表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
The hopeless world ?  作者: ハロハロ
救われること
7/36

漣和真

 

 ナギ達五人がまだ話しを続けている時だった。

「よし。お前らもう時間だ。これ以上遅くなったら親御さんが心配するぞ。帰った帰った」

 あえて口を出さないでいてくれたのか、ずっと黙っていたさざなみはよく通る声で、全員にそう促した。

 室内の時計を見ると、時刻は夜の七時半。

 なるほど。確かにそろそろ女子高生が出歩くには危ない時間だろう。

 いや、それよりも、ずっと静かだったからこそ忘れていたが。

「「「漣先生。居たんだ」」」

 五人の声が綺麗に重なった。

 漣はこめかみ辺りに青筋を浮かばせ、唇の端をひくつかせる。

「てめえら······この部屋の名前を知らねえのか······。知ってたら、誰が管理しているか分かるだろ······」

「やだなあ。冗談ですよーもう」

 ぺろっと舌を出し、渚はあからさまに心のこもっていない、軽い言葉を並べた。

「じゃあ、この部屋の名前、言ってみろ」

 案の定、渚は答えに詰まった。

「············給仕室?」

「違うよ渚ちゃん。休憩室だよ」

「え? 事務室だろ」

「おいおいまさし何言ってんのよ。管理員室でしょうが」

「よし分かった。お前らとっとと帰っちまえ」

 漣は呆れたようにはあ~と長いため息をつく。

 ナギはその様子をベッドの上から眺めつつも、ある疑問を抱いていた。

 腕に刺さっている点滴の存在を再確認し、まだ液体が入ってることに訝しげな視線を送った。

「漣先生。帰るのはいいとして、私の点滴まだ量があるんですけど。というか、この点滴の中身は何なんですか?」

 漣はナギの方を見て、口を開く。

「帰れって言っても、桜河、お前は残っとけよ」

「へ?」

「事後診断ってのは聞いたことぐらいあるだろ。これはプライベートの事も混じるからな。こいつらが居たら話ができないんだよ。············ああ。あと点滴は別に変なもんじゃねえから安心しろ」

 漣は木乃香達を親指でして、そう答えた。

 一番に反応したのは木乃香だ。

「あ、それならあたし達すぐに帰るよ?」

 続いて一文字。

「そうだな。俺達が居たら話せないんだったら、無理に居座るわけにもいかないしな」

 木乃香とて積もる話はあるはずだ。しかし彼女の中では自分よりも、友人を優先した。

 本当はまだ話したい事もある。そんな事はおくびにも出さず、あっさりと引き下がる。

「それじゃ、あたし達は先帰るよ。ナギも家帰ったら連絡頂戴ね」

「ナギちゃんまたね~」

「おやすみーぃ」

「漣先生もありがとうございました。じゃあ、俺達は帰りますんで」

 ぞろぞろと退場していく四人を見送り、さっきまでの喧騒が嘘のように部屋の中は静かになった。

 四人を見送って、漣は小さく息を吐く。

「ふぅ。これで本題に入れる」

 漣は近くのパイプ椅子に腰をおろし、欠伸をしつつ頭をポリポリと掻いている。

 今更ながらに思うのだが、この人がいなければ、今頃ナギは校庭の端で肉塊になっていたかもしれないのだ。

 自我を失っていたとはいえ、簡単に死のうとした事実に身震いを隠せない。

 ナギはどうすればいいか分からない。とりあえず感謝の言葉でもかけようと口を開いた。

「あの、えと······色々とありがとうございました」

「別に礼を言われるほどじゃないさ。それに、俺なんかに感謝するんじゃなくて、あの三人娘と、しっかりしていそうな男子の四人に言うんだな」

 漣は調査書のようなものを手に、ナギと向かい合う。

「さてと······んじゃ始めるか。気楽に答えてくれていいからな」

 彼はナギの瞳を見つめ、幾つか質問をする。

「体調に変化はあるか? 頭痛とか、吐き気とか。多少目眩がするかもしれないが」

「いえ、特には············あのう。この点滴って何なんですかね? それに私急に意識が飛んだのって一体······」

 流石にヤバイ薬ではないと思うのだが、いかんせん目が覚めたら腕に針が刺さっていました。では不安になったりするものだ。

「ん? ああ。それな、ただの栄養剤だ。ビタミンとか、そんなもんだな」

 パイプ椅子に背中を預け、リラックス状態の漣は、本当にこの学校が雇ったカウンセラーなのか疑問に思う。

 しかし、漣のだらけた仕草が、ナギに緊張感を与えていないという事実に、彼女は気づいていない。

「見た感じ、お前はろくな生活送ってなさそうだったからな」

 ーー栄養······。確かに張りがなくなった肌や、髪なんかに、少しだけど、艶が戻ったような。

「それと、急に意識が飛んだのは、単にお前が眠たかったからだ」

「眠たかった。って、私は特にそうでもなかったですよ?」

「そういうものだ。お前の場合、最近流行りの鬱と症状が似ているからな。それに、鬱になると多くの人は不眠症に襲われる。食欲の低下。やる気の喪んでもって、前までは鬱になる筈がないという自信があった。どうだ? 合ってるだろ?」

 ーーおおおぉぉ······。全部的中。

 ナギは無言で頷いた。

 そして改めて思い知られる。自分は鬱であったということに。

 ナギは自分でも明るい性格だとは思っていた。それ故、鬱になる筈がないと、過信していたのかもしれない。

 しかし、これほどズバズバと心の内を暴かれるのは、いささか、不気味なものさえ感じる。

「漣先生って、エスパー?」

「あほか。これでも一応カウンセラーの資格は持ってるんだぞ。何回かこんな場面も経験してるんだからな」

 あとーー。と漣は一言付け加える。

「俺は先生ってほど偉くはないから、別の呼び方で読んでくれないか」

「うーん。めんどくさいですねえ。···············だったら、漣さん。これでいきましょう」

「おう。助かる」

 変わったことを言うものだ。と気には留めなかったが、答えたとき、漣の瞳に影が差した気するが、ナギはその理由を言及しないことにする。

 ーー大したことじゃないんだろうけど······。

 それはナギの心の端に、小さな靄として残った。

「っとお、話が脱線したな」

 漣は芝居がかった、大きな動作で、話題を切り替えた。

「俺の経験上、鬱症状が出始めてからの、進行が早

いほど、治るのも早いからな」

 ナギはベットの上で考える。

 ーー治るのが早い。なんて、簡単に言ってはいるが、それがどれだけ難しことなんだろう。

 ナギは以前観た、テレビの内容を思い出した。

 ーー鬱なんて、人の心に触れることができなければ、治すことは愚か、理解し合うことすらできないと、言っていたんじゃなかったけ?

 ここで疑問が生じる。

 人の心に触れることは、そんなにも簡単なのか?

 ナギの経験上、答えはノーだ。

 何年も一緒に居てもその人の心の内が分からないなんて、ありきたりの話だろう。

 だが、漣はやってのけた。見ず知らずの、心が荒みきった少女の心に入り込み、その決意を簡単に砕いた。

 ナギは目の前の白衣を纏った、だらしなさそうな男が、良く分からないでいた。

 全てを認め、優しく包み込む。そんな聖母のような温かさを、彼は内包している。

 ナギは、呟く。

「漣さんは、どうして、あんなにも簡単に私の、人の決意を捻じ曲げれるんですか?」

 考えれば考えるほど、漣和真という人物が、不思議に思えてくる。

「決意············? ああ。看板のことか」

 本人は既に記憶が薄れているようだが、ナギは気になる様子。

 そりゃそうだろう。漣にとっては小さなことでも、ナギにとっては、生死に関わった重大な事件なのだから。

 漣は答える。

「そうだな。実は決意ってのは一つのことに一途になることだ。だったら、決意しているまさにその時、一途な思いをぶらせばいいんだよ」

「······はい?」

 椅子から一歩も動かない彼は、ペン回しをしながらナギの質問に答える。

「そうだな、注意を逸らすって考えろ。お前の場合は自殺したい。っー意識を、別の意識で一瞬塗り替える。今回は恥ずかしいっていう意識で塗り替えた。あとは勝手にお前の心が、自殺したい。から、恥ずかしい。にぶれたんだ」

 ーーいや、それにしてもでしょ! 

「か、簡単に言いますねー」

「簡単なんだよ。人の心はちょっとした事ですぐに揺らいじまう不安定さがある。俺は、そこをいじったに過ぎない」

 飄々としている漣だが、ナギは彼が何か燃えるような、熱い思いを背負っていると、微かに気づいた。

「だが、同時に難しくもある。人の心の全てなんか

他人が理解出来るわけねえからな」

 まるで友人にでも話しかけているかのような口調。

 どうしても心の内を明かせる。

 ーー侮っていた。

 漣の有する、心の距離の取り方。

 加えて、彼のコミュニケーション能力。

 全てにおいて、一流の域を抜きん出ている。

 ナギは心の内で彼の評価を改める。

 ーー漣和真。この人は、存外すごい人なのかもしれない。

  

読んで頂き感謝です!

今回の話、また次の話では僕の偏見によって進んでいきます。違ったとらえ方をする方もそのあたりはご了承ください。


さて、次回の投稿で第一章は完結です。どうか、次回も目を通してもらえたらと思います!


毎度のことながら、誤字脱字があるかもしれません。また、ここの表現はおかしいだろう。という点がありましたら、ご指摘のほどよろしくお願いします!


                霞アマユキ


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ