Ending
「くあぁぁ~」
千夏の事件から二日が経った。
現在午前の八時前。ナギは待ち合わせの時間からすでに十分ほど経過しているが、集合場所の駅へと着いていた。
夏休みだというのに少し早めの起床のせいあってか、眠気は体から出て行ってくれず駄々をこねているようだ。
ナギは欠伸をして、空を見上げる。
「それにしても、暑い············」
燦々とギラつく太陽は、頑張りすぎなほどに熱光線を地上へと注いでいた。
往来の激しい駅前の広場、時計塔の下で一人ごちる。
何か飲み物でも買おうかと、自販機を探していると、軽快な声が聞こえた。
「おーい、ナギーっ」
人混みの奥から手をぶんぶんと振ってあいつはやって来た。
肩口まである髪にスマートな体躯。
男が見たら凛々しい美人。女が見たら恰好いい美人に見える不思議な奴。
すれ違う人ほぼ全員が思わず振り返るほど、あいつには綺麗という言葉が似合う。
「やっと来たか。まったく、外は暑いんだから早く来てよね。千夏」
「いや~ゴメンゴメン。僕だって急いだんだけどさ」
謝る気持ちが感じられない千夏にナギは小さく息をついた。
「ま、いいか。とりあえず行きますか」
そう言って二人は駅構内へと歩き出す。
冷房が効いた電車内で話しながら揺られる事二駅。改札を通り、目的地へと向かう。
「ふうん。それじゃ、今のところは殺人衝動は抑えれているんだ」
「そうそう。何て言ったらいいかな······心がスッキリしたというか、ポッカリと穴があいたような気がするというか」
つい先日の事件で千夏は通り魔と一戦を交え、彼女に大きな変化をもたらした。
何故千夏が通り魔を探していたかというのには訳があった。
千夏は通り魔がナギの事を狙っているという噂を耳にしたのだ。
普段なら見向きもしない噂なのだが、その時の千夏は判断力に欠けていた。だから彼女は通り魔を追っていた。
さらに、その噂を流していたのは神谷だという事は誰も知らない深い闇の中だ。
「とりあえずいつも通りになれて良かったじゃん。あの時はどうしたらいいか結構ハラハラしたんだよ」
「いやぁ、元気も元気、絶好調だよ。なんなら············」
瞬間、隣を歩いていたはずの千夏の姿がかき消える。
と同時に背後に悪寒。
「今なら、こっちも絶好調だよおぉっ」
すると千夏は公衆の面前でナギの胸を鷲掴みにし、揉みしだき始めた。
「ひゃあああああ!」
思わずみっともない声を出してしまう。
「ちょっ、やめ············!」
なおも手を緩めようとしない千夏。さらに彼女は体まで密着させてきた。
「ほらほらぁ。今日の僕は絶好調でしょ?」
「ほっ、本当に、やめなさい············」
道行く人達の前で堂々と身体を密着させる二人。
ナギは恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
「ほらほらほらぁ」
「っく············う」
なんとも言えない感覚が全身を舐め回すかのように包み込むーーなどという事はなく、遂にナギが切れた。
「止めろって言ってるでしょうがあああ!」
「いだあ!」
ナギのかなり力を込めたボデイブローが千夏にぶち込まれた。
息を荒げるナギ。
呻き声を漏らしている千夏。
そして変な物を見るような通り行く人たちの視線。
「はあっはあっ。もう、恥ずかしいって············。元気そうで何よりだけど」
「ど、どうも············」
なんてくだらない事をしつつも、二人は目的地に着いたようだ。
薄汚れたビルの向かい。看板を建てるスペースもなく、日の当たらない最悪な立地にそれはある。
漣メンタルクリニック
そう書かれた扉の前で立ち止まり、ナギはすうっと息を吸う。
そして気持ち新たに千夏に振り返った。
「さて、千夏。今日がなんだかんだ言って初勤務日でしょ。ちゃんとやってよね」
「あったりまえ。僕を誰だと思ってんの」
どんっと胸を張る千夏にナギは安心した。
今も、千夏は笑っている。
ナギはドアに手をかけた。
そしてこの瞬間から始まる。
鬱になると、人は救われないのか?
現代社会はストレス社会とも言われるほど、多くの人が心に負担を抱えている。
その結果、思ってもいないような言動をしてしまったり、過度な行動に出てしまう。
極端に落ち込み、人生に絶望してしまう事もあるかもしれない。
それらを ”狂う” と呼ぶとする。
もう一度問おう。
”狂った” 人は救われないのか?
答えは否だ。
ナギは思う。
どれだけ辛くても、どれだけ苦しくても、自分を理解してくれる人は必ずいるはずだから。
理解してもらえると、人は自分を確立する。そうなったらもうぶれない。
だから、諦めないで欲しい。と。
人は、いとも簡単に ”狂い” 、いとも簡単に救われる。
理解してくれる人はすぐ身近にいる。だけどそれに気づくことはなかなか出来ない。
でも、気づけたら············。
その事をナギは理解したのだ。
ある男によって、理解できたのだ。
ナギは目の前の扉を見つめる。
この先にはあの男がいるはずだ。
誰よりも人の心に寄り添う事ができ、これから先、多くの人を救うであろう人物。
「············じゃ、改めてよろしくね千夏。そしてようこそっ。いつも通りの日常へ」
千夏は晴れやかに笑う。
「うんっ。こちらこそ!」
ナギはぐっと手に力を込める。色々な思いを込めて。
ドアを開けると、中はいつものようにコーヒーの香りが漂っていた。
そして、奥には白衣の男が一人。
「よう、来たか」
あいも変わらずコーヒーを啜っている。
「来てすぐでなんだが、隠しカメラ探してくれないか?」
ナギは思わず笑ってしまう。
「何言ってんですか。漣さん」
最後まで読んでいただきありがとうございます!
完結です!
ほとんど何も知らない状態から始めて、初の完結作品となりました。
始めた頃よりは少しでも上手くなってたらいいなぁと思いつつも、やっぱりまだまだ力不足さが目立っちゃいますね。
もっと精進しますっ。
改めて、いつも読んでくださる方、ありがとうございました!
最後まで書けたのは目を通して下さる方たちのおかげでありますっ。ありがとうございます。
どうか、霞アマユキの次の作品もお付き合いいただけたらと思います。
これで書く事を辞めるつもりはありませんので、時間は空くかと思いますが、どうかその時はよろしくお願いします。
長引かせてもあれなので、このあたりで締めとさせてもらいます。
本当に、ありがとうございました!
霞アマユキ




