終幕
視線を上げると、鼻と鼻がぶつかりそうな距離にナギの顔があった。
「そこがバカだって言ってんの! あんたが暴走しても、止められないほど私達は弱かないっ。それに、別に千夏が ”狂って” いようがいまいが、私はあんたを受け入れる! たとえ人殺しでも、化物でも、千夏は千夏。そうでしょ」
言葉が脳に響き、千夏は自分の存在を再認識する。
と、同時に一筋の涙が頬を伝った。
ーー自分は、なんて幸せ者なのだろう。
「あたし達もナギに同感よ。渚も、早苗も、将も。みいんな頼れるんだからっ」
木乃香は皆と微笑みあっている。
「僕は、ここに居てもいいの············?」
間を置くこともなく、全員が揃って頷いた。
千夏の瞳から、涙があふれる。
「み、みんなああぁ。ありがとおおおお!」
突然泣き出す千夏に、ナギは一瞬戸惑ったが、すぐに笑顔になった。
何年もかかったが、ようやく千夏は自分の居場所に気づいたようだった。
”狂気” が吹き飛ばされていく様を眺め、コーヒーを啜る白衣が一人。
「解決だな」
彼は美味そうにコーヒーカップを傾ける。
この瞬間、 ”狂った” 人間が一人救われた。 ”狂気” に侵されている今の世の中に抗うためには、こうして一歩ずつ進まなければならない。
ナギは改めてそう思った。
「ああ、そうだ城本。お前の殺人衝動ばかりはどう仕様もないが、一応事後診断もかねて、ここの事務所に通えよ」
これはナギの時にも言われた事だ。
この事後診断でだいぶ心の整理ができて、心に余裕が出来るということをナギは知っているのである。
すると、一気に雰囲気を変える一言が飛んだ。
「いっそのこと、城本さんもここの事務所に入ったらいいんじゃないの?」
全員が視線が一斉に渚へと集中した。
気軽に言った一言かもしれない。しかし、その提案はあまりにも都合のいいものだった。
事後診断も兼ねるなら、もし、暴走してもナギがいるのなら、漣がいるのなら············。
いっそ、事務所に入ってしまえばいいじゃない。
「えっ?」
漣の顔にシワがよる。
「それいいな。俺は妙案だと思うぞ」
「え?」
「私も賛成ですよ。ナギちゃんがいたらもしもの時も千夏ちゃんのとこ任せれますもんね」
「え············」
確かに一石二鳥にでも、三鳥にでもなるような案だ。デメリットはないように思える。
············漣の事情はさておき。
すでに漣が答えれる選択肢など残されてはいない。
事務所の主はなんとも弱い立場である。
「くそ······、しゃあねえな」
はあ~と大きく息を吐き、やれやれと答える。
「いいぞ。城本さえよければ、お前もここの一員だ」
ナギは目を丸くする。
「いいのっ? 漣さん」
「ああ」
千夏の新たな加入。その事が本人を差し置いてまでナギにとって嬉しいことだったのだろう。
「やったあああ!」
嬉しさのあまり、ナギは漣に抱きついたのだ。
普段なら女子高生に抱きつかれるなどというラッキーイベント。
そのはずなのだが。
「ごふぁっ。苦し······。息、が······」
ナギは気づいていないのだろうが、彼女の腕がちょうど漣の首を絞める形となっているため、彼にとってはデンジャラスイベント以外の何物でもなかった。
その近くでは三人娘と一文字が千夏を囲んで賑やかにしていた。
「漣さん本当にいいの?」
嬉しさがはちきれんばかりに目を輝かせる千夏。
ぐったりと地面に伏していた漣は力を振り絞り、弱々しく親指を立てる。そして力尽きた。
千夏は生まれてからこんなにも嬉しい事はないのだろう。
さっきまでとは打って変わって、晴れやかな表情だ。
「みんな!」
全員が彼女に注目する。
漣も何とか首だけを動かす。
「ほんっとうに皆には迷惑かけちゃったけど、僕は今日からこの事務所の一員として、頑張るよ!」
ナギたちは笑顔で千夏を迎える。しかし、漣だけは千夏の瞳が一瞬蒼くなった を見逃さなかった。
そして、一抹の不安を抱きながら、ひとりごちる。
「············これから先、大丈夫なのか、これ」
それを最後に、ぐったりと動かなくなってしまった。
何はともあれ、これにて長い長い一夜は終幕した。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
これで第二章はほぼ終了となります。それと、あと2話で完結の予定です。
できれば最後まで読んでもらえたらと思います。
毎度のことながら誤字脱字や間違った表現などありましたら御指摘のほどお願いします。
アドバイス、感想等もありましたら是非是非!
では、次回も目を通してもらえることを祈りつつ
霞アマユキ




