忌まわしき過去ⅰ
どたどたと慌ただしい音が事務所内に人の気配を取り戻す。
体育の授業ですら走らないような距離を走ったせいで、加えてまだ暑さ残る九月の夜ということもあり、全身汗だくだ。
しっとりと肌にまとわりつく服が鬱陶しいことこの上ない。
「はあっはあっ。つ、疲れた······」
「結局、事務所に、戻ってきたじゃん······っ」
息も絶えだえ、ナギと木乃香は膝に手をつき息を整える。
今更だが、べつに急ぐ必要はなかったように思う。通り魔も神谷が抑えてくれていることだし。
「私たちは無駄に走っただけ······」
そう思ったらどう仕様もない気だるさが身体を包み込むようだ。
少しへこんでいるナギに優しく声をかける者が一人。
「桜河おつかれさん。てか皆もお疲れさん」
流石、普段から体を動かしている一文字はたいして息も乱していない。
それどころか疲れた面々を労う言葉をかける余裕すらある。
「一文字はまだまだ余裕そうだな。あたしはもう結構バテるんだけど」
「まあな。これくらいなら余裕ってところ」
床に尻餅をついている渚と対象にケロリとしている一文字。
「私も、もうっ、ダメです······っ」
普段大人しい早苗はこんな運動は苦手なようで、クタっとしている。
「いやいや、渚も早苗もまだまだ甘いよ。あの人を見るんだ」
そう言うのは木乃香だ。彼女は部屋の片隅を指さしていた。
ーーそう。この部屋で誰よりもへばっている人物がいるのだ。······本当に情けない。
ナギはため息混じりで木乃香の指さす方へと視線を向ける。
「ちょっ、もう、無理······。足動かねえ。ってかお前ら、速過ぎだろ······っ」
「え、いや、マジですか?」
そこには力尽き、もう動けないといった様子で床に横たわる漣の姿があった。
「お前ら、そんな目でみるな! 悪いかよっ俺はお前ら学生みたいに外で動かねえんだよっ」
それ以上喋らないで欲しい。
ーーなんか、こう······。あまりにも惨めなんだから。
漣は相も変わらず白衣を身にまとっているが、それすらも力なくへたっている。
「そういえば」
ポツリと一文字が呟いた。
「神谷さんの持ってたあれ、ヤバくないですかね」
あれとは彼が通り魔に突き付けていた拳銃のことだろう。
神谷さんは得体のしれない人だとはいえ、一般人なのだから、拳銃を持っているということは犯罪だ。
あの人なら躊躇なく撃ちそうなのが余計に怖い。
「あれはモデルガンだ。流石に本物は不味いからな」
流石に本物ではないようでナギはホットする。
「ああなるほど。合点です」
それよりもナギは別のことが気になっていた。
「············千夏」
「·························」
千夏はろくに会話にも参加せず、部屋の端で項垂れている。
そんな彼女にナギは語りかけた。
「なに項垂れてんのらしくもない。千夏は今まで人を傷付けたことはあるかもしれない。だけど、命まで奪ったことはないんでしょ?」
ナギは千夏の顔を両手で挟み、無理やり上を向かせた。
彼女の瞳は、蒼に黒が混じってまるで迷っているように思える。
ナギは内心でため息をついた。
「ったく。もし、もしだよ? あんたがどうしようもなくなって、人を殺したいと思う時が来たらーー」
「私を殺せばいい」
瞬間、千夏の表情がひび割れたように歪む。
彼女は何かを訴えようとしていた。
「違う、違うんだナギ。私は······」
そして千夏は自らの過去を、忌まわしい過去を、訥々と吐露した。
「······私は、人殺しなんだよ」
最後まで読んでいただきありがとうございます!
小説家になろうで処女作としてこの作品で活動し始めてから今日でちょうど半年です(*^^)
だというのにあまり成長していないのは何故なのか疑問ではありますがwいつも目を通してくださっている読み手の方々に感謝であります!
まだもう少しこの作品は続きますので御贔屓にしてもらえたらと思います!
霞アマユキ




