高校生活初日
教室に戻った後のHRも淡々と進み、HRでの出来事といえば、簡単な自己紹介と明日以降の予定確認ぐらいであった。
ナギが、この教室で知った事は、もう既に一人不登校者がいることと。
小耳に挟んだだけで確証はないが、このクラスに学年主席がいるということくらいである。
そして今はHRも終了し、ナギは早速新たな友人達とお喋りに耽っている。
自己紹介は明日なので、先んじてクラスの中では個人個人で自己紹介が始まっているのだ。
ナギの席の周りにも、そんな光景が一つ。
「へえー。桜河って、ナギだなんて変わった名前じゃん」
「そうかなあ。あ、ナギでいいよ。············ええと」
相手の女子はにかっと弾けるような笑みを浮かべる。
「木乃香。長瀬木乃香。あたしも下の名前で呼んでよ。ナギ」
明るい正確だというのは彼女を見ていればよく分かった。
「あたしもまーぜて! はいはい。はじめまして。あたしは五木渚。木乃香とは中学からの知り合いよん」
「私も混ぜてよー」
今度は地毛だろうか、茶色がかった髪の渚と言う子と、そのとなりに小柄の子がやって来た。
「上田早苗だよ。さっき渚ちゃんと知り合ったばかり。えー……と、ナギちゃんに、木乃香ちゃんだね。よろしくっ」
ぴょこんっと、立っている髪の毛が嬉しそうに揺れた。
そうこうしているうちにも、どんどんクラスの女子がやって来る。
ナギだなんて珍しい名前のせいだろうか、ナギは昔から友達が出来やすく、その手には苦労がなかった。
そんな時。
「おっと、悪い」
ナギの頭に、通りすがった男子の肘がコツりと当たった。
「あ、将じゃん]
木乃香が将と呼ばれた男子の手を掴み、強引に連れて来る。
「おいおい。何すんだよ」
健康的に焼けた肌にスポーツが得意そうな体つき。
そんな彼は迷惑そうだ。
「こいつ。一文字将って言うの。何かとあたしや、渚と仲いいから紹介しとくね」
本当に、彼は迷惑そうだ。
「お前、勝手になあ············。まあ、いいけどさ」
一文字は頭をポリポリと掻き、ナギと向かい合う。
「こいつが先に言っちゃったけど、一文字な。よろしくさん」
「あ、私は桜河ナギ。よろしくね」
「上田早苗です。よろしくです」
凄まじい勢いで、交友関係が広がってしまった。
そうして、下校時間まで、彼女の周りには人が絶えることはなかった。
「くあ〜っ。つ、疲れた〜」
時刻はまだ十二時を回ったほど。
ナギは登校初日の疲れを吐き出すように大きく息を吐いた。
「そんなに疲れた? 僕はそれほど疲れてないん、だけど」
ナギと千夏。二人はアイス片手に帰り道をブラブラしている。
シャクっと、ソーダ味のアイスを一口齧る。
「友達が増えたりするのはいい事なんだけど、なんせあんなに一気に来たら名前覚えるのだけでも一苦労なんだよね」
隣で苦笑する千夏。
彼女は彼女で友達は多いはずだ。
まず、容姿が完璧すぎる。凛々しい眼に、美人とも、恰好いいともとれる顔。
まるで漫画の中から出てきたと錯覚させられる。
ーー性格は、まあ······あれだけど。
「あっ、そう言えば。私って今日運命の人に会うはずなんだけどなあ」
「急になんの話?」
「今朝の星座占いだよ。私の星座が一番運勢良くて、運命の人に会うって言ってたんだけど……」
プッ。と笑い出す千夏。
「ナ、ナギはそんなの信じてるの? 子供だねえ〜」
パクパクっとアイスを頬張る。
「結構当たるんだけどなあ」
千夏も同じようにアイスを一気に頬張っていた。
「まあまあ。ナギの運命の人は僕ってことで」
馬鹿にしたようにニヤつくのが、腹立たしい。
「ったく。千夏が私の運命の人なんて、そんなわけあるかい」
プンスカと怒って、頬を膨らます。
そのままナギは鞄の中に手を突っ込み、たいやきを取り出した。
モグモグ。ムシャムシャ。ごくん。
「············」
再び鞄の中に手を突っ込み、今度は串団子を取り出す。
モグモグ。ムシャムシャ。ごくん。
「························」
さらに鞄の中に手を突っ込み、チョコレートを······。
「ちょっと待て。食べ過ぎだろ。ってか、甘いもんばっか食べてると、太るよ?」
鞄の中に手を入れてる状態で、腕を掴まれた。
実は、ナギは甘い物好きで、大食らいだったりする。
「いーの。私、太りにくい体質だし、後で運動するし」
「そんなのは屁理屈。甘い物ばっかじゃ健康によくないだろ」
「グッ············」
いや、まあ、そのとおりなのだが。
ーー人間、欲求には勝てないって言うか、食べたい物を我慢するのも体に良くないって言うか。
心の中で、言い訳を繰り広げる。
「言い訳とか考えない」
読まれてた。
ぐうの音も出ないとはこの事だろう。
「あれ? 落ち込んじゃった? なんなら僕が慰めてあげるよ? さあ、僕の胸で泣かしてあげよう」
「誰がんな事するか!」
へらへら笑う千夏に軽蔑の眼差しを送る。
最近、彼女の未来が、不安の色にしか染まっていない。
ナギは、短くため息をついた。
そうしてしばらく歩き、千夏と別れた後、ナギの家の近所にある、馴染みの煎餅屋で入学祝いに幾つか煎餅を貰って、それにかぶりつきながら帰路に着く。
「ただいま」
「おう。お帰り」
家に着くと、何か香ばしい香りが鼻についた。
「こ、この香り、まさか······」
リビングに入ると、弟のシイナがエプロンを身に纏い、鍋をかき混ぜながら不敵な笑みを浮かべた。
「流石は姉貴。気付くのが早い」
シイナの正面。鍋の中には、焼き目のついた豚肉や、人参ジャガイモ玉ねぎといった、あの定番の家庭料理の具材がコトコトと煮込まれていた。
「カレーだあああ!」
「さあっ。喰らうがいい!」
こうしてナギの晴々しい高校生活初日は終了し、こんな日が明日も明後日も、ずっと続くものだと思っていた。
だが、ナギは気づいていない。
楽しい日々の裏側にも、高校生活というのは、環境の変化、授業の変化などで、忙しい毎日を送る度にその心は疲れていたと。
そして、そんな二ヶ月がたった、六月中旬のある日だった。
♢ ♢ ♢
どうもっ! 最近自分がどれほど遅筆なのか思い知らされています。霞アマユキです。
今回まではナギの普段を書いたつもりです。次の話ではナギの心境に大きな変化が訪れます。
ということは、本筋に入ります!
The hopeless world ?
この意味を感じながら読んでいただけたらと思いますので、次も目を通してもらえることを祈りつつ、今回はこのあたりで。ではでは〜。