第八話 スーのスーはスーハーのスー
荷馬車に揺られ、フェリシア邸に到着したころにはすっかり暗くなっていた。行きにはフェリシアさんと走って行ったのだが、そちらの方が十倍近く速かったのがなんとなく誇らしい。
途中、荷馬車に揺られるという状況から連想したドナドナ(ロックバージョン)を歌っているとその曲を気に入ったのか、スーさんも真似して歌いだし、途中でフェリシアさんも入るという事があった。三人でドナドナを陽気に歌う姿はさぞ不気味だっただろう。俺が子牛だったなら一も二もなく逃げ出すね。
家に到着するころにはすっかりドナドナのフレーズが気に入ったようで、スーさんはずっと口ずさんでいた。小学生のときの俺もそんな思い出があるので、なんだか和み、次はジャズバージョンを教えようと思った。
「まずは風呂に入りなさい、旅の汚れを落としたいでしょう?」
と、フェリシアさんが言うと、スーさんは獣の目でこちらを見てきた。俺は、それをいち早く察知すると、さりげなく、しかし素早く書庫へと逃げ、続きまで読んでいた王国の旅行記を読んだ。事態が発覚したときの恐ろしさを味わうのはもうごめんだからね。
◆
旅行記を読んでいると、フェリシアさんに呼ばれたので、食堂へと降りていった。そこには風呂に入り、上気した顔のスーさんが安楽椅子でぐでーっとしていた。
「まったく、女の子はあまり隙を見せてはダメよ?アナタは可愛いんだから」
「ここに男はいないからいいもーん、さすがに男がいるとこではシャキッとしてるわよ」
アー、ソウデスネ。ココニ、ケモノハ、イマセンヨ
フェリシアさんはこちらをちらりと見ると、ため息をついた。
「カミングアウトは早めにした方がいいわよ」
と、耳元で囁き、自分から言おうとしないのはスーさんへの配慮か、はたまた俺への信頼か。まあ前者でしょうけど。
「そう!私が持ってきたフランの実!あれでジュースを作りましょ!シアの好物よね!」
ガバッと起き上がるとスーさんはそう言った。フランが、フェリシアさんの、好物、と。
なるほど。
好物、ね。
と、混乱しているとフェリシアさんは顔を赤くしながら名付けに他意はないわよ?と呟く姿が堪らなくいとおしく、俺のハートはブレークしそうだ。
窓を開けて好きだーっ!と叫びたい。
「はい!それじゃあフラン切ってくるわね!」
といって慌てて出ていく姿にひそかに萌えていると、スーさんがしゅばっと俺に迫ってきた。ライオンの檻に肉のネックレスをつけて入ったような気分だ。
「で、で、フランちゃんは何者?吸血鬼、みたいだけど眼の色が黒いわよね!」
「あっはい」
なんだかよくわからない恐怖を前にすると言葉が出ない。
「シアと一緒にいるみたいだけど彼女の眷属にしては若いみたいだけど、噂に聞いたことある再生させて家族になるってやつかしら」
「家族というと、まあ家族みたいなもんですけど」
「ん?そういう意味じゃなくて、文字どおり家族になるのよ。生涯で一人だけ、始祖を継承させるために人間を吸血鬼化させるのね」
俺は愕然とした。そんな大事なモノを俺なんかに使ったのか。しかも俺は、彼女が憎む勇者のなり損ないだ。
勇者の力は継承させられてるから正式に勇者だと言ってもいいような存在だ。彼女がそのことに気づいたときの表情が脳裏に甦る。あの、絶望し、憎しみに満ちた表情には後悔もあったんじゃないだろうか。
しかも、俺は、それを裏切って故郷に帰ろうとしている。
始祖がいなくなると吸血鬼は絶滅するのだろうか。
気づいてしまうともうどうしようもない。嫌な考えが頭の中をぐるぐると廻るのを止めることは出来ない。彼はそもそもあまり心の強い男ではないのだから。
「え、え、急に落ち込んでどうしたの?大丈夫?」
スーさんがなにか言っているのを感じているが、返事をする気力は出なかった。
しばらく慰めともつかない慰めを受けていると、優しく抱きつかれた。
「まったく。心の弱い勇者様ね」
フェリシアさんはそう呟くと俺を抱きながら頭を撫でる。
「勘違いして怒ったことは謝るわ。でもね、貴方を始祖の一族に入れたことに後悔なんてないわよ。成鬼の儀を三年で済ませるのよ?誉められこそされ、攻められはしないわ」
「だけど、俺は勇者、なんですよね?」
「貴方は正義の化物じゃない。勇気ある者だわ」
どうやら言い合いは勝てなさそうだ。俺はま20数年しか生きていないのに対してフェリシアさんは100だとか200だとか生きてるんだから。
泣いてなんかいないよ?
◆
「ほんっとうに申し訳ない!」
スーさんが這うようにして俺とフェリシアさんに頭を下げている。どうやら先ほどの会話で事情を察して自分が爆弾発言をしたことに気づいたらしい。
「いや、気にしないでくださいよ。今ここで知れて良かったと思ってますので」
「そうよ、スー。私もここでフランちゃんの心の傷が知れて良かったと思っているわ」
二人して慰めるとガバッと頭を上げると赤く充血した目でこちらを見た。
この人は本当にいい人なんだな、と感じたし、今回は収穫が多かったと俺も思う。
「お詫びになんでも聞いてくれていいんで!なんでも教えるから!」
と身振り手振りをあわただしく振りながら謝辞をアピールしてくる。
「分かったから落ち着きなさい?」
「はい....」
しゅんっとするスーさん。よく考えたらこいつ俺より年下なんだしタメ口でいいんじゃね?と思ったり思わなかったり。
「えーっと、俺もタメ口で話していいかな?スー」
「あ、うん。全然大丈夫だよー、って俺?」
あ、ヤバイ。いやヤバくないんだけどなんで俺は男だとバレると動揺してしまうのか、これが慣れか。
「うん。スー、その子は男の子よ」
「は?こんなに可愛い娘が男の子のわけがないじゃない」
名言キターーーーー!!!!
いや、いらんがな。
「えー、はい。俺は男ですね。説明めんどくさいんで色々はしょりますが今ではこんななりです」
「は?」
目を点にするスー。
男なんです。ついてませんけど。
「ま、まあね、ささ最初から?気づいてた....けどね」
「嘘つけ、この上なく動揺してるじゃねえか」
まあ、俺もいまだに鏡を見るとドキッとするんだが。
可愛さに気づいての最初の風呂はドキドキがスゴかったですよ。
スーは動きが止まり、なにか激しく苦悩をしているようなので放っておく。
「フラン?私のこともシアでいいのよ?」
「いやー、フェリシアさんはもう母親みたいなもんなので愛称はキツいですね」
「じゃあ、お母さんって呼んで?」
「はずかしいので....」
「呼んで?」
「はずか」
「呼んで?」
「はず」
「呼んで?」
無限ループって怖くね?
「呼んで?」
「おかあ...さん」
呼ぶと初めて子供が歩いた親のような顔をしたあと、浸り始めた。
なんだこれ
ええ、ストレートにいいましょう。感想ください。
直せるとこは直したいんです。感想ください。




