬼を生むことは出来ないと聞きます。俺がこの世界からいなくなれば始祖はフェリシアさんしかいなくなる。そしてフェリシアさんはもう始祖の力を受け渡すことが出来ないのなら、俺には誰が何と言おうと吸血鬼一族の運命がかかっている」
「始祖でなくても吸血鬼は子をなすことが出来るわ」
「いずれ血が薄まり、人と変わりがなくなるのなら、それは吸血鬼とは言えません」
「たとえそうなったとしてもその子達は吸血鬼の子です。私たち一族は途絶えないわ」
「それは詭弁です!力がないのならその子らは吸血鬼と言わないでしょう!」
「たとえ詭弁だろうとなんだろうと私はアナタに幸せになって貰いたい。アナタの幸せはこの世界にはないでしょ?」
「俺はフェリシアさんと共にいられればそれで幸せなんです」
なぜだろうか。あんなに外に出ることの許可が貰いたかったのにいざ直接行けと言われると行きたくなくなる。
恋は駆け引き、みたいなことなのかな?よくわからん。
「そう言ってくれるのは嬉しいわ。私の愛おしい子」
そう言うと俺の顔に手を添える。
「アナタの幸せは私の幸せ。どうか行ってくれないかしら。決意が鈍るわ」
フェリシアさんの頬を涙が伝う。俺はこの人の涙を始めて見る。
そもそも家族を全員奴隷や泣き者にされ、詳しい年数はしらないが一人でいたのだ。寂しくないわけが無い。新しく家族になった俺を俺の幸せのために自分から離れさせるなんて悲しすぎる。誰が悲しいって俺が悲しいんだ。
今なら分かる。いままで俺がグダグダ言いながら旅立ちを先延ばしにしてきたのはこんな悲しい思いをしたくないからだ。なら、もう答えはきまっている。
おれは親への謝罪を、地球への帰還を諦めた。
「俺は絶対に帰りません。俺の居場所はもうここです。ただ、妹さんや眷属たちを探す為に旅に出ることはするんですけどね。だからもう地球へ帰れ、なんて悲しいこというのは止めてください」
そう口にすると、不思議とこの選択は正解だと確信した。
そしてフェリシアさんはその言葉を聞くと、俺を抱きしめ、
「馬鹿ね」
と呟いた。
俺はその声を聞いて彼女はいつもの微笑を浮かべているだろう、と不思議と確信した。
ようやくあらすじ通りフラン(巽)はひとつ成長しました。
こいつダメなヤツですからこれからも成長していくことでしょう。




