終幕の裏側
♢ ♢ ♢
「竜輔、お前何を考えていやがる」
目の前の馬鹿はとぼけた様子で答えた。
「一体なんの話さ、和真」
男、神谷竜輔は河原で別れた翌日に事務所に現れていた。
「······お前、城本の過去を知っていたな?」
突然の切り出しに、神谷は戸惑うことなく歪に口元を吊り上げた。
それを肯定と受け取り、漣は続ける。
「それだけじゃねえ。お前は通り魔の正体が城本じゃないってことも知っていただろ。ここからは俺の推測だが······」
漣は両腕を白衣のポケットに突っ込む。
神谷は知っていた。その仕草は、漣の昔からの癖で、全てを証明するときにしていることだということを。
「お前の話や、資料を見た時にお前の言動に幾つか引っかかった。まず一つ、四年前に城本に起きた事件のことでお前は ”狂いかけ” と言った。これはおかしいだろう。普通なら人殺しをしている時点で ”狂った” と思うはずだ」
神谷は無表情で聞いている。
「二つ目は四年前のちょっとした通り魔事件と、今回起きた六月からの通り魔事件の犯人を確証もないのに同一犯だって認めるのは多少無理がある。なのにお前は半ば強引に同一犯だと括っただろう。その時、俺は城本が本物の通り魔ではないと思った。だがそうだとしたら疑問が残る」
人差し指を立て、神谷を睨む漣。
彼からは言いようもない迫力が感じ取れるほどだ。
「何故、お前がそんなにも回りくどいことをしてまで城本が狂っていて、なおかつ通り魔に仕立て上げたいかだ
息を吸って、吐く。
そうすることで漣は荒ぶり始めた自分の感情をコントロールする。
「だが、その理由もすぐにわかった。それは俺たちの目から本物の通り魔を遠ざけ、城本を俺たちに感ずかれないよう、効率良く ”狂わせる” ためだろう」
ただ一人で口を動かす。
「資料を見て、お前の話を聞いて俺なりに推理した結果だ。別に俺は今回の件で最初からお前が黙っていたのは構わない。ただな···········」
漣の、怒気を孕んだ声が腹の底から響くようだ。
「城本を ”狂わせ” ようとしたことは許さねえ。それも桜河を巻き込む形で、だ」
神谷は嘲笑しながらお手挙げといったふうに漣に歩み寄る。
「それは、千夏ちゃんに訊いたのか?」
「俺なりの考えだって言ってるだろ」
すると。
「ーーーープッ」
神谷は腹を抱えて爆笑し始めた。
「あははははははっ」
一瞬、神谷の頭がイカレたかと思ったが、漣はすぐにその考えを払拭する。
············元からだ。
「いやあ、和真。随分と彼女たち······いや、正確には彼女か。随分と熱いじゃないか。でも、俺の考えは一つさ」
何とか笑いをこらえ、目尻に浮かぶ涙を拭う神谷。
彼は笑顔のまま吐き捨てた。
「それで?」
飄々とした態度が漣のこめかみに青筋を浮かばせる。
「竜輔、ふざけんのも······」
「和真さぁ」
刹那、漣は背中に氷でも入れられたような悪寒にかられる。
まるで南の島から北極に放り出されたような、言葉に表すにはあまりにも強烈な違和感がこの場を支配した。
その感覚に漣は見覚えがあった。
ーー畏怖。
目の前の男が放つオーラはあまりにもどす黒く、全てを飲み込まんとする。
「そんな小さな事、どうでもいいだろう? 俺が欲すのは満足感さ。俺は今知りたいんだよ。死も生もこの世の理、森羅万象ありとあらゆるもの全てっ。そんなことくらい知ってるでしょ」
神谷は黒い瞳を漣から逸らす。
たったそれだけで嫌な汗が背中を伝った。
逃げたい、離れたい、隠れたい、叫びたい。体は現実逃避のあらゆる手段を求める。それほど神谷竜輔という男は異質なのだ。
しかし漣はそんな男に対して怯む様子もなければ怯える様子もない。
知っているからだ。神谷が ”狂って” いると。
おそらく世界中の誰よりも ”狂って” いる人間。まさに ”狂気” の権化を前にしても漣は平然としていられる。
「ま、俺は俺なりに今を楽しむとするよ。千夏ちゃんにはまたよろしく言っといて」
「お前なりってのが俺たちにとっては大迷惑だ。············それと、あの時の銃、本物だろ?」
あの時というのは漣と神谷が通り魔を押さえ込んだ時のこと。そう言えば、あのあと通り魔がどうなったのかは漣も知らない。
「へぇ、よく分かったねぇ。もしかして心配してくれていたーー」
「早く捕まっちまえばいい」
「うん、だろうね。和真はそんな奴だよね」
とくにがっかりした様子もなく、神谷は玄関へ向かう。どうやら本当に帰るようだ。
見送るなどそんな優しいやりとりがこの二人の間に存在するはずもなく、漣はコーヒーを飲むために準備を始める。
結局、今回の騒動は神谷の手のひらの上で踊らされている感はあったものの、無事に解決できて何よりだ。
カップの内側にお湯を注ぐと、香ばしい独特の香りが鼻に抜ける。
今日からしばらく神谷はここに来ないかもしれない。それは漣にとっては良い事だ。
迷惑しか持ってこない疫病神など、御免こうむるというもの。
ゆっくりとテレビでも観ようかとリモコンに手を伸ばしたとき、玄関から神谷の声が聞こえた。
「そうだ、和真ー」
その時、漣は全身で居心地の悪い感覚に気付いた。
なんというか、こう············、嫌がらせを受けているというか············。
「ここの事務所、隠しカメラがもう一台あるはずだから探しときなよー」
「ブフォッ!」
思わずコーヒーを吹き出す漣。
こめかみはヒクヒクと痙攣し、怒りを抑えられず、ここ最近で一番の大声を出す。
それもその筈。神谷は以前に盗聴器を仕掛けていた。加えて今回はカメラときやがったのだから。
「竜輔ええええええええええ!」
漣は力の限り咆哮した後、カメラの隠し場所を吐かせるべく玄関へと飛び出す。
しかし、時すでに遅し。事務所を出るとがらんとしており、微かに遠ざかっていく足音だけが聞こえるのみだ。
「あ、あの野郎············死なすっ」
漣は固く心に誓うのだった
最後まで読んでいただきありがとうございます!
さてさて、今回の話を書き終えて遂に残すは1話となりました。
残り一話もお気にかけてもらえたらと思います。
毎度のことですが、誤字脱字や間違った表現などありましたら御指摘ください。
また、感想やアドバイスもあれば是非ともおねがいします!
それでは残り一話、次も目を通していただけたらと思います。
霞アマユキ




