千夏の本心
ギィンッ、ギンッ。
もう何度目かも分からない金属音が鼓膜を揺する。その都度、小さな火花も散り勢いも増しているようだ。
見るみる間に通り魔の体にはナイフによる擦過傷が刻まれ、加えて蹴りなどによる傷跡も増えていく。
一見すると圧倒的に傷の多い通り魔が劣勢で、千夏が優勢に思うだろうが、実はその逆であった。
「フーーッ、フーーッ······。ヒヒャハハハッ」
「っく、う」
どれだけ攻撃を加えようが怯まない。
切っても切っても後退しない。
通り魔は痛みでも感じないのだろうか、痛がる様子もなく欲望のままにナイフを振るっている。
防御、退避という言葉が存在しない相手に、どうやって対処すればいいというのか······。
徐々に千夏は押され始めた。
「ーー私はっ」
振り下ろされる一撃を受け止め、大きく背後に下がり距離を取る。
「初めて殺人衝動に見舞われたあの日から、ずっとずっとずっとずっと悩まされ続けた。身体がそわそわして血が滾るんだ······。それでも」
キインッ!!
一際大きな音が、響く。
千夏は、宣言した。
「それでもっ、私は人を殺さない!」
ーー······やっぱり、そうなんじゃないか。千夏は、千夏なんだ。
ナギは本物の殺し合いを前に、悠長に思ってしまう
そうお思えることがとても儚いものだと感じるのは、何年も一緒にいたナギだけなのだろう。
他者の介入を許さない二人の死闘は、更に熱を帯びていく。
人間の域を超越した速度と、反射神経が織り成す攻防はどちらも引けを取らない。
出来ることなら、傷ついていく千夏を今すぐにでも止めさせたい。ただ指をくわえている傍観者にその身を置きたくはない。
相手を屠ろうとする一撃必殺を両者は紙一重で躱し続け、どちらもあと一歩が届かないでいる。
時には地面を転がり、肉を裂き血を流す。
汗が伝い、息も乱れている。
そのほとんどが千夏が受けていることだ。
最初は互いに引けを取らず拮抗していたが、今は誰が見てもわかるほど千夏は押されていた。
衣服は切り裂かれ、暗くて良く見えないが、所々真っ赤に染まっている。対する通り魔は一向に衰えた気配はない。
ーーこのままだと千夏が······ッ。
この場で唯一頼れる大人の漣と神谷は何故か動く気配を見せず、傍観に徹している。
「漣さん!」
「何だ」
「このままじゃ千夏が危ない。どうにかできないんですかっ?」
漣は何も喋らない。
ーーどうして喋ってくれないのっ?
「神谷さん!」
「俺も和真と同じだよ」
ーーっ!
ナギは言いようのない衝撃を受けた。
二人の出した答えとは、傍観。
すなわち、千夏を見殺しにするということだ。
そんなことナギにはできるはずもない。
「だったらっ。私だけでも止めに入ります」
そんなナギの決意に同意してくれる数人がいた。
木乃香、早苗、渚、一文字の四人だ。
「あたしも行くよ。このまま見とくなんてもうできないしね」
「そうだよ! 千夏ちゃんが通り魔じゃないって分かったのに、これ以上傷つく必用なんてない」
「漣先生、ちょっとばかし失望したよ。目の前の苦しんでる娘一人すら救けようともしないなんて」
それでも漣と神谷は動く気配を見せない。
「危険だけど、五人かかりならなんとかなるかもしれない」
そう言ったのは一文字だ。
彼は真剣な眼差しで、今も死闘を繰り広げている通り魔を睨む。
「俺があの男の方を抑える。お前らは城本を頼むぞ」
「ま、将一人でかよ。それは危険すぎるだろ」
「一文字、木乃香の言う通りだと思う。そんなことしたら一文字が······」
木乃香とナギの言葉を遮るように一文字は小さく笑みを浮かべた。
「大丈夫だ。俺はがたいとかいいほうじゃないけど、お前らが行くよりは断然危なくない」
早苗と渚も心配そうな顔をしている。
確かに一文字の言う通りかもしれないが、生身でナイフを持った大人に挑むことはあまりにも無謀。
ナギの考えていることが分かったのか一文字は胸を叩いて言う。
「大丈夫だって。流石に死にゃしないよ」
「将の大丈夫は信用できないって」
一文字は苦笑する。
「ま、何とかなるさ。早くしないと城本も危ないしな。そろそろ行くーー」
「はあいストップ」
またしても邪魔が入った。
神谷はナギたちの前に立ち塞がり、千夏への道を阻む。
「君らは死ぬ気かい?」
こんな時だというのに、神谷はへらへらとした態度は崩さない。
ナギは遂に怒りをあらわにする。
「だったら千夏は見殺しですか? ふざけないでくださいよ······!」
敵意が剥き出しの瞳を一身に受ける神谷。
彼は困ったように頭を掻き、漣へと視線を送った。
「まあまあ、ナギちゃんたちの言い分もわかるけどさ、今は落ち着きなよ」
「こんなの、落ち着ける筈ないじゃない!」
握った拳がわなわなと怒りで震える。
「私は行きますよ。私は友人を見捨てるほど腐っちゃいないッ」
「それは私たちだって同じ」
「渚······」
渚や、他の皆の目付きが変わっている。
どうやら全員がナギと同じ気持ちのようだった。
神谷は肩をすくめた。
「そこを、どいてください。どかないなら無理やり通り抜けるだけです」
いざ進もうとした時、神谷を除く全員が違和感を感じ取った。
それは、圧倒的威圧感。
「焦るなって。まだ、その時じゃないんだ」
威圧感を放つ人物は、漣だった。
彼はいまだ静かに傍観に徹している。
ーー漣、さん······?
······初めてナギは、漣が恐ろしいと感じた。
「くっ、はあ、はあ、はあ」
そんなことをしていると、ナギの耳に荒い息遣いが聞こえた。
「私は······っ」
腕がだらりと垂れ、擦過傷が後を絶たない。
満身創痍の状態でも辛うじて倒れない。
だが、彼女はどうも折れるわけにはいかないらしい。
身体はぼろぼろでも、決意と言う名の炎は今もごうごうと立ち上っている。
そして、気付けば、千夏の瞳は元の色に戻っていた。
「ーー僕は化物にはならないっ! 友人のためにも!!」
ーーっ!
千夏は自らの決意を吐き出した。
そして、のこ声はちゃんとナギにも届いた。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
少し区切りが悪くなってしまいましたね(ーー;)
あと、同じ場面に登場させるキャラが多いとやはり難しいですw一つの場面に最高でも五、六人くらいが僕の限界かなε- (´ー` )
さてさて毎度のことながら誤字脱字、間違った表現などあれば御指摘のほど、よろしくお願いします。
評価、感想、アドバイスなどもいただけると泣くほど嬉しいです。
では、次回も目を通してもらえることを祈りつつ
霞アマユキ




