事態は終末へ
千夏は叫んだ。そして、その声はナギに届く。
ナギはやっと、千夏の背中を掴んだと感じた瞬間だった。
だが、通り魔の猛攻が止まるわけではなく、強力な蹴りが千夏の防御を破り、地面へと押し倒す。
とっくに千夏はボロボロだ。
「ぐっあっ············」
ーーまずいっ! 今の千夏は無防備だ。
通り魔の血走った目は、確実に千夏の死を見つめている。
すでに体を動かす気力も残っていないのか、千夏は淡々と現状を受け入れている。
ーーどうしてっ? 何で抵抗しないの
千夏は首だけをナギの方に向けて、儚く笑った。
ーーだめっ······!
もう彼女は全てを諦めていた············。
通り魔は口が裂けるほど、醜く歪んだ笑みを浮かばせる。
勝敗は決したかのように高々とナイフを振り上げた。
「ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハっ!」
ナイフの切っ先が鋭く月光を反射する。
そして、勢い良く、無情にもナイフは千夏の心臓目掛けて振り下ろされる光景だけが目の前で流れてゆく。
全員が息を呑んだ·····。
「そこまでだ」
「え?」
凛とした声が、沈黙をやぶる。
ナギは目を見張る。いや、その反応は当然だし、おそらくこの場にいる誰もが予期しなかっただろう。
千夏でさえも、言葉を失っている様子だ。
漣はナイフが振り下ろされる寸前で、その腕を掴んでいたのだから。
いつの間に行動していたのか分からない。それほどスピーディかつ、冷静な対応であった。
まるで特殊な訓練を受けていたかのよう。
しかも、漣だけではない。
「いやあ、動かない方が身のためだよ」
緊張した場面だというのに、神谷はいつもと変わらず飄々としている。
············右手に有り得ないモノを持って。
「か、神谷······さん?」
無機質で、冷酷さを漂わせるそれは月明かりを反射し、黒光りしている。
相手の命を奪うことを前提に完成されたそのフォルムは、まさしく拳銃だった。
「まったく。和真も回りくどいねえ。この子が本心さらけ出すまで待つなんて」
「うるせえ。俺には俺の治りかたがあるんだよ。お前だって知ってんだろ」
漣はすました顔で通り魔の腕を捻り、そのまま流れるように肩の関節を外した。
「ギッ!」
ーー······ああ、あれは痛い。
そしてサバイバルナイフを取り上げ、放り捨てた。
急展開すぎて頭がパニックになりそうだ。
「漣先生ぇ。わ、私たちはどうしたらいいの?」
誰も何も言わない中、木乃香がおそるおそる言う。
「てか·············神谷さんの持ってるそれって」
「拳銃、ですよね······」
渚は神谷の右手を指さして、動揺しているようだ。
早苗も信じられないといったふうに少し腰が引けていた。
「どうしてそんなもん持っているんだよ······!」
皆次々と疑問を口に出す。
もちろんナギだって驚いている。今の状況もそうだが、本物の銃なんて生まれてこの方目にするのは初めてだ。
そんな皆の態度を見て漣は慌てたように応える。
「あーくそッ。後で説明してやるから今は少し黙ってなさい!」
千夏は今更自分の生命の危機が去った実感が湧いてきたのか、おどおどしていた。
そんなそれぞれの反応を楽しんだようで神谷は笑顔で言う············まあ腕から先は冗談で済まないが。
「和真、ここは俺に任せてこの子らにちゃんと説明してやったら? 俺なら大丈夫だしさ」
漣は眉間に皺を寄せ、露骨に嫌そうな表情を作る。
どうやら相当信用がないらしい。
「お前だったら尚更怖いんだよ······! けどまあ、そうだな。仕方ねえ。竜輔、ここは任せるぞ」
「あい任された」
漣は肩関節の外れた通り魔の腕から手を離し、こちらに駆け寄ってくる。
あくまで笑顔のまま手を振る神谷。片方の手の先は本気で洒落になっていない。
ーーうん? いや、まあ神谷さんならなんとなくありえそうな気も······ないか。
「よしお前ら、面倒ごとになる前にさっさっと行くぞ」
そうして夜の街を七人の影が走り出した。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
やっとこさ千夏VS通り魔のシーンが終了しました~。
戦闘シーンは難しいっ。プロのラノベ作家さんたちは戦闘シーンを書くのにコツとかあるんですかね?
何はともあれ、今回は最後に漣と神谷が地味に活躍しましたねぇ。今まであまり出番もありませんでしたしね(^^;)
今回の様な展開も面白いと思ってくれたら幸いです。
さて、毎度のことながら誤字脱字などの間違いの御指摘等、感想やアドバイスなどいただけるととても嬉しいです!
ではでは、次回も目を通してもらえることを祈りつつ
霞アマユキ




